Apoptosis――自壊⑨
地響きを立て、廃都を蹂躙しながら駆けるアンノウンを、ぼくらはグライドで追走する。以前のネイキッドでは並走すらできなかった速度域でも、推進機を強化一新した今ならリサのベルベットに並ぶことは容易い。
「どういうこと?」
『あれ』
空色のベルベットが瓦解したばかりの高層ビルの跡を指さし、近づいてから両脚部を大きく振り上げ、ふわりとその場に着地した。
平均的な装甲人型兵器の倍以上の重量がありながらも、まるでそんなことを感じさせない動きには、いつも感嘆する。
「……」
ベルベットが指さす先、瓦礫に埋もれるようにあるのは、先ほどアンノウンに大きく薙ぎ払われた新入生の機体四機だ。むろん、形状などないに等しい。
パイロットはなおさらだ……。
ぼくは――いや、ネイキッドがうつむき、悔しさに両の拳を握りしめた。
『うつむくの、だめ。よく見て、イツキ』
「……うん」
ネイキッドの頭部を持ち上げ、ぼくはカメラアイで装甲人型兵器の残骸を見つめた。
リサは何を伝えようとしているのか。
しばらくして、ぼくは眉をひそめた。
あるはずのものが、ない。
ネイキッドの頭部と全身を回してカメラアイに映る映像幅を増やし、さらに付近を捜索する。装甲人型兵器の視界は、およそ百八十度。さらに視力に至っては、肉の瞳など完全に凌駕し、数キロ先まで視認することができる。
にもかかわらず、見つからないのだ。どこにも。
『わかる?』
「……ない。頭部が足りない。いや――」
全然足りない。装甲人型兵器を形成するパーツが全然足りていない。
吹っ飛ばされたのは四機。けれど、ここにあるパーツをかき集めても、質量は一機分があるかないかだ。
『たぶん、材料にされた』
最初、リサが何を言っているのかわからなかった。けれどすぐに最悪の想像となって、ぼくはベルベットの方へと振り返る。
「……アンノウンは自壊したタンク級の残骸だけじゃなく、装甲人型兵器をも吸収してるってこと?」
『ん。装甲人型兵器はメタルの技術の応用、パーツも一部メタルの破片からできてる。修復材料にするには最適。技術そのものの利用も可能』
「…………パイロットの遺体はどうなる……」
リサがわずかに間を置いて、わずかに言いづらそうに呟いた。
『……高熱処理の後……アンノウンのパーツに混ざる……』
心臓を敵に優しくつかまれたかのような不快さが、ぞわぞわと鳥肌となって全身に現れる。
気持ち悪い。鋼鉄の肉体ですら、吐き気を催しそうになるほどに。
けれど、ようやくわかった。
高位メタルのアンノウンとはいえ、なぜ人類最高の英雄とまで呼ばれた早見士郎や、帝都防衛大学の英雄たちを派兵してさえ、帝西を襲ったもう一体のアンノウンを、未だに処理できていないのかが。
喰われている。
おそらく早見先生たちが相手にしているのは、帝都西防衛高校のすべての装甲人型兵器のうち、およそ半分以上もの機体を喰らった怪物。
むろん、それだけではない。
戦い続けている今も、アンノウンはタンク級の残骸や破壊した装甲人型兵器を吸収し続けているだろう。
「……早見士郎ひとりの方が、被害の出る可能性が低いってことか」
『こちらも同じ。少数精鋭でなければ、帝西と同じように長引くだけ。その意味では、早見士郎は運が悪い』
つまり、先ほど藤堂が一年生機にやらせていたような作戦、機体ごとパイロットを犠牲にしてでもメタルを削るというやり方では、絶対に勝てないということだ。
『カミカゼは無意味。それどころか、メタルの装甲を強くする』
「それって、ミサイルや銃弾なんかの遠距離攻撃は有効? それも吸収されるの?」
もしもそうだとするなら、絶望的だ。
『火薬のものは吸収しない。たぶん、弾薬吸収はタンク級の残骸からだけ。なぜなら、内部溶鉱炉が危険だから。銃弾は吸収する。でも、それによって補修できる質量より、破壊できる質量の方が大きい。だからいっぱい叩き込む』
「そっか。それ、ツキノさんには?」
『通達済み。挑む二十三機以外の機体は、タンク級の残骸撤去に尽力させるそう。とりあえず半径三キロから』
賢明な判断だ。
ぼくはネイキッドのバーニアに再び火を灯した。
ベルベットにアイコンタクトのみを送り、ネイキッドを数百メートル離れた位置で豪腕を振り回しているアンノウンを追って、最速でグライドさせてゆく。
その少し後を、ベルベットが轟音を響かせながら追走した。
「聞こえてたよな、マサト、ルル!」
『……おうよ。ンの野郎、人間様ごと吸収たぁ、胸糞悪ィメタルだぜ』
『同感です。ですが、わたしたちは運が良い。こちらのアンノウンは残骸機の多い帝西とは違い、今後の吸収さえ抑えれば、まだまだ勝てる可能性は低くありません。――みなさん、ここが踏ん張り処です!』
チーム内の沈んだ調子を整えるように、ルルはいつも明るく力強い声で希望のある情報を告げてくれる。
ぼくらは何度もその言葉に勇気づけられてきた。
『リバティ・ベルも、援護射撃をお願いします! 一緒に生き残りましょう!』
そしてそれは、ぼくら以外にも通用する。
分析、支援、応援まで揃った成宮ルルは、天性のサポートだ。
『了解! あんたたちの足を引っ張んないように頑張るよ!』
『あいあい。援護くらいならオジサンにお任せあれ』
『へへ~ん、彼氏もいないのに死ねないっての。ね、明菜』
『う、うっさい、心の声を代弁すんな! 絶対あんたより先に作るもん!』
支援分析機に混ざって、リバティ・ベルの四機が次々と狙撃銃を構え、放つ。
ぼくは少し笑った。
アンノウンを取り囲む二年生機の集団に追いついたとき、ベルベットがネイキッドの肩に手を当てて、強く押し出した。
ネイキッドの速度がさらに増す。
『イツキ、幸運』
「そこは〝祈る〟まで言うもんだ!」
ネイキッドは速度を上げて、ツキノさんの機体、黄金のタランテラや、戦斧を振るう藤堂正宗のディヴァイデッドといった近接機の間を抜けて、アンノウンの両脚部へと潜り込み、すれ違い様に装甲を削り取る。
「ッ痛、かってええな、このデカブツ!」
アンノウン装甲の小さな破片が勢いよく吹っ飛んでゆく中、ネイキッドを狙って振り下ろされたメタル色の腕部へと六連のロケット砲が着弾し、派手に弾き上げた。
轟雷ですら比較にならない、耳をつんざくほどの爆発音が至近距離で轟く。
『祈る。――多連装ロケット砲再装填』
ベルベットが一定距離を保ちながらグライドし、多連装ロケット砲を再度放つ。
着弾、爆発、アンノウンの上体がわずかに揺らいだ。
爆風を避けるようにわずかに距離を取った近接機が、示し合わせたかのようにワンステップで一斉にアンノウン脚部へと襲い掛かる。
取り囲む近接以外の機体は、ぼくらの装甲人型兵器よりも高い射線の関節部を狙って放たれているため、味方が被弾することはない。
めり込むことに失敗した銃弾だけが、雨のように降り注ぎ続けている。
ツキノさんの声が響いた。
『行け行け行け行けぇーーーーーーーーーーーーっ!! 手を休めるな!』
ツキノさんのタランテラが、二本の剣で何度もアンノウンの脚部装甲を貫く。藤堂のディヴァイデッドが修復されたばかりの砲身を戦斧で叩き割り、空けられた空洞へとマサトのレギンレイヴが突撃槍を抉り込む。
マサトはほんとに万能だ。遠距離から中距離、作戦指揮に近接までをも器用にこなす。
『おおおおらあああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
レギンレイヴはそのままバーニアを全開にし、アンノウンの片脚のみを持ち上げる。これまであった着弾の勢いとは違い、左の脚部をスパークさせながらアンノウンが大きく揺らいだ。
レギンレイヴが大地を蹴って、逆噴射で一気に距離を取る。
『ヘッ、どうよ!』
巨体が、ついに膝をつく――!
マサトの一撃を切っ掛けに、命令すらなくとも足並みが揃った。近接機がやつの駆動部を破壊すべく、一斉に距離を詰める。
誰もが考えた瞬間だった。勝てると。ぼくらは勘違いしたんだ。全員が。
距離を取ったマサトとは反対に、距離を詰める近接機。ぼくも、藤堂も、ツキノさんも、おそらくはエンジェル・ラダーのメンバーですら。
割れる。アンノウンの膝が。いいや、割れたのではない。開いたのだ。
そこから飛び出すアームに反応できたのは、果たして何機だったのか。
先頭を切っていた鮮血色のディヴァイデッドがかいくぐったアームを回避しきれず、二年生の近接機が胸部コクピットを貫かれた。
「~~ッ!?」
心臓が高鳴った瞬間、時間の流れが変化する。緩やかな流れでコクピットまで至近距離に迫った別のアームを、ぼくはとっさにネイキッドの左腕で弾き上げた。
鋼鉄の肉体を通して、肉の身体に激痛が走る。
「痛ッてえな……ッ!」
空気が重くまとわりつき、思考以外のすべてが遅くなる。
命をわける一秒の始まりだ。
なおも先端部をネイキッドへと向けたアームを、バーニアで滑って回避し、ぼくは周囲を確認する。
アームの本数は視認できる限り三本。両膝から一本ずつ、さらに背部から一本だ。
近接機はぼくと藤堂、少し離れた位置にマサト、天川月乃に、不明機五。うち一機はコクピットを貫かれて中破。
いや――。
コクピットを貫かれて動力を失った装甲人型兵器が、アンノウンの割れた膝、つまり機体内へと引きずり込まれてゆく。
直後、アンノウン内部から炎がわずかに噴出して、装甲人型兵器の反応が消失した。
圧壊、そして大破。しかも、取り込まれた。
『くっ……全員、距離を取れ! 無線を選ぶ余裕はない! こっからは全機をチーム内無線で繋ぐわよ!』
ツキノさんがアームをスレスレで剣の腹を滑らせ、鋭角にステップを切ってアンノウンから一気に距離を取る。
だが、アンノウンは肩口や胸部、背部からもアームを射出し、距離を取ろうとする近接機九機へと追いすがる。
アームが次々と襲い掛かる。
『――ひッ!?』
さらに一機の装甲人型兵器が腹部を貫かれて捕まった。コクピットは無事だ。
『い、いや……いやあああぁぁ、たすけ――!』
「手を伸ばせ!」
ぼくはアームを回避しながらネイキッドの腕部を伸ばす。機体の指先が触れ合う直前、装甲人型兵器はパイロットを乗せたまま引きずられ、アンノウンの機体内へと取り込まれた。
またアンノウンから、小さな爆発音が響く。
「く……そ……!」
『こ、このクソヤローがぁぁぁ!』
アンノウンへと突撃しかけた機体を、別の機体が押し留める。
『もう死んでるって! あんたも死にたくなきゃ、頭切り替えて!』
『むりむりむりむりぃ! やだ! 誰か助けて!』
『も、もうだめだ……』
『撃て撃て撃て!』
『ハンッ、人間様をなめんじゃないよ!』
『撃つな!』
『ダメです、味方にあたります!』
二十三機、マイナス二機の無線が交差する。
アンノウンが膝を付いた体勢となったため、遠距離からの援護射撃は機能しない。構わず撃てば、ぼくら近接機をも射線に巻き込んでしまう。ましてや、現在アンノウンの大半の砲門は遠距離機を狙って銃弾を撃ち続けている。
敵の銃弾を回避しながら、距離を取ろうとする近接機たちの合間を縫って的を狙える凄腕など、おそらくリサしかいないだろう。
中距離まで下がることのできた近接機へと、アンノウンから放たれたミサイル弾が直撃する。バーニアを破壊された機体は大地に落ちて転がり、立ち上がろうと藻掻く。
『ち、ちくしょう! ちくしょう! ふざけんな鉄屑野ろ――ッ!』
しかし直後、這いずることしかできなくなった機体へと銃撃が集中され、無惨に大破した。パイロットに呪詛の言葉すら吐かせることなく。
爆炎と爆風が、硝煙と砂塵を伴って舞い上がる。
『いやああぁぁぁ! いやあああぁぁぁぁ!』
悲鳴。だがその絶叫すら覆うほどの大きな声で、その少女は声を響かせた。
『ハン、さっきから回避回避うっせーなァ。周りに合わせてねえで本性出せよ、リーダー。おめー、こんなもんじゃねーだろ。ぶっ飛ばしゃいいんだ、こんなデクは』
『あのねえ、こちとら指揮なんだから、そうもいかないってーのよ』
『ウフフ、じゃあ、ここカラ先は、エンジェル・ラダー以外、オコトワリですね』
『イツキ、イツキ! どこ!? どこーっ!?』
『そうですね。上方にコンマ五ミリ修正。七番砲門破壊。……多いな。残弾がもてばいいけど。あら、もう修復されましたか。めんどくさ』
「……ッ、大丈夫だ、リサ! まだ生きてる! 心配いらない! 落ち着いて援護を続けて!」
交差し続ける無線の中、リサが珍しく喚いている。
次々と降り注ぐアームを回避しながら、ぼくはハンドガンでアームの付け根を狙って放つ。当たらない。だけど、避け続けることはできる。
命をわける一秒のおかげで。
この惨劇に、無言のまま機体を左右に揺らし、余裕でアームを躱し続けている鮮血色の機体、藤堂正宗のディヴァイデッドと同様に。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




