Apoptosis――自壊⑪
再集結地点――。
現在、アンノウンの足止めは、総指揮であるツキノさんを除くエンジェル・ラダーの三名のみが行っている。
いくら彼女らが凄腕でも、ただの時間稼ぎに過ぎない。
今も銃声は響き続けているが、とても破壊することなどできはしないだろう。せいぜいが再集結地点に至らせないための誘導くらいのものだ。
すでに二年生による作戦会議が、無線で開始されている。もっとも、参加しているのは各チームのリーダーだけだ。
集結地点にディヴァイデッドの機影はない。イル・オーメンドもだ。
ぼくはグレーの装甲人型兵器を、肉の拳で力いっぱい殴りつけた。痛みを感じたくて、何度も何度も殴りつけた。
手がすりむけて血が出ても、自身の意志では止められなかった。
グレーの装甲に、赤い血が付着してゆく。
「あああぁぁぁぁッ!!」
装甲は頭部から脚部に至るまですでに穴だらけで、歪んで半開きとなったコクピットの近くは破壊され、中までぐちゃぐちゃだ。
片膝を立てた状態で停止した関口の機体は、もう動くことはないだろう。修理の利く範囲ではない。
大破だ。
だけど、そんなことはどうだって良かった。
「なんでだ……ッ」
操縦者を守りきれなかった不甲斐ない装甲人型兵器を両の拳で殴り、殴り、殴る。音すら響かぬ超高密度の重い鋼鉄を、ただひたすら。
拳が己の血液で滑り、ぼくは両手を力一杯装甲に付いた。
「ううううぅぅぅッ!!」
怒りが収まらず、額をグレーの脚部に打ち付ける。頭蓋が軋み、痛みが全身を駆け巡った。
「どうしてこんなことになった……ッ!?」
「もうやめろ!」
マサトがぼくを羽交い締めにして、関口の機体から引き剥がす。
ぼくは歯を食い縛って、マサトの手を乱暴に払い除けた。
「わかってる……」
「……頼むぜ、イツキ。冷静になってくれ。じゃねえと、おまえまで死んじまう」
「わかってるって言ってるだろッ!!」
怒鳴ってしまってから、ぼくは額に手を当ててうつむく。
情けない。こんなの、ただの八つ当たりだ……。
ぼくがあのとき藤堂にアンノウンから狙われていることを忠告していれば、関口は盾になんてされなかったのだろうか。いや、違う。藤堂は気づいていた。気づいた上でバーニアを噴かすではなく、関口を盾にすることを選んだ。生き残るための確実な方を。
集結地点に到着する前に、関口からの無線は途絶えていた。それとともに関口の機体重量が増し、ネイキッドはさらに速度を落とさざるを得なかった。
予感があった。それが的中しただけのことだ。
肩で息をするぼくを放して、マサトが一歩後退する。
その背後では、リサやルル、そしてリバティ・ベルのメンバーたちが、不安げにぼくを見ていた。
「バカ野郎……まだ話すことがあっただろうが……ッ」
違う。どうしてぼくは、もっと早く関口と話さなかったのか。
関口の亡骸は全身が灼け爛れ、巨大な猛獣に食い千切られたかのように下半身の半分ほどが銃弾の貫通によって欠損していた。
コクピットには、血と脂と臓物が貼り付いている。
遺体は損傷が激しすぎて誰も動かすことができず、未だ機体の中だ。
血と、鋼鉄と、硝煙、砂――普段は意識しないものが、やけに鼻につく。
「イツキさん」
「ああ!?」
「――失礼します」
睨み付けようと振り返った瞬間、ルルの平手がぼくを張った。
「~~ッ!? ル……ル?」
乾いた音が廃都にこだまして、ぼくは一瞬すべての思考を停止させた。マサトもリサも、トウコたちリバティ・ベルまでもが口をあんぐりと開けて呆けている。
「ちょ、ちょっと、成宮!?」
トウコがあわてたようにルルの手を取って引いた。
マサトが腰に片手をあてて、わざとらしく半笑いで大声を出す。
「おお、いいねえ! いい音だ! ――よお、リバティ・ベルも順番にやっちまえよ」
「は? おまえ、何言って――?」
「は~い。そうしま~す。じゃ、歯を食い縛って~~~~……成敗ッ!」
ミキコが腕まくりをしながら駆け寄ってきたかと思うと、二本のおさげと制服のスカートをなびかせながら、くるりと一回転して、勢いそのままにぼくの頬を右の拳で殴りつけた。
今度は骨を打ち付ける鈍い音が響いて、ぼくは目を回す。
「あがぅっ!? ……ちょ、拳は――」
「ふははは、安心せい。峰打ちじゃあ」
それは裏拳というのだが……。
「次はわたし! ごめんね~、高桜」
「一緒にやろう! うふふ、わたしたちの、初めての共同作業」
「キモイ……」
「ま、待っ――」
七海美沙と瀬奈明菜が、左右から同時にぼくの頬を挟み込むように平手を打つ。衝撃を逃すこともできず、目眩がした。
「――へぶッ!? ……あっが~~~~……、わ、わかった、わかったから……も、もう十分冷静になったから……」
「いいや、わかってねえ。おれだって気持ちはおめえと同じだ。関口と先頭切ってモメたのはおれなんだからな。だけどな、イツキ」
マサトが表情を引き締めて、ぼくを睨む。
「サード・アームズは、一度でもそんなところを他のやつに見せるべきじゃねえ。全員の士気に関わってくんだよ。みんなの命運を握ってることを忘れんな。じゃねえと、これから先、何人も死なせていくことになるぜ」
そうか……。そうだな……。
ぼくの不安や後悔が伝播したせいで、この場にいる全員が不安そうな表情をしている。いや、もしかしたらそれは特殊クラスに限らず、たまたま今ここにいないだけで、一年の多くがそうなのかもしれない。
ドレッドノート級との戦いで活躍したサード・アームズは、今や特殊クラスでありながら、イル・オーメンドと並んで一年生の多くの希望となっている。
「それ以前に、おめえ自身があんな様で生き残れると思ってんのかよ。あれじゃカミカゼ決めて終わりだぜ。心は熱くなっても、身体はいつも冷静でいろ。早見先生にそう習っただろーが」
「……うん、そうだな」
マサトがパンと両手を合わせた。
「はい。つーわけで、続きっ。ヤッちまえ、トウコ」
「へ? い、いや、もうほんとわかったから――」
マサトがトウコの肩を両手で押して、ぼくの前に突き出した。よろけながら進み出てきたトウコが顔を上げる。
「え、え? あ、あたしはそんな別に――えと……」
至近距離で見つめ合い、ぼくらは頬を染める。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」
「え、ええ……、や、やるの……?」
「う、うん」
ちくしょう。
ああもう。一発も二発も同じ、こうなったらもう野となれ山となれだ。しょうがない。
「よし、来い!」
「……ちょ、ちょっと。なんでノリノリなのさ。お願いだから、変な性癖に目覚めないでよ?」
ぼくは苦笑いを浮かべて呟く。
「トウコ次第かな」
「あははっ、そーなんだ。じゃ、行くよ」
トウコの平手があがり、ぼくの頬にペチっとあたった。
痛みはない。
加減されているからというよりは、そっと触れられただけのようで。
砂を巻き上げる風に前髪を押さえて、トウコが視線を外しながら唇を尖らせた。
「あたし、あんたに死んで欲しくない……。だから、さっきみたいのは、もうやめて……」
「うん……ごめん……」
トウコがぼくの頬をそっと撫でた――直後。
「ひゅ~~~~~~~ッ! ツンがデレましたよ、たった今デレました、見ました!? オジサンこんなにわかりやすいデレは初めてですよ! 漫画みたい!」
ミキコがからかうと、トウコが大慌てでミキコに駆け寄って、両手で首を締め上げた。
「おいこら、そのお喋りな口を二度と開かないようにしてあげようか?」
「ごび……ごびんだざい……っ、……もうじばぜん……」
顔色が紫色に鬱血しているが、つま先がかろうじて地面についているから、めったなことはないと思いたい。
ようやく全員が終わったと一息ついたぼくの前に、とことことリサが歩み寄ってきた。背の低いリサを見下ろして、ぼくは恐る恐る尋ねる。
「リサもやるの?」
「ん。下げて」
ああ、もうどうとでもなれだ。今回の件に関しては、ぼくが悪い。
ぼくはあきらめて、リサの顔の高さに合わせて膝を屈めた。赤い瞳があまりに近くて、ぼくは唾液を呑む。
色が少しおかしいだけで、リサの造形は人間離れした美しさだと、あらためて認識する。
白い髪が陽光に照らされて、銀色に輝いている。
「いく」
「おう」
じんじんと響く頬に、リサの手が迫る。
ぼくは歯を食い縛って目を閉じた。
「~~ッ! ……ん?」
しかし冷たい彼女の手はぼくの頬を張ることなく、おそらくは赤く腫れ始めているであろう頬を冷やすように、ぴったりと挟み込んだ。
目の前十センチほどの距離で、リサが首を傾げる。
「いたい?」
「う、うん」
「そ」
そう言って、リサが微笑む。
まるで記憶の中のリアのように。
「でも、自業自得」
「うん」
小さく、不自然なほどに白いリサの手は、熱を持った頬には冷たく、とても気持ちの良い手だった。
「さっきのイツキ、怖かった」
「ごめん。どうかしてた」
「ん。……まだ、やれる?」
「やれる!」
リサがこくっとうなずいて、ぼくの頬から両手を滑り下ろした。
『こら~! あんたら、いい加減に自分の機体に戻りなさい! 作戦聞かずに全滅したって知らないわよ!』
外部スピーカーを通して、ツキノさんの叱責が飛んだ。視線を向けると、黄金色のタランテラが左手を腰部にあて、右手の人差し指でぼくらを指さしている。
ぼくらは顔を見合わせてからタランテラに向かって頭を下げ、それぞれの機体へと向かって走り出した。
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