二人だけの車内
美咲は顔を上げれないままだった。
翼は俯いている美咲を見て⦅急に付き合ってくれ!とか……その上に結婚も視野に入れている!とか……俺が言ったせいなのか?……それしかないだろうな……はぁ………焦り過ぎた。バカかっ! 俺は……。⦆と思った。
何を話したらよいのか分からなくなった翼は美咲に聞いた。
「美咲ちゃん、具合悪い? 疲れた?」
「!……いいえ! 大丈夫です。」
「そう? それなら、いいんだけど……。」
「済みません。」
「うん?」
「心配掛けて……。」
「気にしないで。」
「……はい。」
「まだ、暫くは綺麗な山の景色を見られるよ。」
「……そうですね。」
「……美咲ちゃん。」
「はい。」
「美咲ちゃんは何が好き?」
「何が?」
⦅やっと顔を上げてくれて、一瞬、こっちを見てくれた。⦆「うん。」
「何?って、どういう?」
「美咲ちゃんが好きな物を知りたいんだ。
だから、何でもいいんだ。食べ物でも……色でも……何でも。」
「食べ物ですか……出て来ないです。」⦅緊張して考えられない。⦆
「じゃあ、忠頼は好き?」
「お兄ちゃんですか?」
「そう。」
「好きです。お兄ちゃんも……あっ!……兄も姉も大好きです。」
「そっか……じゃあ、季節は?」
「季節ですか?」
「うん。」
「春が好きです。」
「春?」
「はい、芽吹く春が好きです。」
「春はいいよね。暖かくなって……花も咲いて……。」
「はい。パンジーとかビオラとか可愛くて綺麗で大好きです。」
「そっか……パンジーとかビオラ?って、俺知らないな。」
「先輩はお花嫌いですか?」
「いいや、嫌いじゃないよ。
けど、名前をあまり知らないんだ。」
「そうなんですね。今度、お花屋さんで見て下さい。
あ……ホームセンターでも売ってたりします。」
「そっか……じゃあ、今度、花屋に行く時には美咲ちゃんに付き合って貰おうか
な?」
「つき………。」
⦅また俯いた……。⦆「美咲ちゃん?」
「は……はい。」
「いつかは分からないけど、そんな時が来たら教えてくれるかい?」
「そんな時が来たら……そんな時……来るんでしょうか?」
「えっ?」⦅美咲ちゃん、俯いて小さな声で何言ったんだ?⦆
「いいえ、あの……桜……綺麗でしたね。」
「うん、綺麗だったね。」
それから長いドライブの最中の会話を美咲は覚えていない。
ただ、美咲にとっては夢のような一日だった。
この瞬間も夢の中の自分のような気がした。
翼は不安が大きい時間を二人だけの車内で過ごした。
美咲からの拒否のような気もしていた。
⦅俺は……美咲ちゃんのことを好きになったと自覚してから……
付き合っていた彼女と別れた。
美咲ちゃんに心惹かれたのに、付き合ったままは……彼女に悪い。
そう思ったんだ。
美咲ちゃんの何が……って、聞かれたら分からない。
気が付くと目で追っていた。
彼女の時は、彼女から告られて始まった恋だった。
好きになったと思った。
だけど……別の会社に就職して、お互いに忙しくて会えない日が続いた。
俺の心に隙間があった……のかもしれない。
でも………彼女もまた同じだった。
お互いに心が離れてしまってた。
今まで付き合った女の子たちと全く見た目が違う。
なのに……気が付いたら目で追っていた。
あの日、忠頼の披露宴で出逢った時から心に深く残ったのかもしれない。
………はぁ…………やっと……やっと……告れたのに……駄目なのかな?⦆
美咲と翼、二人だけの車内は少し空気が重かった。




