第90話.掩蔽壕の戦い (マーシャ)
戦闘奴隷視点の話しです、最前線で戦うのは名も無き兵士です。
緩やかな谷を挟んだ反対側ではオーガの大軍が集まり太鼓を叩いて騒いでいる、喚声がこちらまで聞こえてくるわよ。
「あれってオーガの司祭が戦士を鼓舞しているんだって」
14歳のライラリアが言う、この子はわたしより二つ下で、背も低いくせに胸が大きい、生意気な子よ。
「そうなの」
「オーガは戦いの前にお酒を飲むらしいよ、戦うのが怖くなくなるらしいんだって」
「酔っぱらって戦えるのかしら」
「さぁー」
さっきから会話が途切れ途切れよ、緊張と興奮で上手く返せないの。
「ライラリア、ミヤビ様は水落としするのかな?」
「たぶんすると思うよ、わたし達は掩蔽壕から出るなって言ったじゃない」
太い丸太を何本も組み合わせて造った掩蔽壕、物凄く狭いけど、家一軒分くらいの丸太を使っているの。
屋根は丸太を並べて、その上に土を盛って、更に丸太を並べたら木の枝でしっかり偽装、これって上からの攻撃が有るって意味よね、
指二本くらいの隙間からオーガの陣地を覗いているとすぐ目の前まで敵が来ているかの様な錯覚になる。
「わたしにも見せて、ねぇマーシャ」
まだ商会に来て日が浅いポーリン、8歳って言っていたけど、絶対もっと小さいわ。
「危ないからちょっとだけよ」
ポーリンを抱っこして覗き穴を覗かせる、小さい子って体温が高くてポカポカするし、甘い香りがするわね。
「マーシャ、その辺にしておかないと」
ライラリアがさりげなく左手のバングルを見せる、わたしの左手にも同じ物が嵌っている、噛み切ると楽に死ねる毒薬が入っているそうよ。
いよいよ最後だと思ったら使いなさいと言われた、オーガの捕虜になった女性がどんな目に遭うかを考えたら先に死んだ方が楽よね。
ただ自殺するだけではダメなの、8歳のポーリンを殺してから自決よ。
戦闘奴隷になった時から覚悟は出来ていたけど、まさかこんな小さな子に刃を向けなければいけないなんてね。
「マーシャ、太鼓の音が止んだよ」
「来るのかな?」
「あっ、あれ水魔法じゃない?」
隊列を組んで前進して来るオーガの頭上に水の塊、きっとニンファさんが出した水をミヤビ様がホールドしているのね。
タルタルーナをペシャンコに潰した水落としだけど、オーガ達は上を見上げてゲタゲタ笑っている、兜を脱いで頭を洗う仕草をしている奴までいるわ。
水落としを夕立と勘違いしていない?
敵の隊列に水煙が上がる。
「凄いわ!」
「やったの?」
「何匹倒したかな」
「わたしにも見せてよ、ねぇー」
「ダメよ、ポーリンはボウガンの準備でしょ」
「もう出来ているよ」
ミヤビ様が急いで取り寄せた連射ボウガン、魔石がセットされていて引き金を引くだけで20発まで矢を放てるの。
弓弦を引かなくても狙った方向に向けて撃つだけで良いし、チョー簡単なんだけど、次の20発のセットが面倒、その為にポーリンがいるんだけどね。
「ねぇ、ライラリア、連射ボウガン一個で金貨二枚だって」
「へぇー」
まったく興味の無さそうなライラリアの返事。
「あのさぁ、マーシャ」
「何よ」
「あんた処女捨てた」
「バーカ」
処女を捨てたなんて、これから死ぬみたいな事言わないで、わたしは男なんていらないの。
思い出すのはシルキーナさんの柔らかな身体、あーあもう一回して欲しいな、エアーマットのギュギュと言う音と一緒にお腹の奥が熱くなって行く、今まで感じた事の無い甘美な思いで。
そんな甘い思いはオーガの弓矢に覚まされた。
掩蔽壕から50歩前に造った偽の陣地、藁でできたカカシが立っているけど、オーガ達の矢が凄いの、カカシがあっという間に飛び散ったわ。
「やばい、あいつらこっち来るよ」
「ライラリア、火線帯に入るまで我慢よ」
そんな時オーガの頭上に赤い花が咲く、発煙弾ね、ゆっくりと落ちて来る紅色の花びら。
「マーシャ、線を引いて!」
「分かっているわよ」
目の前に有る円筒形の仕掛けのヒモを力いっぱい引っ張ると、ボワッと言う音がしてオーガ達が火に包まれる。
「次も!」
「ライラリア、うるさい!」
陣地前にセットした火炎魔法の罠を次々と発火させたわたし、のぞき窓から熱が伝わって来るし、肉の焦げる臭いまで漂ってくるわ。
「マーシャ、これ」
8歳のポーリンが連発ボウガンを渡す、この子わたしより戦闘の手順が頭に入っていない?
「ライラリア、顔を狙うのよ、ボウガンは連発出来るけど、普通の矢より威力が少ないから」
「知っているわよ、処女マーシャ」
言い返そうと思ったら、炎の中からオーガが現れる、まさに鬼そのものじゃない。
“ビンッ、ビンッ”と二発撃ったら大きな身体は右に倒れたわ。
「ライラリア、一匹倒したわ」
「わたしは二匹よ!」
その後は二人で連発ボウガンを撃ちまくった、弾が切れるとポーリンから次のカートリッジを貰う。
8歳の女の子に空のカートリッジを渡すと、小さな手で器用に次の20発をセットしている、これってカートリッジをもっとたくさんにすれば便利よね。
オーガをどれくらい倒したのか数えるのは止めてしまったわ、どれだけ倒しても大きな波みたいに押し寄せて来る大軍。
陣地の20歩くらい前まで来た時も有ったわ、そう言う時は魔法攻撃の炎が援護してくれるけどね。
「マーシャ、ライラリア、矢は最後の20発だよ」
火線帯の上空で青の発煙弾がはじける。
「青煙よ!」
「撤退の合図よ、マーシャ」
「知っているって」
二人で掩蔽壕の隙間から発煙弾を次から次に投げ、白煙が壕内まで流れて来たわ、
「逃げるわよ、身体を低くして連絡壕まで走って」
丸太一本の隙間を這い出る、煙がすごくて連絡壕の位置が分からないわよ。
「マーシャ、待って!ボウガンを持って来ないと」
「そんな物放っておきなさい!」
わたしの言葉も聞かず、掩蔽壕に戻って行くポーリン。
「ライラリア、先に逃げて」
「バカの処女マーシャ、逃げられる訳ないでしょ」
火薬の無い世界観ですけど、もっと凶悪な魔道具があります。




