Apoptosis――自壊⑱
積載限界量を超え、小型から中型の遠距離兵器で完全武装をしたグレーの機体が二機、そしてやはり小型から中型までの近接兵器を山ほど積んできた同色二機の機体が、キャンディフロスを中心として弧を描くようにグライドからバックグライドへと切り替える。
灼けた土煙を上げ、もはや機体の原型すら留めぬほどに過剰積載をしたリバティ・ベルの四機が、戦場の大地に排煙を上げながら脚部をつけた。
途端に無線から歓声が上がる。
『うおおおおっ! てめえらマジ天使だ!』
『女の子を天使とか呼ぶな! キモイ!』
トウコが歓声に負けない声で叫んだ。
『みなさんの兵器を撒きます! 装填済みです! ――狙撃銃放棄! 機関銃放棄! 短機関銃放棄! 対物狙撃銃放棄! 無反動砲放棄!』
トウコの声紋認証により、過剰積載されていた機体から白煙が上がり、次々と銃器が大地へと落とされて行く。
『さあさあ先輩方、今日は兵器の大安売りよン! ――日本刀放棄! 剣放棄! 突撃槍放棄! 戦斧放棄! 両刃斧放棄!』
ミキコの機体が踊るように両腕部を広げて、次々と近接兵器を周囲へと落としてゆく。
『帰りは運ぶの手伝ってもらいますよ! ――タングステンシールド放棄! 欺瞞紙砲放棄! 欺瞞装置砲放棄! ジャミング発生装置放棄!』
『ハンドガン放棄! 狙撃銃放棄! 刺突剣放棄! 長槍放棄! 金槌放棄! ――あ~ん、金槌重すぎ。運んできたのは機体なのに肩こっちゃった』
七海のぼやきに、無線からわずかに寂しい笑いが漏れた。
その金槌のパイロットは、大槌を振るっていたアリサ・シュピーゲルだ。けれど、彼女はもういない。
おそらく、アンノウンがビルを薙ぎ払った際にぼくが見た、瓦礫の直撃を受けて数百メートル吹っ飛ばされた機体がチープデビルだったんだ。
光学迷彩のマントを纏っていたから、目視での機体識別ができなかった。
『タランテラから全機。一斉に取りに向かうな。まずは遠距離機から警戒しつつ後退、装備を回収して』
『了解!』
『あいよ!』
『ん』
ツキノさんの指示に、ミネルヴァ、ファランクス、そしてベルベットが同時にバーニアを噴かし、盾を構えながらのバックグライドでルルのいる最後列へと退避してゆく。
『近接各機は……』
一度声を詰まらせてから、ツキノさんが言い直す。
『イツキ、マサト。わたしたちはアンノウンの注意を引き付ける。……不甲斐ない先輩ばっかでごめん。せめてあんたたちは死なないで』
十八機の中規模編隊だった味方は、今やもうたったの7機だ――。
『……藤堂に偉そうなこと言ったけど、わたしも指揮失格ね……』
『それは違う! 死んじまった先輩方は、不甲斐なくなんかなかったぜ、ツキノさん。アリサ先輩がいなきゃ、おれたちゃもう全滅してたし、それに、この戦いで自分たちが強くなってるのがわかる。先輩たちの戦い方を後ろから見てたからだ』
レギンレイヴがエメラルドグリーンの軌跡を残して、グライド中に地面を蹴り、進行方向を急転換した。
その軌跡を貫いて、メタル色の右腕部が大地を抉る。土煙とともに大地震が巻き起こり、倒壊しかけていたビルが崩れ落ちた。
先輩たちがやっていた、強引な進行方向のずらし方だ。
レギンレイヴはバーニアをさらに噴かし、超高速でアンノウンの足下へと潜り込んで、ただの鉄塊と化した突撃槍を振り抜いた。
『おらァ!』
鉄を撃つ音が甲高く反響し、レギンレイヴが高速で離脱してゆく。
穂先の鋭さを消失してからは打撃兵器となっていた突撃槍が、ついに衝撃に耐えきれずに柄の部分から折れ曲がった。
レギンレイヴが乱暴に投げ捨てる。
『クソッ、突撃槍放棄だ!』
振り向き、自らの背後へと抜けたレギンレイヴへと飛び掛かろうとしたアンノウンの脚部可動部にタランテラの剣が突き刺さり、その動きを一瞬停止させた。
『……ありがと、マサト……』
ぼくは刃の割れた戦斧を、先ほどアリサ・シュピーゲルがぼくの突き刺したタングステンナイフでやって見せたように、突き刺さった剣の柄へと振り抜く。
「おお――っ!」
鋼鉄の音と火花が同時に散った。
戦斧の刃が粉々になって、大地に砕け落ちる。釘を打ったように剣はアンノウン脚部へとめり込み、巨体が膝をついた。
「それに、ぼくらは生きてる。ツキノさんの指揮があったから、まだこうして生きられてる。ドレッドノート級との戦いからだ。ツキノさんが、ぼくらを生かしてくれた。だから、ぼくらは死なないよ」
『イツキ……』
アリサ・シュピーゲルのチープデビルのように、貫通させて大ダメージを与えることはできない。それでも、数秒とはいえ時間は稼げたはずだ。
マサトが見せた動きも、ぼくが今やったことも、すべて先輩方から受け継いだものだ。
ルルがため息をついてから、優しい声で諭す。
『ツキノ先輩。兵器が届いたとはいえ、まだ戦闘は終わっていません。弱音なら後で吐いてください。何時間でもお付き合いしますし、いくらでもお聞きしますから』
『ルル……』
『あなたの指揮がなければ、皆戦えません。あなたは最も生き残らなければならない人であることをお忘れなく』
無線から何度も、ツキノさんの大きな深呼吸が聞こえてきた。
『そうね。アリサがやられたことで、少し弱気になってたわ。ヘコむのは後ね』
アンノウンが汚らしい黒煙を大量に噴出しながら、右脚部を貫いた剣をへし折って強引に立ち上がる。
『イツキ、離脱よ! やつの注意を惹き付けて!』
「はい!」
タランテラとネイキッドが、アンノウンに短機関銃とハンドガンを放ちながらバックグライドで距離を取る。
メタル色の全身に、次々と着弾の火花が散った。
「こっちを見ろっ、このデカブツッ!!」
むろん、ダメージを入れるのが目的じゃない。こんな威力のない攻撃では、アンノウンは怯みもしない。あくまでもやつの注意を惹き付けておくためだ。
もう最前線の三機に、近接兵器は残っていない。
やがて、タランテラの短機関銃の音が変化した。弾切れだ。
『短機関銃放棄! ――有田、直莉、リサ、装備換装はまだなのっ!?』
弾切れを起こした短機関銃をタランテラがその場に落とすと、すぐにミネルヴァのパイロット、湯沢直莉の叫び声が戻ってきた。
『ムチャ言わないでよ、天川! 持つだけの近接と違って、遠距離兵器は機体に合わせて調整しなきゃあたらないのよ!』
『わかってる! 残り秒数は!?』
大きな震動を引き起こしながらタランテラとネイキッドを追ってきたアンノウンを攪乱するため、ぼくとツキノさんは同時に反対方向へと機体を滑らせた。
『ミネルヴァ、インストール完了まで残り四十秒はかかるわ!』
『ファランクス、残り三十四秒だ! 耐えろよ、天川!』
『ベルベット、二十九秒。――ツキノ、イツキ、マサト、踏ん張る』
およそ三十秒。
たかだかその程度の時間が、この状況ではとてつもなく長い。もはや絶望的と言えてしまうほどに。
タランテラを狙って舵を切ったアンノウン頭部へと、レギンレイヴから対物狙撃銃の一撃が放たれる。
アンノウンが着弾の衝撃に揺れ、レギンレイヴへと赤のカメラアイを向けた。
続けざまに絞られた引き金は、しかし軽い音を返すだけで銃弾の発射はない。
『クソッタレ! 対物狙撃銃放棄だ!』
レギンレイヴへと走り出したアンノウンの足下へと、ハンドガンを放つ。そのぼくへとカノン砲を放ちながら、アンノウンがレギンレイヴへと向けて跳躍した。
「マサト!」
爆ぜる大地。ぼくはネイキッドをグライドさせて叫ぶ。
レギンレイヴがバックグライドからグライドへと切り替え、エメラルドグリーンの軌跡を残しながら身をひねり、機体を左右に振ってどうにかアンノウンの腕を逃れた。
まだ十秒も経っていない。
『っぶね! クソ! もうハンドガンっきゃねえぞ!』
「こっちもだ!」
『イツキッ!』
鋭いツキノさんからの警告に、ぼくは砲弾をタングステンシールドの表層を滑らせて逸らし、目を見張る。
巨体、迫る。
「――」
この場にいる全員が、息を呑む気配が無線から伝わってきた。
歯を食い縛る。
ギリギリまで惹き付けた上で、命をわける一秒が保てれば、早見士郎のように――できる! できる! できる! やってやるッ!!
「死んでたまるか……ッ」
身を低く、大地を揺らしながら迫るアンノウンと、超高速でグライドをするネイキッドが交差する。
けれどその直前、ぼくの視界に飛び込んできたものは、リバティ・ベルの四機だった。
まるでネイキッドを庇うかのように。
「な――っ」
赤のカメラアイが、ネイキッドからグレーの四機に向けられる。
馬鹿正直にハンドガンを撃ちながら、あまりに巨大なアンノウンに立ち向かおうとする、リバティ・ベルへと。
背筋に悪寒が走った。今のネイキッドには、それを阻止するだけの装備がない。バーニアをどれだけ噴かしても、間に合わないとわかっていた。
「ああぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!」
直前まで脳内でシミュレートしていた回避行動すら忘れ、ぼくはネイキッドを最高速でグライドさせる。
届かぬ距離で右腕部を伸ばし――。
メタルの一振りで薙ぎ払われる二機の機体。
不思議なことに、音が消えた。
ぼくの命を何度となく救ってきた命をわける一秒と呼ばれる現象は、この瞬間、とても残酷だった。
グレーの機体はその全身を直角に折り曲げられ、空中へと投げ出され、小爆発をしながら半分倒壊したビルの壁面にあたり、大爆発する。
心臓がぐにゅりと曲げられた気がした。
速く、もっと速く走れ、ネイキッドッ!
ネイキッドが残る二機の隙間を抜けてアンノウンに取り付いた瞬間、返すメタル色の右腕が、素早く動くネイキッドではなく、目の前でハンドガンを放ち続けていた二機へと叩き下ろされた。
一機は大地を蹴ってどうにか躱すが、もう一機はまともに降り下ろされた拳を受け、アスファルトを貫いた拳に圧し潰されて爆発した。
「トウコ……ッ!!」
ぼくは無意識に呟いていた。
リバティ・ベルの四機は、同じ色で見分けがつかない。けれど、何となく予感があった。
たった今、大地で叩き潰されたのが、彼女であると。
何かを叫んだような気もするし、絶句したような気もした。混乱しながら先ほどの予感を拒絶しようとした結果、この瞬間、ぼくの頭は状況がわからなくなった。
ただ、やるべきことはひとつ。アンノウンを破壊すること。
引き取る際に、ツキノさんに止められた兵器。キャスケットの大剣やチープデビルの大槌よりも大きな威力を有しながらも、その扱いづらさから誰もが敬遠していた兵器を起動する。
右腕部を振りかぶって突撃し、アンノウンの割れた装甲の隙間を狙い、右脚関節部へと右の拳を叩き込む。
不思議なことに、超伝導量子干渉素子による右腕への反動は何も感じなかった。
ネイキッドの右手を動かし、右脚内部のパイプのようなものをつかんで固定する。
グレーの機体を叩き潰したメタル色の拳が、ネイキッドの頭上に持ち上げられた。
無線から色々な人の叫び声が反響していたけれど、ぼくにはそれを聞き取ることができなかった。
ぼくにわかることはひとつだけ。こいつを破壊する。
自分の口から、小さな声が漏れた。
「…………杭打ち機起動…………」
直後、凄まじい反動がネイキッドを襲った。
右腕部から火薬で発射された鋼鉄の杭が、アンノウン右脚部の関節を貫通して大地へと突き刺さると同時に、ネイキッド右腕部の外部装甲が砕け、機体が反動で大地へと投げ出された。
バランスを失ったアンノウンが、右の膝を大地へと落とす。関節を完全に破壊したから、もう立ち上がることはないだろう。
あとはツキノさんたちに任せよう。
無線からは色んな声が聞こえているのに、どれも頭に入ってこない。音を言葉として認識できない。頭がどうにかなったみたいだ。
ぼくはネイキッドのカメラアイで、仰向けに倒れたまま空を見上げていた。
「……ああ……疲れた……」
ぼくは何をしたんだろう。
リバティ・ベルを助けようとして突撃したのか、それとも彼女らを犠牲にして、アンノウンに致命傷を与えたのか。
もう、わからない……。とにかく……疲れた……。
膝をついたアンノウンが、右掌の砲口をネイキッドへと向けている。砲口が輝いた瞬間、ぼくは瞳を閉じた。
ツキノさんやマサトは近接兵器を持っていない。リサたち遠距離機の兵器も、まだインストールは終わっていないだろう。
誰も、今のぼくを救えるものはいない。
でも、もういい。もう、こんな悲しい出来事を見るのは終わりにしたい。
そう思っていた――。
わずかな震動とともにアンノウンの背後から近づいてきたその黒の機体に、気づいているものは誰もいなかった。
バーニアを破壊され、頭部が欠け、左脚部を引きずりながら。
そいつはアンノウンの左脚部へと取り付くと、纏っていた光学迷彩のマントを自ら引き千切り、折れ曲がった両腕で持った大槌を大きく振り上げていた。
直後に響く轟音――。
アンノウンの左脚部装甲が割れて吹っ飛び、膝をついていた巨体が大きく仰け反った。ネイキッドに狙いを定めていたカノン砲弾が、空の彼方へと吹っ飛んで行く。
アンノウンの巨体が、背中から大地へと落ちた。
ぼくは、ゆっくりと目を開けた。
惨めに歪み、滲んだ視界に、先ほど数百メートルを吹っ飛ばされ、破壊されたはずのチープデビルが映る。
チープデビルはその一撃のみを入れた後、膝から崩れ落ちた。
『ベルベット、狙撃銃インストール完了。攻撃に移行する』
ぼんやりと、リサの声を聞いていた。
『――ショット』
空色のベルベットが遠くで狙撃銃を構え、アンノウン右腕部の砲口へと銃弾を放った。銃弾はまっすぐに飛び、砲口へと吸い込まれるように消えた。
直後、アンノウン右腕部が大爆発を引き起こし、その足下に倒れたままだったネイキッドとチープデビルが爆風でわずかに転がった。
四肢の駆動系すべてを失ったアンノウンに、もはや抵抗する方法はない。
『マサト! わたしたちも近接兵器を取りに行くわよ!』
『了解、ツキノさん!』
タランテラが黄金色の軌跡を残してバーニアを噴かすと、レギンレイヴがそれに続いた。
遠距離機が次々と兵器のインストールを完了させ、倒れて蠢くだけとなったアンノウンの頭部へと攻撃を開始している。
やがてアンノウンの頭部は破壊され、核が剥き出しとなった。ツキノさんが電磁波を帯びた警棒のようなもので、核を灼き切る。
ぼくは倒れたまま、一連の流れをじっと見つめていた。 ただただ、まるで遠い国で起こっている出来事であるかのように、彼らを眺めていた。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




