第十三話「こんなにも君が、近い」
僕が目を覚ますと……そこは病院だった。
『星蛍総合病院』。
「明良兄ぃっ!!」
目覚めた僕を迎えてくれたのは、妹の抱擁だった。
「ボク、先生を呼んでくるよっ」
日向君が病室を出ていく。
「明良兄ぃ、明良兄ぃ……! 本当に、良かった……!」
叶絵はより一層僕を抱きしめてくる。
体じゅうアザや擦り傷だらけなせいか、ものすごく痛い。
「い、いたたた! もう少し優しくしてくれ~」
「本当に、無茶ばっかりするんだから。でも、ありがとう。兄ぃが助けてくれなかったら、あたし達、どうなってたか」
僕は照れくさくなって頭を掻いた。
「でも、兄ぃも遊園地でデートしてるなんて思いもよらなかったよ」
「でーと? 僕が?」
妹が、ある人物を指さした。
「あ……!」
僕は感嘆のあまり、言葉に詰まった。
結名おねーさんだ。夢じゃ、なかったんだ……!
本当に初恋の人が夢の中じゃなく、現実にいる。
おねーさんはそっと優しく包むように、僕を抱きしめてくれた。
何故だろう。全然痛くないや。
むしろ……柔らかくて、気持ちいい。
「ありがとう。キミのお蔭で、誰も死なずにすんだよ」
「あはは……なんか面と向かってそういうこと言われると、照れるなぁ」
妹が口笛を鳴らす。
「兄ぃにこーんな綺麗なおねーさんの彼女がいるなんて知らなかったなぁ。もうキスくらいはしたの~?ひゅーひゅー♪」
しかし結名おねーさんは恥ずかしがる素振りもなく、堂々と……言った。
「したよ? 今日が初めての……ね?」
おねーさんが悪戯っぽく僕に視線を送ってきた。
「え、ええ~。それ言っちゃうの? おねーさぁん」
僕は恥ずかしさで顔が発火しそうになってしまった。
それから暫くして先生が来て僕を診察してくれたが、特に体に異常が見当たらなかったため、帰らされることになった。
日向君は僕達二人に気を遣ったのか、先に叶絵を家に送り届けてくると言ってくれた。
そして今。僕は大好きなおねーさんと一緒に夜道を歩いている。
「でも驚いたなぁ。おねーさんが本当に『魔女』だったなんて」
「うん、そうだよ。前にも言ったと思うけど、魔女は意中の男性と契約することで魔法が使えるようになる。で、契約を結ぶ際に……その」
顔を赤らめてモジモジする結名おねーさん。なんだか可愛いなぁ。
「む。今、らしくないとか思ったでしょ?」
「え。ええ? お、思ってないよ全然!」
「じゃあ何て思ったの?」
上目遣いで睨んでくるおねーさん。
僕は返答に困ったが……正直に答えることにした。
「か、可愛いと……思いました」
「かっ……!」
より一層顔を赤くするおねーさん。
「きっ、キミは誰にでも、その。そういうことを、言うの……?」
僕は可笑しくなって噴き出してしまった。
「あっはっは! まさか! 僕がこういうこと言うのは、その……おねーさん、だけだよ?」
それからおねーさんは虚ろまなこで僕を見つめた末、こう言った。
「……ばか」
「うん。おねーさんを好きになりすぎて、馬鹿になっちゃったんだ、僕」
決まった。見事に決まったぜ、殺し文句!
「ぷっ。あっはっはっはははっ」
おねーさんには別の意味でウケてしまったようだ。
「な、なんでそこで笑うんだよっ! 折角人が決め台詞言ったのにぃ!」
「ご、ごめん。だってキミがああいうこと言うとは思わなかったから」
それから僕達は夜道を歩きながら、ずっと談笑していた。
「そういえば、結局ユイナっておねーさんの何だったの? おねーさんが現れてから出てこないってことは、おねーさんの別人格か何かなのかな?」
「ううん。違うよ。あの子……ユイナは……わたし自身、なの」
「え」
面食らってしまった。あの天真爛漫で我がままなユイナが……おねーさんと、同一人物???
「魔女の一族の女子は一定の年齢になると見習いから正式な魔女になるための試練を受けるの。それが……以前ユイナが言っていた、『試練の旅』なの」
「言っていた、ってことは。おねーさんにはユイナだったときの記憶が……あるの?」
おねーさんは黙って頷いた。
「その旅で見つけた意中の男性と契約を結ぶことができれば、試練はクリアー、晴れて見習いから正式な魔女になれる。けど、わたしは……」
そこまで言おうとして、おねーさんは言葉を、止めた。
分かっている。悪いのは、僕だ。
僕は十年前、おねーさんにとても失礼なことをした。
契約を結ぶ土壇場になって……怖くなって、逃げた。
そして自ら、自分にとって都合の悪い記憶だけを封印して……逃げ続けてきた。
だからこそ。全てを思い出した今だからこそ。言わなくてはならない。
「おねーさん、ごめん。僕があの時『逃げた』せいで、『ユイナ』が生まれることに、なっちゃったんだね……? おねーさんの心の、外側が」
「アキラ君、キミ……記憶が……?」
おねーさんは、首を横に振った。
「ううん、それは違う! わたしが言葉足らずで上手く説明できなかったから。わたしに、魔女としての才能がなかったから……だから、十年前の儀式はっ……!」
僕はおねーさんを、しっかりと抱きしめた。
悪いのは、僕だ。
僕が中途半端な覚悟で儀式に臨もうとした結果、おねーさんの成長は止まり……『ユイナ』が生まれてしまった。
「本当に、アキラ君のせいじゃないの。わたしがユイナになってしまったのは……一族の長である、お婆様に『封印』をかけられてしまったせいなの。儀式に失敗した、罰として。魔女としての魔力を封印されたわたしは、体の成長が止まって、精神も子供のままになってしまった。けれど。ユイナの奥底で、わたしは成長し続け、こうしてあなたが封印を解いてくれた……それだけで、もう充分なの」
結名おねーさんは、にっこりと微笑んだ。
僕は、涙が溢れて仕方なかった。何で、この人は……こんなにも、優しいんだろう。
本当に、女神様のような人だ。
「……ありがとう、ありがとう……!」
僕は抱きしめる力を一層強めた。
「い、いたいよ、アキラ君」
「もう離すもんか。契約を結んだ今、僕らは一蓮托生だ。絶対にもう、あなたを離さない……!」
星空の下で、僕らは抱き合い続けた。
10年前はあんなに遠かった君の体温が……今はこんなに、近く感じる。
僕は彼女の鼓動を近くで感じながら、もう二度と離すもんかと心内で誓うのだった。




