Apoptosis――自壊⑯
『なんなのよ、こいつ!』
タランテラの二振りの刃が空を斬る。いや、そもそもが刃の届く距離にまで近づくことさえ困難な状態だ。
巨大メタルとは思えぬ軽やかさで宙を舞い、その足下に装甲人型兵器がいなくとも足を止めることなく、常に動き続けている。
おかげで近接各機はもちろんのこと、光学迷彩を纏うチープデビルですらアンノウンを捉えることができず、後を追うばかりだ。
それは、軽量強化にバーニアによる機動力を増したはずのネイキッドであっても例外じゃない。
「追いつけない――ッ」
最高速度では勝っている。なのに。
間合いに入れず、ギザギザに砕けた剣を振り下ろすことすらできない。
最高速度のまま瓦礫を足場に跳び、バーニアを全開にしてアンノウンの背部へと突撃する。しかし刃を振り下ろす頃には、すでにメタル色の巨体はそこにない。
「くそ!」
運動性能、主に回避性能がまるで違う。
中空をグライドする装甲人型兵器と、大地に足をつけ、自由自在に方向を変えるアンノウンでは比べるべくもない。
『ちょろちょろと!』
『そっち回り込んで!』
二年生たちはグライド中に大地を蹴って追いすがろうとするが、それでもほとんどが徒労に終わっている。
こちら側でまともに当たっている攻撃といえば、ベルベット、ファランクス、ミネルヴァの遠距離三機の攻撃と、レギンレイヴの対物狙撃銃やタランテラの短機関銃といった射撃武器だけだ。
それも、残弾はもうない。
『ファランクス、残弾1%だ! つってももう吸着地雷っきゃねえぞ! さっきみてえに自滅覚悟でくっつけるっきゃねえのかぁ?』
『やめときなさい! いい加減にしないと死ぬわよ! ――ミネルヴァ、残弾3%を切ったわ! もうミサイルポットのみよ!』
『ベルベットから近接全機、残弾2%。ガトリングのみ。もう援護できないから、自力で回避して』
鋼鉄の肉体に乗っ取られているはずの肉の身体に、ざわりと鳥肌が立つ感覚がした。
無意識に唾液を呑み下す。
ベルベットの大火力は、敵を倒すためだけに放たれていたものじゃない。これまでに何度も、近接機を攻撃しようとするアンノウンの腕を吹っ飛ばしてきたし、その巨体のバランスを崩させては攻撃を封じてきた。ミサイルへの迎撃など数え切れない。
ぼくらは何度も、それに救われてきた。
だけど、リサは言った。もう援護できない、と。
これが何を意味するかは、サード・アームズなら思い知らされたはずだ。ぼくらは、綱渡りの最中に命綱を失った。
その命綱を前提として作戦を組んできたサード・アームズの死亡率は、何倍にも跳ね上がったことになる。
すぐ側で死を感じる。
『イツキ、熱くなんじゃねえぞ。おれももうフォローはできねえ。対物狙撃銃の残弾は三発だ』
「わかった」
グライドの方向を変えて、カノン砲を回避する。
だけど、どうする?
視界の中を、炎に包まれたアンノウンが走る。怒りを表すかのごとく排気ダクトから黒煙を噴き上げ、掌からカノン砲を撃ち出し、装甲人型兵器を追って。
「――うわッ!?」
すぐ近くにカノン砲が着弾し、ぼくは爆風に煽られながら炎と黒煙を突き破り、ハンドガンで撃ち返しながらネイキッドをグライドさせる。
足を止めたら終わりだ。心臓が痛いくらいに高鳴っている。
『イツキ!』
「大丈夫だ!」
炎を突き破り、砂煙の中から奇襲を仕掛けたところで、アンノウンを捉えることはできない。機体の武器はもうほとんど使い物にならず、遠距離機の弾薬も尽きかけている。
ごくり、と喉が鳴る音がした。それが無線から聞こえてきたものではなく、自分のものだと気づくまでに数秒を要した。
どうにかならないのかよ――!
『キャンディフロスより全機。アンノウン解析完了しました』
ゴッ、と音がして、アンノウンに蹴り飛ばされた近接機が部品を撒き散らしながら砕けた大地を転がり、ネイキッドを掠めて吹っ飛んで大爆発を引き起こす。
爆炎と黒煙、そして砂煙が周囲に広がった。
『里峰! くそ、くそくそくそァァァッ!!』
吸着地雷を持って突撃しようとするファランクスの正面へと、遠距離機のミネルヴァが回り込んで阻止する。
『やめろっつってんの、バカ有田! 吸着地雷なんて無駄死によ!』
『うるせえ!』
なおもバーニアを噴かすファランクスへと、ルルがキャンディフロスで回り込み、警告を飛ばした。
『うまく設置できたところで、生命と吸着地雷の無駄です。有田先輩』
『なんだと!? 一年が生意気言ってんじゃねえ!』
『そこ、三機固まるな! 狙い撃ちにされ――ッ』
ツキノさんから警告が飛んだ直後、アンノウンからファランクス、ミネルヴァ、キャンディフロスへと向けて二発のカノン砲が放たれる。
『イージス展開』
一瞬早く飛び込んだベルベットが左腕に収納されたイージスを展開して、オレンジ色に輝くカノン砲を上空へと逸らした。
わずかに遅れて、三機がその場で散開する。
『ありがとうございます、リサさん!』
『ん。それよりルル、解析結果』
『はい!』
ツキノさんのタランテラがアンノウンの鼻先へと躍り出て注意を逸らし、短機関銃を放ちながらアンノウンの追走から逃れてゆく。
火花を散らして全弾着弾するも、その程度の火力では装甲を破ることすらできない。
ぼくはフォローのためにアンノウンへと近づき、その脚部を狙ってハンドガンを撃つ。しかし単発式の豆鉄砲では火花を散らすだけで、やつは意にも介さない。
「クソ……!」
『キャンディフロスより全機。少しの間、無線を占有させてください』
『指揮機タランテラ了解! 成宮ルルを除く全員の声をカットする!』
ついさっきまで怒号や悲鳴、様々な言葉が飛び交っていた無線が、水を打ったように静まり返る。
『まず、知っておいてもらいたいのは、わたしたちは決してアンノウンに劣ってはいません。その証拠に、アンノウンにはもう余力はありません。溶鉱炉を破棄した時点で驚異的な修復能力はおろか、通常メタル程度の修復能力もないものと推測されます』
ぼくはタランテラを追うアンノウンと並走し、ギザギザになった剣をアンノウン脚部関節の隙間へと突き出した。
「どうだ……!」
鉄を引っ掻く音と手応えの後、剣の刃は関節部に圧し潰されてすぐに砕けたけれど、ほんの一瞬だけアンノウンの巨体がつんのめる。
その間にタランテラは距離を取り、背中越しにネイキッドへと向けて親指を立てた。
ぼくらは一気に離脱する。
『現に再起動後、わたしたちが破壊した箇所の修復は行われていません。だからこそアンノウンは脱皮の際、破壊されにくい両方の掌にカノン砲の砲門を造ったのだと思われます』
射出されたカノン砲をタングステンシールドで弾き上げ、レギンレイヴがアンノウンの真正面からバーニアを全開にして、高速グライドで迫る。
「バカ野郎! マサト! なにやってんだッ!? くそ、無線が――ッ!」
『現在、アンノウン砲門で生きているものは両手のカノン砲のみ。砲弾数は不明ですが、他の射出口が修復されないため、誘導ミサイルや機関砲などはないものと考えていただいて結構です』
レギンレイヴは先端の丸まった突撃槍を両手でつかんでめいっぱいまで引き、エメラルドグリーンの機体を左右に揺らしてカノン砲を回避、伸ばされたメタル色の両腕部を、機体を三百六十度回転させて躱し、足下に潜り込むと同時に、すれ違い様にバットを振るように突撃槍を振り抜く。
『それと、全体スキャンでは検出不能でしたが、各部位に分けてのスキャニングの結果、核の位置が判明しました。両腕、両脚、胴体部には存在せず、頭部のみがスキャン不能であることから、おそらく頭部に存在するものと思われます』
凄まじい量の火花と、耳を覆いたくなるような金属音が音波となって周囲に響く。ただでさえ目を疑うような操縦なのに、狙った箇所は寸分の狂いもなく、ぼくが先ほど剣を突き立てた脚部間接だ。
マサトのやつ、いつの間にあんな操縦技術を……!
しかし片方の脚部をスパークさせながらも、アンノウンは走り続ける。足下をグライドする装甲人型兵器へとカノン砲を放ち、メタル色の腕部を振り上げながら。
『ですが、カメラアイを狙ったレギンレイヴの対物狙撃銃が弾かれたことからもわかる通り、現在ある戦力で遠距離射撃による部位破壊を狙うのはすでに不可能です。また、生半な近接攻撃では頭部装甲を破壊することも困難かと予想されます』
マサトに習って、次々と近接機が正面からアンノウン脚部へと潜り込んでゆく。下手に背後から攻撃を仕掛けるよりも、向こうからもこちらを捕捉される分、アンノウンを捉えやすく、背後へと抜けるために離脱もしやすい。
だけど、パイロットの回避技術や機体の旋回性能が足りなければ――。
突撃隊列の最後尾、メタル色の腕部に掠められた機体が転がりながらアンノウンの足下へと倒れ込み、立ち上がろうとした瞬間に踏み砕かれて爆発する。
――味方機、残り十一機。
視界の隅で、赤文字が点滅した。
無意識に噛みしめた歯が、ギシリと鳴った。
ネイキッドを旋回させ、ぼくは最大にまでバーニアを噴かしてアンノウンの足下へと潜り込み、大破した機体の持っていた戦斧をかっ攫って離脱する。
骸と化した名も知らぬ先輩に、ぼくは呟いた。
「……借ります!」
追いすがるように放たれたカノン砲が、左右の地面を爆ぜさせる。視界前方が着弾の爆発で真っ黒に覆われた。
「く――ッ」
なおも放たれたカノン砲を、バックグライドに切り替えてタングステンシールドの表層を滑らせるように上空へと弾く。
左腕が痺れ、バランスを崩したネイキッドへとさらなる追撃の砲弾が襲い掛かる。
「~~ッ!」
左腕を失う覚悟を決めてタングステンシールドをもう一度構えた瞬間、ぼくをフォローするように大盾のファランクスが割り込み、残りの砲弾を二枚の大盾で防いでくれた。
轟音を響かせ、カノン砲が大盾へとめり込む。
この人、有田とか言ったか。口は悪いけどかなりの凄腕だ。天才肌のツキノさんやアリサ・シュピーゲルとは毛色が違うけど、堅実な動きをするベテランパイロットって感じがする。
遠距離機なのに、弾薬を失ってもうまく全体をフォローしてまわっている。
ぼくがネイキッドの右腕部で礼をしても、ファランクスは何の反応も示さず、他機をフォローするためにグライドで行ってしまった。
まるで頑固職人だ。
『近接各機は先ほどまでと同様、どうにかしてアンノウン脚部を破壊してください。とどめはチープデビルの大槌で行いましょう。――タランテラ、無線を戻してください』
直後、無線から様々な声が聞こえてきた。
『ムチャ言うなよ、分析支援の嬢ちゃんよ! 近接組はさっきから何度もそいつをやろうとしてんだよッ!!』
『でも、核の位置がわかったのはオテガラですネ。頭部破壊はチョト難しそうデスが、転ばせてくれれば、チープちゃんでヤレマスよ』
『だからその転ばせるって前提がもう無理なんだってば!』
『へへ、良い情報じゃねえか! 修復不能なら、いずれは倒せるはずだ! 誘導弾が来ねえならカノン砲を避けるくれえの技術はあんだろ!』
ツキノさんがタランテラで鋭角的な動きをしながら、降り注ぐメタル色の拳を躱して叫んだ。
『――ッ! タランテラより全機! みんな喜べ! 無線圏内に装甲人型兵器を四機確認した! お待ちかねのエンジェル・ラ――』
突き刺さった拳がアスファルトを破壊し、土煙を上げて大地を揺るがす。言葉を途中で切ったタランテラが、濛々と立ち籠める土煙からバーニア全開で離脱する。
『へ? 違――っ!?』
「ツキノさん!」
離脱を助けるため、ぼくはネイキッドを走らせてアンノウンの踵へと戦斧を叩き付ける。
金属同士のぶつかり合う轟音が響いた。
「……てえッ!」
戦斧の刃がヒビ割れ、両腕がびりびりと痺れた。アンノウンのカメラアイがネイキッドへと向けられた瞬間、残り少ない弾薬を使用した遠距離機ミネルヴァの砲撃に紛れ、アンノウン直下から離脱する。
「ありがとうございます! えっと……!」
『直莉、湯沢直莉よ! 高桜一樹くん。なんで名前知ってるかなんてマヌケなこと訊かないでよ? あんた、一年でイッチバン、バカで有名だから』
「……どもです、直莉さん……」
『ヘコむなよ。冗談だから』
それにしても、硬い。
戦斧も重量級の武器なのに、やはり装甲の継ぎ目を狙わない限り、チープデビルの大槌やキャスケットの大剣のように装甲を叩き割ることはできそうにない。
ツキノさんが途中で切った言葉を、アリサ・シュピーゲルが続けた。
『あらら、エンジェル・ラダーではアリマセンね。……んと、リバティ・ベル?』
「――っ!?」
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




