Apoptosis――自壊⑮
再……起動……。
ぼくは無意識に唾液を呑む。
舌打ちが聞こえた直後、ツキノさんから指示が飛んだ。
『全機、シールドを構えつつバックグライドで後退! 一旦距離を取る!』
近接全機が一斉にバーニアを噴かした。
十二機の装甲人型兵器がアンノウンを中心に、放射状に後退して行く。
ぼくもネイキッドをバックステップで下がらせながら、着地直前に両脚部を高く振り上げてバーニアを噴かし、高速で後退する。
だがその直後、倒れたままのアンノウンの装甲の隙間から、オレンジ色の火の玉が飛び出した。
命をわける一秒の中にあってすら、凄まじい勢いで風切り音が迫る――!
「くッ!?」
ほとんど反射的に持ち上げたタングステンシールドが炸裂音とともに弾き上げられ、ネイキッドが炎に包まれた。
鋼鉄の左腕部から肉の左腕へと、激痛が駆け上がる。
「く……ァ!」
『イツキ!』
「だ、大丈夫だ、マサト!」
半壊したタングステンシールドをその場に落とし、ぼくは機体を左右に揺らしながら一気に距離を取った。
左腕は痺れているけれど、折れてはいない。すぐに動くだろう。
遠距離機に近づいた瞬間、ネイキッドとアンノウンの間に入り込むように、リサのベルベットが装甲人型兵器にしては大きめの機体を滑り込ませた。
『イージス展開』
空色の腕部から、光の膜のようなものが出現する。
人類が誇る最高峰の科学技術でできた、もっとも堅固な盾だ。
その防御力は、軽量でありながらもメタルのミサイルを問題なく溶かし、防ぐ。
「ありがとう、リサ」
『ん。イツキは、もう少し盾の使い方を学ぶべき。まともに受けてはだめ。斜めで受けて衝撃を流す。わかる?』
心配だったのか、少し怒ったような口調だ。
「う、うん。次から気をつけるよ」
『ん!』
ネイキッドはベルベットに守られながら、バックグライドでさらにアンノウンから距離を取る。陣形の最後列、唯一残った分析支援機であるキャンディフロスの位置にまで。
ようやくバーニアを止めたぼくらの側に、盾を構えたままの黄金色のタランテラが脚部を付けた。
サード・アームズのチーム内無線に、ツキノさんの声が割り込む。
『タランテラよりキャンディフロス。二年が分析支援機を失ったため、無線を全体で共有したい。あんた自身の安全確保と、残る十一機の支援はできる?』
たった一機で十一機の支援!? いくらルルが優秀でも、無理がある!
「ツキノさん、いくらなんでも――」
『わかってるッ! でも、やってもらう以外にないの!」
強い口調で遮られ、ぼくは口を閉ざした。
分析支援がいるのといないのとでは、生存率がまるで違う。それはドレッドノート級との戦いで、サード・アームズが一番わかっていることだ。
でも……。
ルルは何もこたえない。
『……』
薄桃色のキャンディフロスは、つい数秒前まで自らの隣に立っていたはずの装甲人型兵器の破片を、呆然と眺めていた。
黒煙と炎の中、人体は消し飛び、もはや焦げた機械しか残されていない。
数百メートル先では、アンノウンが不気味に、自らの装甲を地面に破棄し始めていた。その間もこちらからの銃撃は続けているけれど、破棄された装甲がそれを邪魔している。
リサが呻くように言った。
『弾薬の無駄……もう残り少ない』
やがて銃撃が止む。
一方でアンノウンはぼくらを牽制するように、定期的にカノン砲をこちらに放ちながら、自らの装甲を次々と棄てていく。
砲身も、腕部も、脚部も、頭部ですらも、そして、おそらく小型溶鉱炉と思しき箱形の、高熱を放つメタル色の部品さえも。
――自壊か?
行動の真意はわからないけれど、まだ生きていることだけは確かだ。それに、機械であるメタルが意味のないことをすることはない。そんなことを好んでするのは、人間のような知性を持つ生き物だけだ。
唯一生き残った分析支援機であるキャンディフロスへと、散った機体が次々と合流してゆく。
キャンディフロスへと放たれたカノン砲を、タングステンシールドの表層を滑らせることでその軌道を逸らし、ツキノさんが苛立った声を出した。
『盾を構えろ成宮ルル! しっかりしな! この戦場に残ってる命が生きるも死ぬも、もうあんた次第なのよ! ――できるの!? できないの!?』
『……ッ……や、やります!』
『よし。それでこそ、あたしの後輩。結果は問わない。あんたの判断なら全滅してもいい。もしダメでも、誰もルルを恨んだりしない。だから、持てる力を限界まで絞り出して、精一杯やろう』
絞り出すような声で、ツキノさんが続けた。
『――あたしたちが人類の最終防衛ラインだから』
カノン砲の砲撃音と、二年生の機体が盾の表層で弾丸を逸らす音が響く中、無線からルルの、震えるような深呼吸が聞こえた。
何度も、何度も。そしてまた、大きく息を吸う。
『成宮ルル、了解しました』
やがて響く、落ち着いた声。いつもと同じで、ぼくらを支援し、勇気づけてくれる彼女の声だ。
キャンディフロスが後方に散らばっている分析支援機の残骸からタングステンシールドだけを拾い上げ、ネイキッドへと差し出す。
『イツキさん、使ってください。死者から剥ぎ取るのは抵抗があるかもしれませんが、今は利用できるものはすべて利用しましょう』
「うん。そうさせてもらう」
ぼくはそれを受け取り、ネイキッドの左腕部に装着する。
『サード・アームズ、無線を切り替えます』
『ん。ルル、頑張る』
『あいよ。あんま緊張すんなよ。上級生に指示するなんざ、そうあるチャンスじゃねえ』
「了解。頼りにしてるよ、ルル」
『はいっ、精一杯やらせていただきます』
直後、サード・アームズの無線が解散され、戦場の十二機が繋がった。
だが、荒い呼吸や咳き込む音、喉を鳴らす音は聞こえても、予想に反して誰も言葉を発する人物はいない。
恐怖にすすり泣く女子もいる。
異様な緊張感に支配された空間の中、アンノウンはさらにカノン砲を放ちながらも、重い音をたてて白煙とともに装甲を落としていく。
今集中砲火を仕掛けるのは簡単だ。だけど、自ら破棄する装甲に攻撃を加えたところで、意味があるとは思えない。
それどころか――。
『分析支援機キャンディフロスより遠距離全機。残弾数をパーセンテージで報告してください』
『遠距離機ファランクス、残弾19%だ。余ってる機体から補充したいところだが……』
『遠距離機ミネルヴァ、……ごめん、こっちも残弾17%しかないわ』
『遠距離機ベルベット、残弾11%』
絶句する他ない。
六機いたはずの遠距離機は半数に減らされ、残弾に至っては全機二割以下。特性として弾薬を大量に積載する遠距離機は、被弾と同時に大爆発を引き起こす。そのため、残骸から装備を入手することもほとんど不可能だ。
近接機の兵器であっても、タランテラからしてすでに剣が三振りのみ。分けてもらったネイキッドの剣の刃は、すでにノコギリ状態となっている。
折れていないだけでも奇跡。もう装甲を剥がすことはできそうにない。
その他の機体も、似たり寄ったりだ。
マサトのレギンレイヴも突撃槍の穂先は丸まり、もはや単なる棍棒と化している。
最初から殴りつけ、圧し潰すことだけを目的に作られたチープデビルの大槌は問題なさそうだけど、大半の機体に搭載されている兵器は、そういったコンセプトでの作りではない。
ツキノさんが声を絞り出すように、悔しそうに呟いた。
『残骸処理の機体を離しすぎたのが裏目に出たわね。無線も通じないわ』
装甲人型兵器の無線は、それほど有効距離は長くない。複数の戦場に分かれた場合、周波数以外でも混線を避けるためだ。
精々半径一キロといったところか。
「ツキノさん、エンジェル・ラダーのメンバーは?」
『まだよ。それに、援軍は作戦の計算に入れない方がいい。来ると信じ込んでいたら、不測の事態に対処できなくなる』
八方ふさがりだ。
誰かが静かに呟く。
『ね、ねえ、天川。補充グループとアタックグループの二手に分けるべきじゃない? まともな装備もなくもう一戦するのは……』
『だめだ。それじゃ戦力が分散されて、アタックグループがもたねえよ』
最前列でカノン砲を逸らし続けていた機体が、足下をよろけさせながら振り返った。
『どうでもいいから早く決めて! もうタングステンシールドが砕けそうよ!』
大盾を二枚構えた遠距離機ファランクスが、彼女の機体を押し退けて前に出る。
『おまえは下がれ、おれが前に立って防ぐ!』
『……待て、有田! アンノウンが動いたッ!! 動いたぞッ!!』
『天川ッ! 早く決めてくれ!』
体積を半分以下にしたアンノウンが、それでも装甲人型兵器の三倍はあろうかという巨体を持ち上げた。
上体を起こし、ビルを腕部でつかんで、ゆっくりと膝を立てる。
すべての贅肉を削ぎ落とし、先ほどまでよりもずっと細く、しなやかにも見えるメタル色の新たな肉体で。
何人もの犠牲を出し、大量の物資を消費しながら、ぼくらが命懸けで削った装甲は、アンノウンにとってはただの重い鎧に過ぎなかった。
「く……そ……ッ」
両腕部に巨大な大盾を装着している二年生遠距離機ファランクスが、左腕部の大盾でカノン砲を防ぎながら、狙撃銃を構えた。
『撃つのか!? 逃げんのか!? どっちだ、天川ッ!』
『おい、天川!』
メタルが――先ほどよりも痩身となった銀色の鋼鉄が、ゆっくりと立った。鉛色の排煙を全身から噴出し、カメラアイをこちらに向け、膝を曲げる。
もはや無線はパニック状態で、指揮官であるツキノさんの名を連呼している。
『天川ァァ!』
『ああもう! ぎゃーぎゃーうっさいッ!!』
ツキノさんの絶叫が響く。
『――決まってんでしょ、バラけて戦力下げて不本意にくたばるくらいなら、全機で迎え撃つ! 分析支援機、遠距離機は距離を取れ! 近接各機は散開! 迎撃開始!』
メタルが大地を蹴った。
先ほどまでと何ら変わらぬ速度で、いや、先ほどまでよりもさらに速く、まるで重量などないかのように装甲人型兵器十二機へと走って迫る。
同時にキャンディフロスが後退し、大盾二枚という特徴的な機体ファランクスを除く遠距離機二機、そして近接全機が左右に散った。
『にゃははっ、タランテラから全機! ――あんたら、骨と装備は拾ってやるから、あいつぶっ壊してここで死ね!』
全員が息を呑む。
しかし直後、自分に意識を向けさせることで緊張を解すというツキノさんの意図を理解したのか、二年生たちの軽口が無線から溢れ出した。
『ギャハハハ、おまえが死ね! この変態イカレ女!』
『はぁ~ん、アタックグループなんかに選ばれたのが運の尽きだわ……』
『それを言うなら、天川と同い年に生まれたことじゃね?』
『でも一年のサード・アームズとかいうのも付き合わされてるぜ』
ぼくらのことだ。
先頭の装甲人型兵器がアンノウンと交差する。股の間を抜けたタランテラにカメラアイを向けたアンノウン背部へと、遠距離機からの援護射撃が次々と着弾し、炎と黒煙を上げた。
『うふふ、お気の毒デス。ワタシは助けられマシタけど』
『お気の毒とか、おまえが言うな。シュピーゲルは天川と同類でしょうが』
『OH、心外デス……ヘコみまぁす……』
何だこの会話。ぼくらから見れば、この状況でそんな会話が流れる二年生全員、かなりおかしい。
アンノウンの砲撃を躱してハンドガンを撃ちながらも、気づけばぼくは少し笑っていた。
『ほら、あんたもいい加減泣き止みなよ』
『うぅ……もう嫌、嫌だ、嫌ぁ、帰りたい、帰りたい、帰りたい! ……帰る、帰る、帰る帰る帰る帰るッこいつぶッ殺して絶対帰ってやるッ!! 殺す殺す殺す殺す殺すッ、キャハハハハハハ!』
『……それやめれ。病んでるみたいで怖いって……』
その場にたった一機で残り、狙撃銃を撃ち続けていたファランクスへと、アンノウンが右腕部を低く薙ぎ払った。
『――ぎッ!?』
甲高い金属音が響き、両腕部の大盾二枚を並べて受け止めたファランクスが、数十メートルもの高度へと浮き上がり、凄まじい勢いで後方へと吹っ飛んでゆく。
『有田ッ! あんた、女残してくたばってんじゃないわよ! ついさっき両想いになったばっかりでしょうがッ! 性欲で生きろこのバァカ! 下半身で考えろ!』
しかしファランクスは空中で回転しながらバーニアを噴かし、廃ビルの壁を蹴って大地へと降りた。
巨大で無骨な大盾を振り回し、ファランクスのパイロットが無線で吠えた。
『うっせえ! まだ死んでねえわ、ボケ川! 大盾ファランクスの防御力を舐めんなよ!』
ファランクスが左手の人差し指をアンノウンに向けた直後、ファランクスを吹っ飛ばしたアンノウンの右腕部が、突如閃光とともに爆発した。
全高二十メートルにまで縮んだアンノウンの巨体が左右に揺れた。
な――っ!?
マサトが口笛を吹いて叫ぶ。
『接触の瞬間に吸着地雷を仕掛けたのか! けど無茶だぜ、有田先輩! そんなやり方じゃ機体がもたねえ!』
『黙ってろ、一年坊主! こちとら、おめえらのチャラチャラした宝石色の機体とは年季が違えんだよ! なんだそのエメラルドみてえな機体はよ!』
『へへ、綺麗っしょ』
『おう! 悪かねえッ!』
通信にルルの声が割り込む。
『レギンレイヴ、ロックされ――いえ、カノン砲です!』
アンノウンはまるで何事もなかったかのように、吸着地雷により拉げた右腕部を持ち上げると、その掌をレギンレイヴへと向けた。
迎撃はできない。
『くそ!』
「避けろ、マサト!」
中距離をグライドしているネイキッドでは、今から追っても間に合わない。
レギンレイヴがタングステンシールドをもたげて、両脚部を大地で固定した。
アンノウンの掌が、閃光を発する――!
マサトのレギンレイヴへと放たれたカノン砲を、しかし着弾の寸前、ファランクスが大盾で正面から受け止めて弾いた。
炸裂する炎に包まれる中、ファランクスの両脚部が勢いよく大地を掻いて後退してゆく。
『オラァ、撃ち返せ一年坊主!』
『坊主じゃねえ! 多岐将人っすよ!』
『いったれマサトォ!』
滑りながら後退してきたファランクスの肩に砲身を固定し、レギンレイヴが対物狙撃銃を撃ち返した。
正確無比な狙撃で頭部カメラアイへと飛来するも、火花と着弾音だけを残し、弾かれる。
『くそ、進化しやがったか。対物狙撃銃でも破壊できねえのかよ』
『ん。さっきの頭部集中砲火が仇になった。カメラアイはもう、ベルベットですら狙っても無駄。ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック――ショット』
アンノウン直下に潜り込もうと試みるタランテラを狙い、振り下ろされたメタル色の左腕部を、ベルベットの多連装ロケット砲が弾き上げる。
『多連装ロケット砲放棄。…………残弾、7%』
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




