帰宅
車は美咲の家に近づいた。
翼は忠頼から住所など聞いていた。
何も話さなくても家に着いたことに美咲が驚いたのは、自分の部屋に入ってからだった。
家に着くと、美咲は夢から覚めるのではないかと思った。
それくらい夢のような一日だったのだ。
翼はほんの少しの希望を持とうと思った。
「美咲ちゃん、今日はありがとう。」
「いいえ!……あの……。」
「うん?」
「先輩、ありがとうございました。
送って下さって……。」
「送りたかったから、俺こそ、ありがとう。嬉しかったよ。」
「う………あの、今日の先輩……リップサービスが……凄いです。」
「リップサービス? はぁ~~っ!」
「済みません!」
「美咲ちゃん、謝らないでくれるかな?」
「へっ?」
「へっ?って……。」
「あ……済みません。」⦅ハズっ! もう消えたい!⦆
「リップサービスじゃないから、本気だからね。
返事、待ってる。」
「………………。」
「遅くなってもいいから、返事して下さい。」
「………………。」
その時、玄関が開いた。
「美咲、遅かったのね。」
「お母さん。」
「こんばんは。
美咲さんのお母さんでいらっしいますね。
僕は美咲さんと同じ会社の坂東翼と申します。
帰りが遅くなって申し訳ございません。」
「あら?……貴方……忠頼の……。」
「はい、忠頼君の大学の友達です。」
「やっぱり! 忠頼の披露宴ではお世話になりました。」
「いいえ、忠頼君にはお世話になってますから。」
「まぁ、あんな子でもお世話出来るのですか?」
「おいっ、玄関で長話は良くないぞ。
入って頂きなさい。」
「はい……坂東さん、主人もあんな風に言ってますので。
どうぞ、お入りください。」
「いいえ、お送りしただけなので……。」
「いいじゃありませんか。さぁ、どうぞ!」
「入って下さい。
忠頼の友達で美咲の会社の方なのですし……
さぁ、あばら家ですが、どうぞ!」
「では、お言葉に甘えて。」
美咲は何がどうなっているのか全く分からなかった。
ただ、想いを寄せている先輩が自分の家に入って行く姿を眺めていた。
家のリビングで父と母と……そして翼が談笑している。
不思議な想いで3人を美咲は見ていた。
翼は帰る時に美咲にメッセージを送りたいと言った。
美咲は求められるままに連絡先を交換した。
「じゃあ、会社で……。」
「はい。」
「美咲を送って下さって本当にありがとうございました。」
「気をつけて帰って下さい。」
「はい、では失礼します。」
翼が帰ってから、美咲は入浴した。
浴槽に浸かっていて長すぎて逆上せてしまった。
母に声を掛けられるまで、浴槽に浸かってしまった。
「美咲、あんた、逆上せるまでお風呂に入ったら駄目でしょう。」
「ごめんなさい。」
「気を付けなさいよ。」
「はい。」
「もう寝なさい。」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
自分の部屋に入ってから、何度も翼の言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻いた。
そして、ふと気付いたのだ。
⦅あれっ? なんで先輩、知ってたの?
うちの住所……私、道順……話した?
話してなかったよね……あれっ? なんで?⦆
スマホの画面にメッセージの通知があった。
「ヤバっ! お兄ちゃんだっ!」
スマホのメッセージを見ると、兄から「おい! 美咲。帰ったらメッセージを寄越せって兄ちゃん言っただろ。早く寄越せ。」と兄からのメッセージでスタンプ迄怒っていた。
「あちゃ~、お兄ちゃん、怒ってる。」
急いで返信メッセージを送った。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。
お父さんとお母さんが先輩を家に!って……。
それで3人でお喋りしてた。
それで、遅れたの。
ごめんね。」
「遅い! それでも遅すぎる。
翼からメッセージを貰ったから、帰ったって分かってるし、
父さんと母さんが家に上げたことも知ってる。
ただな、お前からのメッセージが無いと不安だったんだ。
無理させたんじゃないかとか、な。
大丈夫か? 美咲。」
「うん、大丈夫だよ。
ちょっと逆上せちゃって……。」
「え? 逆上せた?」
「うん、長湯してしまって、お母さんに叱られた。」
「お前、風呂で遊んでたんじゃないよな。アヒルさんはもう無いぞ。」
「お兄ちゃん、私、もう19よ!」
「まだ!19だっ!」
「お兄ちゃん……もう私は19歳です。」
「分かってる。子どもじゃなくなった。
だから、不安なこともある。」
「?」
「翼はいい奴だ。」
「分かってる、よ。」
「だけど、不安だ。」
「?」
「お前に好きな人が居て、それで今日、無理させたんなら済まない。」
「お兄ちゃん! 謝んないで!」
「美咲ぃ~、お前はいい子だな。
でっ、好きな奴居るのか?
居たら兄ちゃんに会わせろ。いいなっ!」
「……もう……会ってるよ。」
「なんだとぉ~!」
直ぐに兄から電話が架かって来た。
「おい、美咲。好きな奴って居るのか?
誰なんだ? 兄ちゃん、知らないぞ。」
「誰にも言ってないもん。」
「兄ちゃんには言えよ。」
「だってぇ……これが、好きって言っていいのか……分かんないんだもん。」
「どんな気持ちになったんだ?」
「気になるの。」
「うん! それで?」
「一目見るだけでいいの。」
「うんうん、それで?」
「後姿だけでもいいの。」
「うん! 他には?」
「幸せになって欲しいの。」
「う……ん?」
「私じゃ無理だって分かってるから……。」
「そいつ、そんなにエリートでイケメンなのかよ。」
「だって、私は高卒だもん。
勉強も出来ないし、運動も全くだし……いいとこ無いもん。」
「何言ってるんだ。お前はいい子だ。兄ちゃんが保証する。」
「いい子……だけだもん。女性じゃないの。」
「へ………誰がそんなこと言ったんだ?」
「そう思うもん。大きいし……女性らしいとこ無いもん。」
「背の高さなんか、好きになったら気にならねぇってぇの!」
「ほんと?」
「ほんとだ!」
「……じゃあ……先輩は嘘言ってないの?」
「先輩って誰だよ。」
「お兄ちゃん、今日、一緒だったよ。」
「あっ! 翼か……え?………ええええええ?
美咲、お前……もしかして、もしかするのか?」
「もしかして、もしかって、なぁに?」
「否、だからさ、お前が好きな奴って、翼?」
「………………。」
思わず、通話を終了してしまった美咲だった。
電話先の兄は「えええええええ! そうなのか………ええええええ!」と一人大騒ぎして、妻に「ちょっと聞こえないから静かにしてよね。いい所なのにぃ!」と叱られたのであった。




