Apoptosis――自壊⑩
しかし藤堂の取り巻きに、やつほどの腕はない。
誰かが叫んだ。
『何やってんの!? さっさと包囲網を広げて!』
『キャンディフロスより一年二年全機ッ!! だめです、これ以上包囲網を広げないで! 距離を取る機体から優先的に狙われています! 近接機はアームに注意を払いながら、可能な限り隣接してください!』
ルルの大きく張り上げられた声が、パニック状態に陥っている全員の無線を上書きする。
ネイキッドとディヴァイデッドの合間にミサイル砲が着弾し、ぼくは視界を失った。
濛々と立ち昇る爆炎と砂煙の中へと、アンノウンのアームが放たれる。
「く――ッ」
砂煙から飛び出したアームを、ネイキッドの身を屈めることで回避する。わずかに掠ったのか、頬に焦げ付くような痛みが走った。
危なかった……!
アームはなおも方向を変え、近接戦を仕掛けようとしていた別の機体のコクピット近くを、いとも容易く貫く。
『あが……ッ!』
金属がめり込む耳障りな音が甲高く響いた。
貫かれた装甲人型兵器が腹部のパーツを撒き散らしながら、脚部の関節を折って膝を付く。
『ひぎ……た、たすけ、藤堂く――』
藤堂正宗の取り巻き。イル・オーメンドのチームメイトだ。
機体がコクピット近くで小爆発を繰り返しながら、徐々にアンノウンへと引きずり込まれてゆく。
『ぎゃッ、熱っ、た、熱いッ、だず、だずげ……いやだあああぁぁぁぁ!』
藤堂正宗がディヴァイデッドのバーニアを全開にして追走し、戦斧を高く構えた。そうして迷うことなく、アームではなく、装甲人型兵器の頸部を目掛けて刃を振り下ろす。
――ッ!?
凄まじい金属音が鳴って、装甲人型兵器の頭部が溶けたアスファルトの大地に落ちた。
肉の身体と鋼鉄の肉体を繋ぐ超伝導量子干渉素子は、よくできた技術だ。鋼鉄の肉体に起こるすべての事象を、脳は肉の身体に置き換えてしまう。
当然、首を落とされたと誤解した脳は、すべての機能を停止する。
つまり……。
……つまり、殺したのだ。この男は、たった今、人間を……。
転がる機体の頭部と同時に、途絶する無線。動力を失った機体が、一瞬でアンノウンへと引きずり込まれた。
気がついたとき、ぼくはネイキッドの刺突剣を抜き放ち、超高速でディヴァイデッドへと突き出していた。
「藤堂ォォォォッ!!」
ディヴァイデッドがネイキッドの刺突剣を、戦斧の刃で受け止める。
直後、藤堂正宗から直通無線が響いた。
『貴様、高桜ッ! これは何のつもりだ!?』
火花を散らして飛び退った直後、ディヴァイデッドの戦斧がネイキッドの胴体部へと振るわれていた。
後退は間に合わない。
「おお……!」
スローモーションのように迫る巨大な刃を、ネイキッドの体勢を崩しながらもかいくぐり、二機同時に抜き放ったタングステンナイフを中央でぶつけ合う。
火花の直後に凄まじい金属音が響いて、ぼくらは距離を取るべく背後に跳躍した。
着地と同時にバックグライドに移行し、アンノウンからの機関砲を回避する。
『何のつもりだと言っている! 応えろ、高桜ァ!』
「なぜ殺した!? 助けられたかもしれない! おまえなら!」
こいつには、命をわける一秒が見えているのだから。だが藤堂正宗は、その意志すら、迷いすら見せなかった。
こいつは人を殺すことに躊躇いなど感じていないッ。人間じゃないッ、怪物だッ。
降り注ぐ機関砲をタングステンシールドで防ぎ、弧を描くようにグライドしながらも、視線は藤堂正宗のディヴァイデッドから外さない。
『ふ……ふは! ふはははは!』
「何がおかしい!』
『そうだろうとも。俺の力であれば、助けられんこともなかった。確率は低いがな』
嘲るようだった藤堂の声が、突然低く沈み込んだ。
『――だが、バカか貴様は。俺が臭い家畜どものために、そのような危険を冒す理由などない。鉄屑に取り込まれる前に命を絶ってやっただけありがたいと思え。大好きな人間として死ねたのだからなァ?』
「チームじゃないのかよ! 仲間じゃなかったのかよ!」
ぼくらを狙って振るわれたアームを、機体をグライドさせることで回避し、ネイキッドとディヴァイデッドは再び距離を詰める。
互いの獲物を構えながら。
『チーム? 仲間? そうとも! だが、だからどうした? それが危険を冒してまで生死不明となった丸焦げのパイロットを救う理由になるのか? わかっていないようだから教えてやろう。――いいか、良く聞け高桜』
刺突剣と戦斧が再び激突する。
「く――っ」
凄まじい衝撃が鋼鉄の腕部を伝い、細い刺突剣の先端部が直角に折れて曲がった。迷わず投げ捨て、左手に持っていたタングステンナイフを右手に持ち替える。
強い……ッ!
『人類がッ、装甲人型兵器操縦者としての俺を失うことはッ、大いなる損失だッ。他の誰よりもッ!』
鮮血色の機体が迫る。巨大な戦斧を高く持ち上げながら。
だが、退かない。ぼくは間違っていない。
退いてたまるか、こんな野郎に一歩だってッ!
「そんなことでぇぇーーーーーッ!!」
振り下ろされる戦斧をシールドで強引に弾き返そうとした瞬間、滑り込んできたマサトのレギンレイヴがやつの戦斧を突撃槍で突いて軌道を逸らせた。
バランスを崩したディヴァイデッドが、とっさにバックグライドに切り替えて後退する。
『多岐将人ッ! 面倒な裏切り者めッ!』
藤堂が舌打ち混じりに吐き捨てた。
「マサト!」
『何やってんだ、おめえら! うちわでモメてる場合じゃねえだろーが!』
「こんなやつ、仲間なんかじゃない!」
『ハッ、それには同意してやろう』
距離を取ったディヴァイデッドを狙って、アンノウンのアームが持ち上げられた。同時に機関砲数門が、鮮血色の機体へと向けられる。
だが、それを伝えるつもりはない。
むしろこいつはここで死んだ方がいいとすら思った。いや、死ぬべきなんだ、ヒトの姿をしたこの怪物は。
だからこそ、ぼくは、初動で遅れてしまったんだ。
『イル・オーメンドの代わりなど、いくらでもいる。――こいつのようになァ』
ディヴァイデッドへと放たれる機関砲。もはやいまからバーニアを噴かしても間に合わない。無数の銃弾が飛来する瞬間、ディヴァイデッドは砂煙の中に腕部を入れ、一体のグレーの装甲人型兵器を引きずり出した。
迫り来る機関砲から、身を守る盾にするためだけに。
ぼくはとっさに鋼鉄の手を伸ばす。だけど命をわける一秒は、時間の流れが遅く見えるだけであって、ネイキッドのスペックを引き上げるものじゃない。
「やめ――」
無数の銃弾が、次々とグレーの装甲人型兵器へとめり込んでゆく。
ゆっくり、ゆっくりと、悪夢のように。
『――ッ!? ッうッがあああァァァッ!? ギャアアァァーーーーーッ…………ギィアアァァ!! ……ぅ…………ぁぁ……っ………………………………』
耳をつんざく悲鳴。
粘着質な声で、藤堂が静かに囁く。
『サービスだ、高桜ァ。一年指揮の権限で、貴様とこいつの無線を繋いでやったぞ。くく、ふはは』
自らは動くこともなく、味方を片腕で拘束し、飛来する銃弾の盾に使った。
銃撃が終わったとき、グレーの機体は小爆発とスパークを繰り返し、関節部の力を失ってディヴァイデッドに腕をつかまれたままぶら下がっていた。
『ふは、貴様のクラスメートだ。なんでも、貴様に恨みがあるとかで、金魚の糞のように我々に付きまとっていたぞ。イル・オーメンドに媚びへつらってなァ。哀れな家畜だ』
「――!?」
『臭い特殊クラスの分際で、貴様を見返すとかいうくだらぬ目的のため、追いつけもせん特進クラスの機体の後を必死でついて回るとは、実に健気で泣ける話じゃあないか。そうは思わんか?』
嘲る、嘲る、嘲り嗤う。炎と硝煙の中で、藤堂正宗が。
ディヴァイデッドが片腕で持ち上げていた機体を、ネイキッドへと放り投げる。
『そうら、望み通りせいぜい救ってやるんだなァ』
ぼくは鋼鉄の全身で半壊した機体を受け止めて、バーニアを噴かした。
上部から飛来したアームが先ほどまでネイキッドの立っていた大地を抉る。銃撃に追われて左右に機体を揺らしながら回避するうち、ぼくはディヴァイデッドを見失った。
……狂っている……人間とは、あそこまで狂えるものなのか……。
『……ぅ……うぅ……』
「…………関口か?」
『…………ぁ……ぁ……』
関口の機体を抱えたままアームを回避し、アンノウンから距離を取るべく後退する。
『イツキ! ダメだ、距離は取るんじゃねえ! やつがおまえを集中砲火するぞ!』
マサトの声がした。レギンレイヴはすでに最前線に戻り、突撃槍を振るい続けている。
だけど、だめだ。ぼくはどうしても、関口と話をしなきゃならない。
『イツキさん! いくら強化されたバーニアでも、他の機体を抱えたままでは撤退できません!』
「……ごめん、ルル。援護を頼む……」
『~~ッ! あぁんもう! ――キャンディフロスより指揮機タランテラ!』
数秒後、無線からツキノさんの声が響いた。
『はいよ、ルル! 余裕ないから端的にお願い』
『サード・アームズ、ネイキッド、負傷者救護のため、一時離脱します! 欺瞞装置、電波欺瞞紙の両方を搭載する全機体に、同時援護を求めます!』
『聞こえてるわね、全機。キャンディフロスの作戦に従って』
無線から一斉に返事が来た。
『斉射と同時に全機離脱。攪乱が成功するかは不明ですが、みなさんの誘導弾は使えなくなります。視界不良にもなりますので、各チーム支援分析機の指示に従い、パニックにならないよう距離を取ってください。一度退きましょう。カウント開始します。――カウント三……二……一……ッ!』
赤熱を持つ真っ赤な太陽のような欺瞞装置が五つ上空に浮かぶと同時に、銀色の粉雪のような電波欺瞞紙が搭載各機から斉射された。
ぼくらは全員、真冬の猛吹雪の中にいるかのように視界を失う。
アンノウンを中心として舞い落ちる電波欺瞞紙の吹雪を突き破り、生き残りの機体が一斉にその場から離脱してゆく。
アンノウンはデタラメに機関砲を四方八方に放っているが、今のところ立ち上がる気配はない。
『指揮機タランテラから全機。再集結地点は帝高の北東五キロ地点。そこで立て直す。もう一度無線を分けるから、各機はタンク級の残骸処理にあたっている他の機体に通達して。以上』
撤退は成功だ。攪乱が利いたらしく、アンノウンには未だ動きはない。
ぼくは小爆発とスパークを繰り返す関口の機体を抱えたまま、背後を警戒しながらバーニアを噴かした。
その隣にレギンレイヴがつき、途中でベルベット、キャンディフロス、そしてトウコたちリバティ・ベルが合流する。
けれど、互いの無事を声にして喜ぶものは誰もいなかった。
ネイキッドが抱えている機体のパイロットが誰か、ここに集った八名は、みんな知っていたのだから。
そして紛れもなく、これは敗走だった。
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