Apoptosis――自壊⑭
『近接全機退避ィィーーーーーーーーーーーーーッ!!』
ツキノさんの大声に、近接機が一斉にアンノウンから距離を取るべく、バーニアを噴かす。
超重量の鋼鉄を悲鳴のように軋ませながら、巨大な影が割れた大地に広がってゆく。
「――ッ」
ぼくはとっさにネイキッドのバーニアを最大まで噴かした。後退してゆく他の装甲人型兵器をジグザグに疾走させて躱し、さらに速度を上げる。
「おおおおおぉぉぉーーーーーーーーッ!!」
二機。たった二機だけが、流れに逆らって。
黄金色のタランテラと、ぼくのネイキッドだけが退避の流れに逆らって、崩れ落ちてくるアンノウンの足下へと潜り込む。
『イツ――ッ!?』
ツキノさんの驚愕の声は、途中で途切れた。
ぼくもツキノさんも、そんなことに集中力を乱していられる状況ではない。
天より落ちるメタル色の空に呑まれ、上下の視界が狭まってゆく。ぼくらの視界の先にあるのは、速力に劣るチープデビルだ。
アリサ・シュピーゲルを、こんなところで失うわけにはいかない!
『アリサ!』
ツキノさんが叫ぶ。
アリサ・シュピーゲルのとっさの判断だろうか。
黒のチープデビルがぼくらの対面で、地面と水平になるまで両脚を振り上げ、ぼくらを迎え入れるように両腕部を大きく広げると同時に、背中のバーニアを限界まで噴かした。
バックグライド!
空から迫り来るアンノウンの巨体の下、ネイキッドとタランテラは限界まで前傾姿勢を取り、チープデビルとのすれ違い様にその腕部を掴む。
ネイキッドは右腕部を、タランテラは左腕部を。
三つのバーニアが混ざり、水平に火柱を上げた。
ぼくらは加速する。
間に――合えッ!
機体同士のぶつかり合う轟音と同時に、ぼくらはチープデビルを引きずるようにしてアンノウン直下から飛び出した。
鋼鉄の肉体だというのに、毛穴が一瞬にして開いたのがわかった。
助かっ――。
直後、それまで立っていた場所を突然失ってしまったかのように、大地が上下した。アンノウンの巨体が、大地に落ちたんだ。
『きゃあああああぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?」
「う、わああああぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?」
ネイキッドはもちろん、タランテラやチープデビルですらグライドを保てない。
背後から襲い掛かる凄まじい衝撃と土砂、吹っ飛ぶ瓦礫にいくつも背部を打たれ、ぼくら三機は勢いよくアスファルトの上を何度も転がって、火花を散らしながら大地を滑ってゆく。
あまりの衝撃にカメラアイが暗転し、ありとあらゆる警告が視界の隅に浮かび上がった。
瓦礫に背部を打ち付けて止まった瞬間、脳が思い出したかのように激痛をぼくの全身に伝えてきた。
「痛……つ……ッ!」
だけど数秒後。
復活したカメラアイの視界には、すでに膝を立てているタランテラと、その足下で動きだそうとしているチープデビルの姿があった。
濛々と立ち籠める黒煙と土煙。嗅覚はなくとも、灼けた鉄の臭いが漂ってくるようだ。
だけど無事だ……。
胸を撫で下ろした瞬間、ツキノさんの指示が飛ぶ。
『遠距離各機はカメラアイのある頭部に集中砲火! 一秒たりとも銃弾を絶やすな! 近接各機はこの機を逃さずやつを解体にかかれッ! ――全機、総攻撃ッ!!』
遠距離各機といっても、すでに残りは五機だ。
それもルルを含む分析支援機二機を合わせた数であって、実際に火力となるのはリサのベルベットと残り二機くらいか。
近接機は、ぼくとツキノさん、そしてアリサ・シュピーゲルを除いて八機。もはやお世辞にも充実した戦力とは言い難い。
それらが一斉に攻撃行動へと移行する。
直通無線で、ツキノさんの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『イツキ、立てるわね?』
視界の隅の警告は、すべて消えている。衝撃で一時的に点灯しただけのようだ。
関節部、バーニア、搭載兵器ともに異常なし。
装甲は少しヘコんだり削れたりしてしまったようだが、機動性や戦闘力を失うようなほどでもない。
確認を終えたぼくは、胸を撫で下ろした。
こんなところで装甲人型兵器を失っては、もはや話にもならない。
「問題ありません」
『そう』
自分が命令無視の常習犯であることは自覚していたため、ぼくはため息をついた。
またお叱りを受けそうだ。今度はホールのケーキで済むかどうか。
ネイキッドの強化に報酬金を使い切っているから、正直もう懐に余裕はない。
「退避命令無視の件なら、帰ってからにしてくださいよ」
『……いい。ありがと。今回はあたしも無茶だった。タランテラの推進力だけだと、正直微妙なタイミングだったわ。アリサもあんたに礼を言ってる。今はまだ無線は繋がないけど、無事に帰還できたら時間作ってあげて』
意外な言葉に、返答が遅れてしまった。
ツキノさんが少しだけ笑って、まるで耳元で囁くように言った。
『イツキ。いい判断だった。あんたほんと、強くなったね』
「あ……」
直通無線が途切れた。
タランテラがバーニアを噴かし、黄金色の軌跡を残してアンノウンへとグライドする。少し遅れてチープデビルがネイキッドに親指を立て、大槌を肩に担いで光学迷彩のマントをなびかせながらタランテラを追走し始めた。
ぼくはネイキッドの膝を立て、機体の調子を確かめながらゆっくりと立ち上がる。
やれる。
ぼくはネイキッドで前傾姿勢を取って、バーニアを噴かした。
ひっきりなしに飛んでくる銃弾をタングステンシールドで防ぎながら、仰向けに倒れたアンノウン脚部を大きく回り込み、膝の関節部へと剣を振り下ろす。
火花と同時に、銀色の装甲が割れて剥がれた。
「よし!」
ネイキッドとすれ違うように、レギンレイヴが突撃槍でアンノウンの砲身を叩き潰す。
『よし、じゃねーよ、イツキ! てめえまた無茶しやがってコノヤロウ!』
「結果オーライって思ってよ、マサト。アリサ先輩がいなきゃ、ぼくらはもう全滅してたって不思議じゃなかった。死なせるわけにはいかないよ」
『結果論で語らないでください。わたし、もう怒る気にもなれません』
ルルが通信に割り込んできたとたんに、マサトが茶化すように言い放った。
『おいおい。声が笑ってんぞ、ルル。そういうところがイイんだろ?』
『う、ううううるさいですよ、マサトさん! ――ベルベット、ロックされました! 発射まで四秒、着弾は十三秒後です!』
ベルベットが狙撃銃でアンノウンのミサイルを迎撃する。破片と炎をグライドで回避しながら、珍しくリサがため息混じりに呟いた。
『狙撃銃放棄。――んー……でも、イツキだからしかたない。いつものこと?』
「いや、ぼくとしては、そういう言い方が一番傷つくんですが」
『ん。少しは反省するといい』
「はい……」
チーム内無線に笑い声が漏れた。
ベルベットが背中から巨大なガトリング砲を取り外し、両手でぶら下げるように構えて放ち始めた。
秒間約六十発もの鉛弾がオレンジ色の閃光となって、次々とアンノウンの装甲をねじ曲げ、へし折り、剥がしてゆく。
その間も多連装ロケット砲は放たれ続け、全弾カメラアイのある頭部に炸裂している。
薄桃色の軌跡を残して、キャンディフロスがグライドで鉛弾を避ける。
『キャンディフロスよりチーム内全機! アンノウンの修復が止まりました!』
巨大なメタル色の装甲の下、メカの塊を突撃槍で破壊して、レギンレイヴがバックグライドで距離を取った。
『へっ、修復材料の限界か! もしくは内部の溶鉱炉的なもんがぶっ壊れたか! いずれにせよ、ざまあみやが――れっ!?』
「マサト!」
レギンレイヴを追ったアームを剣で叩き落とし、ぼくはアームの付け根へと剣先を突き刺した。
小爆発が起こり、ぼくは剣を引き抜いてバックステップを切り、着地と同時にバックグライドへと切り替える。
アンノウン腰部の砲身がこちらに向けられる。
「う、わあああ!?」
砲身から距離を取るネイキッドまで、一直線に鉛弾で地面が爆ぜてゆく。
直撃コース!
それも下から上へと撫で上げるように撃たれては、タングステンシールドの面積では防げない。
避け――。
命をわける一秒が始まる直前だっただろうか。
ネイキッドを捕捉していたアンノウン腰部の砲身が、めり込んだ大槌の一撃によって装甲ごと空高く舞い上がった。
凄まじい轟音が、戦場に反響する――!
「チープデビル!」
またしてもアリサ・シュピーゲルはぼくに向けて機体の親指を立て、マントをなびかせながら硝煙の中へと姿をくらませた。
『っぶね! 助かったぜ、イツキ!』
「うん、ぼくもチープデビルに助けられたな」
斬り、叩き、撃つ。
先ほどまでの苦戦が嘘のように、次々と巨大な装甲が剥がれ落ち、大地を激しく震動させている。
もはやアンノウンと呼ばれたメタルには、装甲人型兵器を狙える生きた砲身すら見当たらない。
腕部や脚部の関節部はもちろんのこと、頭部のカメラアイすら修復できていない。
『キャンディフロスよりチーム内全機。アンノウンに装填音、起動音なし。沈黙しました』
『まだよ! 行け行け行け行っけぇぇーーーーーーーーー! 核を破壊するまで手を休めるな!』
近接全機がアンノウンへと取り付いて、装甲を剥がしにかかる。刃を突き入れ、梃子の原理で強引に引き剥がし、大槌で叩き割って、銃弾で穿つ。
二十を超える装甲を剥がしてなお、核はまだ見えない。
分析によると、腹部中央に存在しているはずなのだが。
だけど、これなら核破壊も時間の問題だ。
誰もがそう思った瞬間だった。
剥がした装甲の下から、たった一発。炸薬入りの榴弾が飛び出したのは。
そいつは風を切りながら並み居る近接機の隙間を抜け、装甲人型兵器の最後列に位置する場に立つ、分析支援機二機へと向けて――。
「ル――ッ!」
『~~ッ!?』
キャンディフロスの隣に立っていた分析支援機の胸部に吸い込まれるかのように直撃し、天地を焦がすほどの大爆発を巻き起こした。
『きゃあああああぁぁーーーーーーーーーーっ!!』
ルルの悲鳴が響く。
爆散した装甲人型兵器からは悲鳴すらなく、金属片となって周囲に降り注いでいた。
ルルが掠れた声で、途切れ途切れに呟く。
『カ、カノン砲……!? ――ア、アンノウン内部に……再起動音……確認……しました……』
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