夢か現実か
美咲は目が覚めて涙を拭いた。
家の外では雀がチュンチュンと鳴いている。
朝を告げる可愛い鳴き声だ。
「朝……会社に行かなくっちゃ……。
どうしよう……どんな顔で居ればいいの?」
美咲がそう呟いている。
身支度を終えてからスマホを手にして美咲は心臓が止まるかと思った。
「えっ?」
「美咲、何に驚いたか分からないけど、早く支度しなさいね。」
「…………。」
「美咲! スマホと睨めっこしている場合じゃないでしょ。
美咲! 聞いてるの?」
「……えっ? 何? お母さん。」
「早く支度しなさいよ。」
「あ………うん。」
「もう、社会人なんだからね。しっかりしなさい。 分かった?」
「うん。」
スマホには坂東翼からのメッセージが届いたことを伝えていた。
胸の高まりが止まらない美咲は、母に知られぬように急いで家を出た。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「はぁ~~い。」
家を出てスマホを見ると、間違いなく翼からのメッセージだった。
ドキドキしながら震える指で美咲は翼からのメッセージを見た。
「こんばんは。←って、さっき別れたばっかだよね。
美咲ちゃん、今日はありがとう。
楽しかった。
美咲ちゃんのご両親にお会い出来たし!
今、何してる?
俺は部屋で寛いでる。
もし可能なら、メッセージを下さい。
待ってるから!」
「美咲ちゃん、もう寝たのかな?
今日は疲れただろうし、早く休むよね。
明日、会社で!
おやすみ!」
美咲は目の前の文字が信じられなかった。
⦅これ、本当に……先輩なの?
先輩だとしたら、誰かと間違って送信してしまったとか?
……やだ……顔が熱い……心臓がぁ………ドキドキが止まらない。
本当に私、会社……行くの?
あ゙~~あ~~どうしよう……どんな顔で?
返信してないし……どうすれば……?
………第一……私……何だか……今も夢の中?って感じで……。
あ゙~~あ~~っ…………休みたい。⦆
思わず「休みたいなぁ……。」と呟いてしまった美咲。
呟いてから、美咲は自分の頬を抓った。
痛みで夢ではないと思ったが、やはり信じられない気持ちの方が大きかった。
会社に着くと、翼と擦れ違うのすら怖かった。
それが何故だか美咲には分からなかった。
「おはようございます。」「おはよう。」と朝の挨拶の言葉があちこちに溢れた。
美咲もいつものように笑顔で挨拶をしていた。
すると、後ろから声がした。
「美咲ちゃん、おはよう。」
振り返ると、そこに翼が居た。
翼の笑顔が大好きな美咲なのに、その笑顔を直視出来ない。
「お……おはようございます。」
たった、それだけで翼は席に着いた。
それ以上の会話は無かった。
美咲はショックを受けた。
⦅メッセージのこと先輩は聞かないのね。
やっぱり……見間違い?⦆
美咲はスマホのメッセージを見た。
翼からのメッセージはある。
⦅現実……なのよね。⦆
そう思いながら、ぼんやりとスマホの画面を眺めていたら植松に声を掛けられた。
「美咲ちゃん、就業時間よ。」
「はい。」
仕事をしていても翼の告白は現実ではないと言われてしまったような気がして、美咲は心ここに在らずの状態で仕事をしている。
翼を盗み見るのは、前と変わらないままに……。
仕事が終わって帰る時間になった。
残業にならない人達から口々に「お疲れ様でした。お先に失礼します。」と言い席を離れて行った。
美咲も植松と一緒に席を立ち「お疲れ様でした。お先に失礼します。」と軽く一礼して更衣室へ向かった。
擦れ違いざまに翼が出先から帰って来た。
「もう帰り?」
「あら、もう終業時間だもの。ねっ、美咲ちゃん。」
「は……はい。」
「お疲れ様。」
「お疲れ。お先です。」
「お疲れ様でした。お先に失礼します。」
会釈して、美咲は植松と更衣室へ行く。
その時、翼が「美咲ちゃん、落としたよ。」と言った。
美咲は⦅落とし物? 何を落としたのかな? もう! ハズい……。⦆と思いながら翼から受け取った。
「必ず読んで。」という翼の囁きが美咲の耳元で………。
美咲は耳まで真っ赤になった。
耳が熱かった。
美咲は受け取ったメモを胸に抱いて更衣室へ入った。
更衣室でメモを見る時、胸の高まりを感じた。
ドキドキしている心臓の鼓動が周囲の人たちに知られるのではないかと不安に思った。
折りたたんであったメモをそっと開くと、そこに翼の文字があった。
「美咲ちゃん、駅のホームで待ってて。
行くまで待ってて。
美咲ちゃんが帰る時に電車に乗るホームで待ってて。」
この文字――翼の文字は現実なのだと思った。
でも、やはり美咲は自分の頬を抓っていた。




