Stand Alone――孤立 第二部完
ぼくらが帝都防衛高校に入学してから一年生の全行程を終えるまで、あの日が最も激しい戦いだったと思う。
ぼくらを散々苦しめた不明機と呼ばれたメタルには、後にトール級という呼び名が与えられた。
これまで、メタルには人類兵器で最も形状の近い名称が与えられていたが、現在の人類はあれほど巨大なヒト型兵器というものを有していない。
ゆえに、北欧神話における雷神の名が与えられることとなったらしい。
トール級の襲来により全滅した帝都西防衛高校へと向かった三年生は、そのおよそ七割が帰還を果たした。
しかしその数は、出撃した早見士郎以下教師十名を含め、四十名に満たなかった。
途中で戦場から姿を消したイル・オーメンドの藤堂正宗は、自らの機体でエンジェル・ラダーの帰還組を二名を連れ、帝西へと向かったらしい。
名目上は帝都西に向かった早見士郎や三年生らの援護が目的で、事実その役割を存分に果たしはしたようだけど、おそらく藤堂の言論は本質をついていない。
あいつは目障りなサード・アームズや天川月乃を見殺しにするため、あえて別の戦場へと強力な助っ人であるエンジェル・ラダーのふたりを案内したんだ。
戦場が移動したと、嘘をついてまで。
驚くに値しない。やつの考えそうなことだ。
帝都西防衛高校は全滅、帝高は帝西の穴を埋め合わせるため、東京西壁に仮校舎を急造し、三年生の全員を機体ごと移住させざるを得なかった。
手練れの三年生を失った帝高の戦況はさらに悪化し、戦いのたびに犠牲者は後を絶たなかった。当初百名いたぼくらの世代の入学者も、今やもうその半数以下となっている。
秋になる頃には、みんな目に見えて憔悴していた。
帝高は入学から卒業まで、そのおよそ五割の生徒らが無事に生き残ることが通例だったから、これは異例の早さでの減り具合だと言える。
ぼくらが二年生になる頃、帝西に移住した三年生が卒業すると同時に、天川月乃以下二年生だった生存者が、全員機体とともに帝都西防衛高校の新校舎へと移住した。
帝高はといえば、新たに入学した百名の新入生を除けば、特進クラスは藤堂正宗を含む十一名、三クラス六十名いた普通科は二クラスに振り分けられて三十四名、そして特殊クラスは、わずか五名となっていた。
つまり特殊クラスで進級まで生き延びられたのは、サード・アームズ4名と、あの日以来、急成長を果たしたリバティ・ベルの生き残り、三倉美紀子だけとなっていた。
彼女は誰ともチームを組むことなく、あの日からずっと単騎で戦い続けている。
そして、ぼくらは――。
「邪魔だよ」
目の前をグライドする搬入されたばかりの一年生の機体を、ネイキッドで掠めるようにして抜き去り、速度を上げて追い抜いてゆく。
『うわっ!? ネイキ――あ、あれがサード・アームズの高桜って人か!』
新入生の声が無線の全権チャンネルから聞こえてきた。
けれど、ぼくらは何もこたえない。必要最小限の言葉以外は、もう誰ともコミュニケーションを取るつもりはない。
機体を振りながら瓦礫を利用し、跳躍して飛び越え、何機も、何機も、置き去りにして、ネイキッドは疾走する。
そのぼくに追随し、マサトのレギンレイヴが、リサのベルベットが、そしてルルのキャンディフロスが続く。
『あ、あれが二年のサード・アームズ? なによ、あの青い機体! 重量級なのに、あんな速度についていってる!』
『おれたちの機体とは性能が違いすぎるな』
隊列を乱すことなど恐れない。むしろその方が都合が良い。
一年生たちが戦場へと辿り着く時間を、少しでも遅らせることができる。初戦なんてものは戦うべきじゃない。
『でも、あの人たちってものすごい問題児なんでしょ。凄腕なのに、命令無視の常習犯だとか。迷惑してるらしいよ、他の二年生たち』
『らしいね。あたしの友達が、校舎で話しかけてみたらしいのよ。でも、睨まれただけで無視されたんだってさ』
『うっわ~、感じ悪……。ちょっと強いからってなにそれ。人間としてどうなの?』
『連携取れなさそうだな。これだから天才肌ってのは嫌なんだよ』
一年生たちの会話に、意識せず口元が弛んだ。
『それだけじゃなく、トール級を倒すために同級生を囮に使ったこともあるんだって。死んじゃったらしいけど』
『こら! あんたたち、わかってんの? これは全権チャンネルよ! サード・アームズにも繋がってんだからね!』
『平気だろ。誰が言ったかまではわかんねえよ』
わかるんだけどな。分析支援機のルルなら。もっとも、犯人を突き止めようとも思っていないけど。
陰口はむしろありがたい。
そんなことよりも、初戦は見て、覚えるだけでいい。
だから、生きてくれ。頼むから。
一年生の隊列を飛び出し、ぼくらは二年生の隊列へと潜り込む。そうしてまた機体を揺らし、次々と別の機体を置き去りに、さらに速度を上げた。
『あ、あいつら、また――ッ! 止まれよ、高桜! 隊列を乱すな!』
『くそ、天川先輩が帝西に移住しちまってから、やりたい放題じゃねえか! 誰かサード・アームズの暴走を止められるやつはいねえのかよ!』
集団の先頭はイル・オーメンド、鮮紅色の機体。二振りの戦斧を背に、様々な銃器で武装した近中距離万能型だ。
藤堂正宗のディヴァイデッド。
そのカメラアイが、背後から高速で迫るネイキッドへと向けられる。
「――」
『――』
だが、ぼくらに言葉はない。人外と交わす言語など持ち合わせてはいない。
やつはぼくらが自分の指揮下に入らないことを理解しているし、ぼくは藤堂をいつか殺すつもりでいる。
だけどもう、以前のように表立って対立することはない。廊下ですれ違っても、互いに顔を背けて歩き去るのみだ。
『何をやっているのッ、高桜ッ!』
『サード・アームズ、出過ぎだ! 聞こえてんだろ! くそ、あいつらまた勝手なことをしやがって――ッ!』
『藤堂くん! いいのかよ、あんなの許して! あんなやつらがいたら全滅するよ!』
二年生指揮機、鮮紅色のディヴァイデッド率いるイル・オーメンドが、無線を全権チャンネルに合わせたまま叫き散らしている。
『…………勝手にくたばるまで放っておけ。そのようなことより隊列を乱すなよ、クズ共。貴様らはあの特殊以下であることを忘れるな。俺の駒となって死ぬことだけを考えていればいい』
藤堂正宗が殺気を圧し殺した声で呟くと、イル・オーメンドの三名が黙り込んだ。
こんなやつに従うのは、誰だって不本意だ。けれど、他のやつらには藤堂に逆らえるだけの実力がない。それに、こんなやつでも近くにいれば、生存率が上がる。
だから藤堂正宗の側には、常に誰かがいる。
そんな輩と連携など取るつもりはない。
「――ネイキッド、無線カット。チーム内無線だけでいい」
ぼくは、他の機体に合わせてグライドしている指揮機ディヴァイデッドを置き去りにして、ネイキッドのバーニアをさらに噴かした。
景色が歪み始め、機体をさらに沈み込ませる。
「最大速度まで一気に引き上げる」
『おう』
『ん』
『はい』
おそらくこの集団でこの速度域をついてこられるのは、サード・アームズとイル・オーメンドの四機、そしてミキコの機体プルチネッラくらいのものか。
プルチネッラはおそらく集団にはいない。どこか、ぼくらとは違うルートで、単騎でドレッドノート級に近づいているはずだ。
あの日、中条冬子が死んだ日。
ぼくはサード・アームズだけを集めてこう告げた。
ぼくらは誰よりも強くなろう。サード・アームズだけで、どんなメタルにも立ち向かえるだけの力をつけよう。
誰の助けも必要としない英雄、早見士郎のように。
他の誰もいらない。日常生活においても、もう誰も近かせない。
もう二度と、ぼくらを庇って死ぬ人が出ないように。
あんな悲劇を見るくらいなら、愛されるよりも嫌われた方がずっといい――。
新型メタルだったトール級の報酬金は、莫大なものだった。ぼくらの機体性能は飛躍的に向上し、あの日のものとはもう別物になっている。
確実に、早見士郎のキャスケットに近づきつつある。
後方集団を十分に引き離し、前方に見えてきたメタル色の巨大な山へとグライドする。
視界の隅に赤文字で警告が浮かんだ。
――全長百六十メートル、砲門六十四、アーム三十二、自己再生機能有、ドレッドノート級。
ドレッドノート級か。久しぶりだな。
「マサト、後方集団が追いつくまでに砲門とアームを半分まで減らすぞ」
『犠牲者を減らすためとはいえ、あいかわらずイツキの注文はキツいぜ』
「はは、でも、できるだろ?」
エメラルドグリーンの軌跡を残し、レギンレイヴがネイキッドへと、了解といったふうに片手をあげた。
『あったりめえよ。任せとけ』
「リサ、ネイキッドとレギンレイヴへの砲撃を可能な限り迎撃してくれ。ぼくらは機銃以外は避けずに、破壊に専念する」
鋼鉄の肉体をわずかに揺らした空色のベルベットから、一年前、出逢った頃よりはずっと人間らしいしゃべり方をするようになった少女の声がした。
『ん。了解、イツキ。気をつけて。余裕があったら、アームや砲門も狙うから』
「頼りにしてる」
『頼りにされるっ』
「ルル、砲門とアームの位置、リサの射線上から漏れるミサイルの着弾予想はできる?」
薄桃色のキャンディフロスが、まるで彼女自身がそうするかのように両手を腰にあて、不満そうなジェスチャーをした。
『愚問です、イツキさん。わたしを見くびっているんですか?』
「まさか! キミがいなきゃ、ぼくらは何度も死んでる。いつもありがとう」
『はい。と、早速来ますよ。迎撃はもったいないから、避けちゃいましょう。着弾は七秒後です』
百六十メートル級のメタルが眼前に迫りつつある。鋼鉄の肉体に力を送るために肉の身体に酸素を吸い込み、ぼくらは一斉に四方へと散った。
着弾したミサイルが、すっかり廃都と化した東京の大地を粉砕する。
ぼくはネイキッドの背にある白の大剣を抜いて、バーニアを最大まで噴かした。
「サード・アームズ、行くぞッ!!」
――こうしてぼくらは、孤高のチームとなった。
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