Apoptosis――自壊⑬
巨大な影が形を変えた。
「――ッ!」
メタルから噴き上がる鉛色の排煙、嵐のような大風を巻き起こして振り下ろされる銀色の腕部をかいくぐり、躱し、跳び越え、近接機十機が疾走する。
損害、ゼロ――!
『右脚部に攻撃を一点集中するッ! 続けぇーーーーーーーーーッ!』
先頭を切ったタランテラが、すり抜け様にメタルの右脚部へと二刀を振るった。
飛び出していた砲身を斬り飛ばすと同時に、続く機体が次々と雑居ビルほどもある銀色の脚部へと向けて、すり抜け様に獲物を振りかざす。
金属同士のぶつかり合う音と火花が散った。
それを皮切りに、遠距離機と分析支援機が、アンノウンの砲身が集中している胸部を目掛けて一斉射撃を開始する。
『遠距離機、撃て撃て撃て撃て撃ちまくれッ! 弾薬を惜しむな!』
ツキノさんの指揮機、黄金色のタランテラが、指示を出しながらもグライド中に大地を蹴って鋭角に軌道を変えた。
その直後、先ほどまでの軌道の先に榴弾が着弾して大地を吹っ飛ばす。爆炎のカーテンを突き破り、続く近接機がタランテラを追走する。
『近接機はあたしから離れるな!』
アンノウンの上体へと向けて無数に飛来する銃弾やミサイルが、大爆発を巻き起こす。
轟音と熱波が周囲のビル壁を叩き、周囲に黒煙が立ち籠めた。
『ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ショット。多連装ロケット砲再装填。狙撃銃、機関銃装填開始。ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック――』
リサの、呟くような声紋認証による装填がひっきりなしに続いている。
アンノウンからの反撃に、遠距離機らが一斉にグライドで散った。その間も、装甲人型兵器の重火器は火を吹き続けている。
『おれらも行くぜ! 遅れるなよ、イツキ!』
「ああ!」
降り注ぐ薬莢の中、二機、三機、四機――近接機がアンノウンの右脚部付近を通り過ぎるたびに金属音と火花が散って、メタルの装甲が削られてゆく。
『そらよっとォ!』
七機、そして八機目、マサトのレギンレイヴが突撃槍で強引に剥がした装甲の内側、剥き出しになった、多連装ロケット砲再装填ほどもある極太のパイプのようなものを狙って、ぼくはタングステンナイフを逆手に持って振りかざす。
「こ――ッのォ!」
関節の出力を強化されたネイキッドの白い椀部が、鈍い色を放つナイフをパイプへと突き立てる。
「――硬ッ!?」
鋼鉄の右腕部を伝い、凄まじい硬度の感触が脳にフィードバックされた。響く金属音と、最大出力で轟くバーニア。
刃は入った。だが、動かない。
それどころか、この速度域とネイキッドの関節の出力でタングステンナイフを握ったままでは、腕部が持っていかれてしまう。
「くそ!」
ぼくはとっさに判断してタングステンナイフから手を放し、バランスを崩して時計回りに機体を回転させながらバックグライドに切り替え、アンノウンから距離を取る。
しかし――。
躊躇ったそのほんの一瞬に。
『ネイキッド、ロックされました。射出まで五秒、着弾はおよそ十秒後です、が――』
ルルからの報告に舌打ちをした直後、ぼくの周囲に銀色の電波欺瞞紙と小さな赤い太陽のような欺瞞装置が同時に浮かんだ。
欺瞞装置を積んだキャンディフロスの肩口が開いている。
『――すでに処理済みです。落ち着いて距離を取ってくださいね、イツキさん』
「助かる、ルル!」
ネイキッドをバックグライドからグライドに切り替えて、背後を気にすることなく退避する。
その直後、ネイキッドの背後で凄まじい金属音が響いた。
「うわっ!?」
機体の首を回して振り返ると、全高四十メートルもあるアンノウンが大きく左右に揺らいでいた。
「なっ!?」
その足下には、トゲだらけの鎧を纏ったかのような機体。
チーム、エンジェル・ラダー。アリサ・シュピーゲルのチープデビルだ。
な、なにをしたんだ……?
揺らぐアンノウンから射出されたミサイルが、ルルの放った欺瞞装置に吸い寄せられて空中で爆発した。
だけど、ぼくらはもう、そんなものなど見てすらいなかった。
やはり、異質。
チープデビルは大槌をさらに振りかぶってその身を時計回りに回転させ、細い両の腕部で右脚部装甲跡にネイキッドが突き刺したタングステンナイフの柄へと向けて、一気に、そして無造作に振り抜いた。
鋼鉄の肉体であることを忘れ、耳を覆いたくなるほどの轟音が、戦場に大きく反響する――!
ぼくのタングステンナイフがその身を粉砕させながら、アンノウン右脚部の巨大なパイプを突き破って飛び出した。
アンノウンが、巨体を軋ませながら地面に右膝を落とした。
廃都となった東京の大地が、大きく震動する。
チープデビルのパイロット、アリサ・シュピーゲルが、ネイキッドへと向けて、呑気に鋼鉄の親指を立てた。
どうやらぼくが中途半端に突き立ててしまったタングステンナイフが、偶然にも役に立ったらしい。
いや、そんなことよりも。
「な、なんて破壊力だ……」
あまりに非常識な光景に、チーム内無線からも声が漏れる。
『な……んだ……、……ありゃあ……? アンノウンは装甲人型兵器の五倍はあんだぜ……? 重量に至っちゃ、そんなもんじゃねえはずだが……』
『凄まじいですね。あそこまで高出力の機体は、わたしも初めて見ました』
チープデビルが排熱のためか、全身の排気ダクトから周囲一帯を覆ってしまうほど大量の白煙を放出した。
奇妙なマントが大きくなびく。
出力だけなら、装甲人型兵器というよりもアンノウンに近いんじゃないのか。
ぼくはネイキッドでさらに距離を取って、アンノウンの周回でグライドする近接機の集団に合流した。
ネイキッドも相当出力を上げたつもりだったけれど、とても比べられるものじゃない。
しかしリサだけは、当然のように呟いた。
『ルル。高出力を見たの、初めてじゃない。アリサ・シュピーゲルのチープデビルは、早見士郎のキャスケットと同じ関節可動域と出力を持つ機体。だから、キャスケットが最初』
「――ッ!? キャスケットと同じ出力だって!?」
『イツキ、油断!』
リサの声が大きくなった瞬間、ネイキッドだけをその場に残して近接機の集団が一斉に散った。
「うわっ」
あわててバーニアを噴かし、アンノウンから降り注ぐ銃弾を、機体を左右に揺らしながら回避する。
ネイキッドの左右の地面が鉛玉に穿たれ、砕けたアスファルトの欠片が舞い上がった。
「く――そがぁッ!」
グライドから反転、バックグライドに切り替えて、直撃コースの銃弾をタングステンシールドで防ぐ。
鋼鉄の腕を伝う衝撃は、以前よりも軽い。これも機体出力のおかげか。
可動域と機体出力を上げたのは、どうやら間違いではなかったようだ。
『ンのやろ!』
エメラルドグリーンのレギンレイヴが突撃槍を背負って対物狙撃銃を取り外し、ネイキッドに銃弾を浴びせていた砲身に狙いを定めた。
直後、対物狙撃銃から放たれた銃弾が、砲身を木っ端微塵に吹っ飛ばす。
「マサト! ぼくよりもチープデビルを援護だ! 彼女、アリサ・シュピーゲルは勝利のキーマンになる!」
『わかっちゃいるが――クソッタレッ』
横薙ぎに払われたメタルのアームを、ぼくらは同時にバックグライドからのバックステップで回避して、ハンドガンを抜き放つ。
チープデビルがマントをなびかせながら、アンノウンの足下からお世辞にも高速とは言えない速度で離脱してくる。
関節出力は大したものだが、推進力の方は並。ぼくらと変わらない。
「ダメだ、そんな速度じゃ逃げ切れない――!」
アリサ・シュピーゲルとは無線が繋がっていないことも忘れて、アンノウンへとハンドガンを放ちながらぼくは叫んだ。
くそ、こんな豆鉄砲じゃ!
しかしおかしなことに、片脚を折ったアンノウンは悠々と離脱するチープデビルを狙おうとはせず、むしろ近接機の集団や、一定距離で取り囲んでいる遠距離機にばかり銃弾やミサイルを降らせている。
チープデビルを認識できていないのか?
『光学迷彩か! ハイテクの塊じゃねえか!』
「光学迷彩?」
ぼくの疑問に、ルルが応えてくれた。
『ステルス装備のことです。アンノウンのカメラアイからは、チープデビルは視認しづらい状態となっているのでしょう。しかし、あくまでも隠せるのは視覚情報だけの話であって、熱や音で発見されてしまうので、装甲人型兵器での使用はあまり効果が得られないはずです――が』
『わたしたち遠距離機の大火力や轟音が響き続けてる限りは、見つからない。乱戦ほど力を発揮。アリサは、とても頭がいい』
リサがベルベットの右手の狙撃銃と左手の機関銃を同時に放ちながら、補足を入れた。その間も多連装ロケット砲の砲撃は忘れていない。
アンノウンの背部で大爆発が起こり、巨体が揺らいだ。
押してる……!
『タランテラより一年サード・アームズ全機! チープデビルに援護は必要ない! むしろ彼女には近づくな! そんなことより、アンノウンを二度と立ち上がらせないことだけに集中よ!』
ぼくらは同時に返事をした。
「はいっ」
『りょーかい、ツキノさん』
『了解しました』
『ん』
光学迷彩で独立して動くチープデビルだからこそ、効果がある。
逆に熱源音源の塊である近接機の流れに乗せたところで、推進力の弱いチープデビルにとっては、危険が増すだけだ。
どうやら二年生の間では、それが当然のこととなっているらしい。
『アリサにゃ勝手にやらせときゃいいのよ。それが一番の戦果になるから』
『そゆコトで~す』
凄いな、この人たち。
ツキノさんのタランテラを先頭にして、近接機の流れが撤退中のチープデビルと交差して、アンノウンへと疾走する。
剣を振って触手のようなアームを弾き上げ、巨大な腕部の薙ぎ払いを回避しながら次々とアンノウンの足下へと潜り込み、すれ違い様に攻撃を繰り出しては、高速で離脱を繰り返す。
「ッらあ!」
ぼくはネイキッドの腰部に装着しておいた剣を抜き放ち、修復されたばかりのメタル色の砲身を斬り飛ばした。
砲身が回転しながら弧を描き、大地に突き刺さる。
「よしっ!」
しかしぼくの背後。
最後尾の装甲人型兵器にアンノウンの砲撃が背部バーニアに直撃し、グライドを保てずに転がって大地に叩き伏せられた。
――ッ!?
直後、アンノウンはくすんだ銀色の腕部を振り上げて倒れたままの装甲人型兵器を鷲掴みにし、腹部の装甲を開けて自らの体内へと取り込んだ。
アンノウンの体内で爆発音が響き、装甲の隙間から小さな炎と黒煙が上がる。
「こ……の……ッ、何ッ人殺せば気が済むんだぁぁぁ!」
ぼくはネイキッドの舵を取って返し、弧を描くようにグライドしながら降り注ぐ銃弾を躱してアームの一本を斬り飛ばした。
ネイキッドを狙って叩き下ろされた二本目のアームが、レギンレイブの対物狙撃銃によって千切れ飛ぶ。
『熱くなるな、イツキ! 冷静でいろっつったろーが!』
「大丈夫だ、マサト。さっきみたいなことにはならないよ。ビンタの痛みはまだ残ってる」
『へっ、上等! だったら、追撃を――うおッ!?』
だが、新たに持ち上げられたアームに追いやられ、バックステップからバックグライドへと切り替える。
『修復早すぎだぜ、屑鉄がッ!』
逃げ遅れた近接機が大地に叩き付けられ、その場で圧壊する。
そしてお決まりのように腕部を伸ばして無造作につかみ、人が乗ったままの装甲人型兵器を体内へと取り込んだ。
心臓を握りしめられたかのような息苦しさに、食い縛った歯の隙間から、熱い息が漏れた。
「……ち……くしょ……ッ」
ツキノさんが叫ぶ。
『全機止まるなッ、続行だッ! このまま削るわよ!』
『ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック――ショット。多連装ロケット砲再装填。機関銃放棄。ガトリング砲に装填開始』
ベルベットは他の遠距離機の数倍もの銃弾やロケット砲を、一瞬すら絶やすことなく放ち続けている。
キャンディフロスはひっきりなしにぼくらに警告を送りながら銃弾を放ち、レギンレイヴは近距離中距離で遊撃し、二年の先輩たちにも負けない活躍をしている。
タランテラは身を削るように先頭を切って戦線を切り拓いている。
誰もがベストの動きを続けてきたはずだ。
なのに――!
『キャンディフロスよりチーム内全機! アンノウン、右脚部機能修復までおよそ十五秒です!』
どうしろってんだ、こんなの!
「ダメだ間に合わない!」
『こっちもだッ! 立たれちまったら終わりだぜ!』
焦って足を止め、右脚部に集中攻撃を加えようとした遠距離機が、三機同時に機関砲の集中砲火を浴びて大破した。
あの野郎、喰える距離にいる機体以外は、すべて大破させてやがる――!
視界の隅に、警告の赤文字が出現する。
――味方機、十三機になりました。戦略的撤退を推奨します。
「ネイキッド、警告を消せ!」
人類側の火力は確実に落ちていっている。今度立ち上がられたら、次に膝を付かせることができるかどうかすらわからない。
戦局が、一気に傾いてしまう。
冗談じゃない。殺されてたまるか。あんなメタルに取り込まれて死ぬくらいなら、ノラ犬にでも喰われた方がマシだ。
だが、たったの一機。たった一機の装甲人型兵器だけが――近接機からも遠距離機からも独立して動くチープデビルだけが、アンノウンの右ではなく、左脚部へと取り付いた。
「あ……」
直後、チープデビルがバーニアを全開にして時計回りに数回転してから、無造作に大槌でアンノウンを殴りつけた。
轟音――!
音波となって周囲の空間をびりびりと震わせ、廃ビルの割れ残っていた窓ガラスを粉々に粉砕する。
メタル色の破片が、大量に空へと散った。
ぼくは、目を疑う。
浮かんだ。
あまりに巨大と思われていたアンノウンの左脚部が、たったの一撃で装甲を大きくねじ曲げられて、宙へと持ち上がったんだ。
右脚部修復リミットまで、わずか二秒。
だが、二秒間。アンノウンは両脚部の機能を確かに失った。
巨体、傾く――。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




