第76話 悪女でも良い主人
風魔法で自由に飛べる飛行船ですが、やはり風の影響は受けます。
気球作りなんて初めてで、試行錯誤の連続だったわ。
最初は球形をイメージしていたのだけど、葉巻型が良いと言う提案で、形を変更。
更に風の魔具をセットして、方向を自由に変えられるようにしたのよ。
完成形を知らないはずなのに、次々と解決策を出して来る、戦闘奴隷の子達はかなり優秀な子達じゃないかしら。
特にリーダーシップを発揮したのはウサギ獣人のコンチータ、風が読めるのよのね。
「それでは出発します」
わたしとコンチータ、カタリーナがゴンドラに乗り込むと、係留索を解除するグランドクルー。
数十日前までは迷宮で魔物と死闘を繰り返していた彼女達、お針子になったと思ったら、今は優秀なフライトクルーよ。
「今フライホルツの街を抜けました!」
「凄いわね、馬で一日の距離を一刻もかからないなんて」
「丁度風向きに恵まれたからでしょう」
眼下には緑の森が流れるように過ぎて行く。
「あっ、光りました、アレじゃないですか?」
コンチータが霞みの向こうを指さす、そうそうわたしは身体強化魔法のおかげで視力も信じられないくらい良くなっているのよ、数十キロ先に有る湖もハッキリ見える。
グイグイと景色が引き寄せられていくように目的地に向かって行く気球。
湖の上空からトリスタン子爵の別邸前に降り立つと、警護の兵や館の使用人達が集まって来る。
ゴンドラから降りたわたしは大きな声で言う。
「わたくしダ・デーロの街の冒険者ミヤビと申す者、ニコレシア様と話がしたい!」
「わたしがニコレシアだ、ミヤビとやら如何な理由があって我が屋敷に降り立ったのだ」
20代前半の女性と言う情報だったが、ニコレシアは歳に似合わない貫禄と言うか、動じない姿勢を感じる、そして貴族の娘らしからぬはすっ葉な雰囲気。
「ニコレシア様、なりませぬ、あの様な無法者達は護衛の兵にお任せを」
初老の執事らしき人が身体をもってして止めようとする。
「良いのだ、ヨーナス、いつかこの日が来るのは分かっていた」
「ですが……」
「皆の者、私はもう帰って来る事はないだろう、これまで仕えてくれた事、感謝する!」
麻薬密売の元凶な彼女だが、別荘では良い主人だったようだ、メイドや料理人、庭師達まで悲痛な面持ちで旅立つ主人を見守っている。
「突然の訪問をお許しいただきたい、ニコレシア様」
「そなたがミヤビか、フーゴの下で働いているとは聞いていたが、まだまだ若い娘ではないか」
わたしが間諜だった事はとっくにバレていたみたいだ、フーゴさんも。
「わたくし、空飛ぶ馬車を用意致しました、お乗り頂けますか」
「これは奇天烈だな、わたしの最後に相応しい」
「ニコレシア様、空の上はお寒むうございます、風邪を召さない様にこちらを」
わたしは革のジャンパーをニコレシアに渡す。
「余命いくばくも無い者に風邪の心配とは、ミヤビとやらはなかなか諧謔を弄する娘よ」
ジャンパーを羽織りながら、執事を呼びよせ耳打ちするニコレシア。
「ヨーナス、全員の紹介状は用意してある、達者で暮らせよ」
使用人達の涙に見送られ再び空に向かう気球、ある程度の高度に上がると貴族の森はハッキリと分かる。
本来は領主が狩りをする為のプライベートな森なんだけど、中ほどには不自然な畑が広がっているわね。
「ニコレシア様、あれがコカフィーナの畑で間違いないですね」
「さて、どうだろうな、まずは降りてみないか?」
「コンチータ、あそこに降りられる?」
「やってみましょう」
ウサギ耳が答える。
地上に降りたわたし達の目の前には石垣の列、上から見ると畑の連続に見えたけど、意外に高低差があるわよ、そして石垣の隙間からは清らかな水が流れている。
数軒の作業小屋からは女性達が出て来て、不安な目で突然の訪問者を見守っている。
「作業者は女性が多いですね」
「行くあての無い寡婦達だ、彼女達が生きて行くには我が領はまだ貧しいのでな」
“だからって麻薬密造が正当化される訳ではない”
「未亡人に仕事を与えるとは優れた為政者でございましょう、されど作っている物が問題では?」
ニヤリと口角を上げたニコレシア。
「パスパ! こちらに」
いかにも現場を仕切っていそうな頭の回りそうな女性が駆け足でやって来た。
「こちらのお嬢様に、自慢の作物を見せてやってくれんか」
「かしこまりました、ニコレシア様」
悪の親玉でも、良い主人です。




