第106話.リリアーナ防衛
防衛線は扇状地の一番端です。
○ガイスト領、領都ガイセ:最初の魔物が防衛線に到達する少し前の時間 ○
「これは、殿下、遠路はるばる、お疲れでしょう」
「トリスタン子爵よ、今は有事だ、いち早く馳せ参じるのが王族の務めであろう。
して、状況はどうだ」
「こちらが指揮所になっております …… 」
○
「 …… 我々は現在、リリアーナ平原の手前の防衛線で戦っております。
ここは我が領一番の穀倉地帯でもあります、なんとしても守り抜く所存であります」
「ふーむ」
考え込み地図をのぞき込む王子。
「子爵よ、それは悪手と言うものであろう。
リリアーナ平原の防衛線まで、我が親衛軍でも二日はかかる距離だ。
その防衛線も随分とお粗末ではないかね」
「ご指摘の通り、山地に近いので、水堀の幅は狭いですが、守備隊の士気は旺盛です」
「確かに軍隊に士気は大切だ、だが、それだけで勝てるものでもないのだ。
加勢に行く途上で防衛線が破られたら、我々は平野の真ん中で魔物と相対する事になる。
それよりも、一旦ガイセまで防衛線を縮小して戦えば、効果的に戦えるのではないか?」
「恐れながら、具申致します、リリアーナ平原は我らのパン籠でございますし、何よりも、まだ多くの領民が平原の村々に居留しております。
避難の時間が足りません」
「そうか、そなたの言い分は分かった、復旧までの数年間は王都より小麦を支給する事にしよう、それから他領からの移民も促進するように働きかけよう、それでよろしいな」
連隊伝令のクレーベルが早馬に乗り、防衛線に向かう。
○リリアーナ防衛線:最初の接敵から丸二日が過ぎた時間帯 ○
終わりの見えない対魔物戦、せめてもの救いは魔物は夜になると、結露の関係で動きが緩慢になる。
一番夜露が溜まる薄暮帯に、守備隊は打って出て、動きの鈍った魔物を殺しまくる。
今は反撃隊も帰って来て、戦場での数少ない空白時間。
ゴンドラの中では戦闘少女達が外套にくるまり眠っている、少女の肌は煤で汚れているが、洗顔の優先順位は随分と後の様だ、
もちろん、指揮官のわたしも外套と言う最高級の夜具に包まれエルフの少女を抱きかかえ、前後不覚に眠っていた。
本当に疲れている時には夢なんて見ないのだけど、今の自分は空飛ぶ馬車に乗って、まだ薄暗い野山を見下ろしている。
湖を見つけると、高度を下げ湖面に近づく、後ろを見ると後続の“空飛ぶ馬車”が湖面に袋を落し、タップリと水を汲んで重そうに浮かびあがる。
[ニンファ、聞こえますか?
わたし達は、水落しをします、なるべく前線に近い場所に落したいので、指示をしてください]
ミヤビ様の声だ!
わたしは寝ぼけ眼のトルディを強引に引っ張り、防衛陣地の凸角部分に向けて駆けて行く、兵士達の枕元を駆けて行ったけど、起き上がる者は一人もいない、泥の様に眠っている戦士達。
ジグザグ陣地の一番の出っ張り部分に立ったわたし、山影から朝日を背景に“空飛ぶ馬車”が浮かび上がってくる。
三、いや四台の馬車が、お腹から水をぶら下げているのが分かる。
[わたし達が見えたわね、あのジグザグの線が防衛線ね、そちらに向かいます]
「防衛線より200ヤード以内は我々の夜襲で殺してあります、その向こう側の斜面をお願いします!」
大声で叫んでいるわたしに、守備隊は気がついた頃に“空飛ぶ馬車”はハッキリと見え、ゴンドラの上から手を振っているのが分かる距離だ。
んんっ? 馬車の中から矢を撃ちおろしているの。
「今です!」
雁行編隊から、水の塊が落され、水煙が上がる。
疲労困憊していた守備隊達は胸壁の上に乗って大騒ぎしているわ。
○○
急いで、空飛ぶ馬車と言う名の飛行船を作る様に指示したわたしだが、ウサギ獣人のコンチータ達は、既に飛行船を造り上げていたの。
ヘリウムガスを液化しているのだから、使い道を先回りして考えていたのね。
わたしの戦闘奴隷達は戦い以外でも優秀よ。
ニンファの戦いぶりは感覚共有で見させてもらったわ、油脂の詰まった樽に着火用の炎魔石を縛りつけ、割れると同時に発火すると言う戦法は悪くはないけど、油脂が足りなくなってきている。
それならば、ふんだんにある水を使わせてもらう事にしたのよ、山火事には上空からの放水が一番効果的だからね。
〇
ニンファの指示のもと、守備陣地に着陸した飛行船、守備隊の指揮官達と調整中よ、戦争って、戦うよりもその前の準備の方が大変なのよ。
「 …… 我々の空飛ぶ馬車は水を汲んでから、帰って来るまで四半刻程です。
水落としが出来るのは大きめの馬車は三台です。
どこを重点的に攻撃すれば良いのか、意見はお有りでしょうか?」
「右翼の水堀が浅いので、昨日は危ういところでした。
現在予備隊を集結させてあります、右側から一気に打って出たい」
守備隊長は守ってばかりではジリ貧になるので、逆襲して敵を削りたいそうよ。
陣地の奥で震えているよりよっぽど良いわ、全力で支援することを約束したわ。
「分かりました、それでは三台の馬車を右翼陣地前の水落しに、残りの二台は上空から矢を打ちおろします。
同士討ち防止の為に、発煙弾を使用しましょう … 」




