第77話 怒りの拳はどこに?
貴族の森は平民が入れないので、環境保全の面でも有用です。
気球を使って貴族の森に降り立ったわたし達、結構な規模の畑があった、これで踏み込む為の証拠は出来たわね。
だが、ニコレシアはそんなわたしを鼻で笑う。
「ニコレシア様、今朝収穫したばかりの根を持って来ました」
パスパと言う農夫が作物を持ってくるが、桶の中には緑色した根菜。
“これってワサビじゃない!”
「ミヤビには説明が必要だな、これはワッサーヴィと言う作物で、すりおろすと良い薬味になるぞ」
「知っています、鼻に抜ける香りは癖になりますね」
「なんだ、知っていたのか、それでは強硬偵察をしても見まがう事は無かったな、なんとも残念な事だ」
いったいどういう事なの? わざと自分が麻薬密売の中心にいる様な言動、捕まる事を待っていた様な。
だがこれでニコレシアを捕まえても、ワサビを栽培していただけでは王宮は赤っ恥。
「ミヤビとやら、そなたフーゴの下で働いておるが、彼の正体は知っているか?」
わたしは黙って首を左右に振る、
「あの男は国王の遊び相手でな、あー、遊びと言うのは男同士のアレだ」
「それくらい分かります」
「まぁ、よい、所詮フーゴは日陰の存在、証拠を集めて確定したら王子が出て来るはずだった」
「麻薬取り締まりの実績を積ませる為にですか?」
「ミヤビ、そなた話が早くて助かる、しっかりお膳立てして悪の権化を逮捕しに来たらワッサーヴィ畑で、王子の面目丸潰れ、そんな絵を描いておったのだが。
やれやれ世の中思った通りに事は運ばない物よ」
王子のメンツを潰す為にわざとワッサーヴィ畑を作っていた、自分の尊厳を踏みにじった相手に意趣返し。
ちょっと待って、ここ最近でコカフィーナが急速に広まった事の答えにはなっていないわよね。
ニコレシアは復讐劇でわたしを煙に巻くつもりなの? 相手のペースに乗せられてはダメよ。
「ニコレシア様、立派なワッサーヴィの畑でございます、さらに寡婦達にも職を与える貴族の鏡の様な行いでございますが。
昨今コカフィーナが流行したのはガイスト領とは無関係なのでしょうか?」
「もちろんだ、今王都で流行っているコカフィーナは全てボイボニア国から入って来た物だ、彼の国の王子謹製のお品であるぞ」
ボイボニアは南の方の国だけど、そんなに大きな国ではなかったわ。
「わたしはこう見えても、王子の“花嫁候補”にまでなった女だ、ボイボニアの王子にも可愛がって貰った物だ」
急に遠い目をしたニコレシアは桶の中から取れたてワッサーヴィを取り出した。
「王子はお猿さんでな、毎晩気絶するまで攻められたものだ。」
ある晩王子の部屋に呼ばれると、王子と留学中のボイボニアの王子が待っていのだ、あの晩の嵐は凄かったものだ」
二人の王子に輪姦されたわけだ。
ニコレシアはワッサーヴィを弄ぶと、朝露の滴がポタリと落ちる。
「ボイボニアの王子カッセルは、こんな性欲処理の道具が気に入ったようで、昵懇の中になった。
まぁ、彼の留学が終わった時点で関係も終わったがな」
「そんな旧知の仲に麻薬の密輸を勧めたのですか?」
「そんな事はせんぞ、ミヤビよ、コカフィーナを売るにはどうしたら良いと思うか?
まさか薬局に卸す訳にもいかんだろう」
「販路は地下ですね」
「その通り、裏社会の者をカッセル王子の手下に紹介しただけだ」
ニコレシアは抜け目の無い相手だと思ったがその通りだ、彼女を罪に問うのは難しいだろう、何より証拠がない。
きっと最初の販路はポニエンテ街道とメディオ街道沿いにしろ、と指示をしたのだろう。
「ああ、そう言えば物を売るにはメディオ街道かポニエンテ街道が良い、と独り言を言った気がするが、誰かが聞いていたかな?」
“やっぱり”
「ニコレシア様、今後はいかがなさいますか?
栽培農業で地域振興でしょうか?」
「ミヤビよ、そなたも言うな。
わたしをここまで動かしていたのは怒りと復讐だ、だが怒りを維持するのは意外に大変でな。
そこで、そなたに相談があるのだが……」
ワサビ畑は日照も大切です。




