Apoptosis――自壊⑥
ぼくらがチーム名をサード・アームズと決めてから三日後。
目を覚ましたとき、雨音に気づいてカーテンを開け、窓の外に視線を向けた。
廃都と化した瓦礫の東京を黒く染めるように、雨粒が降り注いでいる。
「雨か……」
時計に視線をやると、起床時間にはまだ少し早い。しかし二度寝するには短い時間だ。
ぼくは目覚まし時計のスイッチをオフにして、日課のストレッチを開始する。身体を鍛えることは、装甲人型兵器乗りにとって重要なことだ。
鋼鉄の肉体を動かすのは脳で行われるイメージだが、脳は肉の身体と密接に関係している。肉の身体の性能を超えるイメージは、鋼鉄の肉体と繋がっていてさえ容易ではない。
だから普段から、肉の身体を動かすイメージ幅を広げておく必要がある。肉の身体の性能が上がれば、それは脳のイメージ幅を広げ、引いては装甲人型兵器の動きまで強化する。
すべて早見先生の受け売りだけれど、そういった理屈はナシにしても、こうして身体を動かすことは気持ちがいい。
ストレッチから筋トレへと移行して数分後、男子寮内で起床時間の音楽が鳴った。
「今日も休講か」
東京中で自壊したタンク級二百五十機分の残骸の撤去作業は、急ピッチで行われている。これまでの二日間で撤去できたのは、およそ三割といったところか。
メタルの残骸は、通常壁の外から来た専門業者によって回収され、研究分析された後に装甲人型兵器の新たな武器や超伝導量子干渉素子の技術へと転用される。
放置して朽ちさせるのには、あまりに惜しい貴重な資源だ。
奇妙なのは通常の撤去作業とは違って、この三日間の授業を休講にしてまで、学生らまで撤去作業に駆り出されていることだ。
こんなことは、今まで一度だってなかった。まるで何かに焦って突き動かされているかのようだ。
もっとも、重機ではなく装甲人型兵器での撤去作業だから、ぼくらにとってもちゃんと訓練の一環にはなっているけれど。
顔を洗って特殊繊維の制服へと袖を通す。
着替えを終えると同時に、ぼくの部屋のドアが激しくノックされた。まるでぶん殴るかのような力でノックをする人物といえば――。
「開いてるよ」
「おう、朝飯行こうぜ」
予想通りにマサトがドアを開け、眠そうにアクビをしながら顔を覗かせた。
「うん」
ドアを出て、男子寮の廊下を歩く。窓の外は、あいかわらずの雨だ。
「今日も撤去作業だってよ」
「うん。メタルの残骸が貴重な資源って言っても、こんなに急ぐ必要あるのかな」
「なんだろうな。わからんが、以前に早見先生とお姫さんがしてた会話に関係してるのかもしんねえな」
新型メタルか。だけど、その話と東京中に散らばった残骸が繋がらない。
前方数メートル、ふいに開いたドアから関口が出てきた。
関口はぼくらを一瞥すると、背中を向けて歩き出す。
「あ……。………………関口」
ぼくはとっさに彼を呼び止めた。
関口の足が止まり、しかし彼は振り返らない。
「あのさ、ちょっとだけ話せないか? 入学式の日のことだけど、冷静に考えたら、キミに悪気はなかったかもしれないって思えてきたんだ。やり方は間違ってたと思うけど、ただクラスをまとめようとしただけなんじゃないかって。――だから、ぼくらも言い過ぎたと思ってる」
沈黙が訪れる。
普通科や特進の一年生が、次々とぼくらを歩いて追い抜いてゆく。みんな食堂校舎を目指しているんだ。
「……もう遅え……遅えんだよ。高桜、多岐……」
しばらくの後、関口は小さく低い声でそう呟くと、足早に去って行った。
何とも言えない重苦しい空気に、ぼくとマサトが同時にため息をつく。
「行こうか」
「おう」
ぼくらは男子寮を出て傘を差し、食堂校舎ではなく女子寮の方へと向かって歩き出す。女子寮から食堂校舎を目指す女の子たちの流れに逆らって歩くことにも、彼女らの好奇な視線にも、もう慣れてきた。
女子寮は帝高敷地内の端にあるため、通常であれば男子生徒がそちらに向かって歩くこと自体、ほとんどないのだ。
けれど、ぼくらはこの学校で、そうせざるを得ないほどの厄介な問題を抱えている。
藤堂正宗だ。
女を拳で殴りつけ、暴力で特進クラスを支配し、味方の生命を消耗品のように扱う性格破綻者の存在。メタルだけではなく人類までも等しく憎む、言うなれば人の心のない怪物だ。
そんなやつが、なぜかリサにだけは執心し、力尽くでも彼女を手に入れようとしている。
だからぼくらは、リサを守るために女子寮から食堂校舎まで送迎しているわけだ。
「あ、イツキ」
女子寮の庇の下で、リサがぼくらに気づいて大きく両手を振った。何がそんなに嬉しいのか、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
態度には感情が表れるようになってきたのに、表情がまだ無表情のままなのが見ていて奇妙だ。
その横にはルルがいて、ルルはぼくらを見ると優しげな表情を浮かべ、お淑やかに頭を下げた。
対照的な歓迎だ。
「お、リバティ・ベルもいるぜ」
「ほんとだ」
ルルの背後では、四人組の女の子たちが楽しげに会話をしている。
ぼくは無意識にポニーテールの少女、中条冬子に視線を向けていた。先日、チームの名付け親になってもらって以来、礼を言う機会にまだ恵まれていない。
その横のおさげの少女、三倉美紀子から、冬子はぼくに気がある、と聞かされてから、どうにも意識してしまう。
「あ、来たよ、冬子!」
「お、おお。……えっと……。や、高桜。おはよ。チーム名、使ってくれたんだってね」
中条冬子が後ろ手を組んで、少し恥ずかしそうに視線を外して呟いた。
真っ先に話しかけられて、ぼくは緊張しながら小さくうなずく。
「うん。ありがとう。サード・アームズ、良い名前だと思ったから」
「そっか。そう言ってもらえたら……嬉しいな……」
中条が瞳を細めて少しはにかむ。釣られて、ぼくも少し笑った。
「ね、高桜。朝ご飯、うちらも一緒に食べていい? ほ、ほら、チームじゃないっていっても、同じ特殊クラスだから、何かとコミュニケーションは大切っていうか――ひゃっ!?」
「はい、翻訳オジサン登場!」
三倉美紀子が突然背後から中条冬子に飛び掛かり、細い背中にのし掛かった。バランスを崩した中条が、数歩ぼくの方によろけてから、あわてて一歩下がる。
「ちょ、なにっ!?」
「中条はツンデレラなので、あたしが意訳しますよ。つまりはこういうことです。――ヘイ、高桜きゅん、あたしの作ったご飯とお味噌汁を毎朝一緒に食べる生活してみな~い?」
「おま――!?」
中条が三倉の首を絞めて、前後に揺する。
「ちょ、なに勝手なこと言ってんのよ!」
「……あが……あがん……冬コ……クビ入ってる……オジサ……死んでまう……っ」
大慌てで中条を止めるリバティ・ベルのメンバー。ゲラゲラ笑うマサトに、なぜか拗ねたようにぼくを睨んでくるルル。
けれど、肝心のリサはピンと来ないのか、薄い胸で腕を組んで首を傾げているだけだ。
「え、えっと……?」
言葉を発しようとした瞬間、三倉美紀子の首を放した中条冬子がぼくを振り返って、凄まじい形相で叫んだ。
「い、今のは勝手に美紀子が言っただけだからっ!! か、か、勘違いして勝手にそそそんな返事とかすんなよぅ!?」
涙目で叫んで、中条が傘も差さずに猛ダッシュで食堂校舎へと逃げ去って行った。
リバティ・ベルの残された三名が、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「いやあ、絵に描いたような見事なツンデレだわ~」
「あんな台詞を実際に言う人ってほんとにいるんだねぇ。古典的だわー」
「だからオジサンが手伝ってやったというに。困りますなあ、冬子はおぼこで」
酷い……。
なんともクセのあるチームだ。
「よっしゃ。まあ、おれらも行きますか。食堂で合流すりゃ問題ねえだろ」
「はーい」
「そーね。行こ行こ!」
マサトの傘の中に、リバティ・ベルの明菜と美沙が競い合うように潜り込んで楽しそうに歩き出した。
瞬間――。
帝都防衛高校のすべての明かりが灯った。ぼくらは全員、身を固くする。
知っているからだ。これが何を指し示すものなのか。
だけどその直後、警報ではなく校内放送が響き渡った。
――学園長の和泉水奈だ。緊急事態につき、全校生徒に告げる。
「なんだ?」
マサトが女子寮の校内スピーカーへと視線を向けた。
――帝都西防衛高校が、新たに出現した新型メタルによって壊滅状態に陥った。
一瞬、耳を疑った。
「――なッ!?」
壊滅状態だって!? 帝西には帝高と同じだけの戦力があるはずだぞ!?
「ど、どういうこと? そんなことあり得るの? 冗談でしょ……」
「しずかに。続きを聞きましょう」
三倉の呟きを、ルルが冷静に嗜める。
――死傷者数はおよそ百七十、新入生機は全滅。メタルは健在。
「……ぜ、全滅……? なにそれ……嘘……」
明菜が腰を抜かし、その場にぺたりと座り込んだ。これにはマサトも顔色を変え、立ち尽くすばかりだ。
――現在、帝高教師を含む帝大戦力が援軍として動いているが、間に合うかは不明だ。
マサトが眉をひそめた。
「早見先生も行ってるってことか?」
「そうみたいだね」
「それだけ緊急事態ということでしょう。早見先生が帝高を空けるということは、このままでは帝西は全滅する恐れがあるということです」
ルルが歯を食い縛って険しい表情を浮かべた。
――だが、帝西がどうなろうとも、東京を囲う西の壁を崩されるわけにはいかん。
心臓が痛いくらいに高鳴っている。恐怖を感じることはない。ぼくの感情は、九年前の大戦で壊れてしまったから。
――それは人類の敗北を意味する。
だけど、これほどの絶望感に駆られたのは、あの大戦の日以来だ。
もう誰ひとりとして、声を出すものはいない。
――全員、準備ができ次第、装甲人型兵器に搭乗だ。一、二年生は待機、三年生は帝西へと出撃しろ。
この発言には、学内全体がどよめいた。
教師に引き続き、最上級生である三年生までもが帝高を空けることになる。つまり帝高戦力は、通常の半分以下となってしまう。
そ……んなところを襲われでもしたら……。
――以上だ。それでは、諸君らの健闘を祈る。
腰砕けになっていた明菜に手を貸して立ち上がらせ、三倉美紀子がぼくを見つめてきた。
「ど、どうしよう、高桜……」
迷ってる暇はない。サード・アームズが特殊クラスにとっての精神的支柱であるならば、ぼくらは率先して強く動いて見せなければならない。
それが彼女らの命運に直結する。
「……大丈夫だよ」
虚勢でも何でもいい。
カラカラに貼り付いた喉で唾液を呑み下し、ぼくは顔を上げた。
「行こう、みんな。怖いだろうけど、今は装甲人型兵器の中より安全な場所はない」
「そうだな。もし新型とやらがこっちに出現したって、黙って踏み潰されるよりゃ、一発でもミサイルくれてやった方がすっきりすっからな」
「そうですね。行きましょうか、リサさん?」
「ん。行く」
ぼくらが歩き出すと、リバティ・ベルの三名が後に続いた。
「ハーイ! あんたたち!」
背後から呼び止められて、ぼくは振り返る。
リバティ・ベルのさらに後方から、傘も差さずに手を振りながらパタパタと駆けてくる人物がいる。
「よかった。捜そうと思ってたのよ~」
普段なら顔をしかめているところだけど、この状況では極めて頼もしく見えてしまうのが少しばかり悔しい。
「ツキノさん!」
「いや~、こりゃまた、どえらいことになったわねえ」
リバティ・ベルの三名の間を抜け、追いかけてきたツキノさんが片手を腰に当てた。緊張感のまるでない顔をしている。
今回ばかりはそれがありがたく感じてしまう。
「と、あんたたちは? イツキの友達?」
ツキノさんがシャギーの髪を揺らしながら、リバティ・ベルに視線を向けた。
「あ、はい。一年特殊クラスのチーム、リバティ・ベルです」
「そ。だったら~……」
ツキノさんが制服のポケットを探って、首を傾げた。シャツのポケットに手を突っ込み、髪にわしゃわしゃと手を入れ、挙げ句の果てにはシャツを片手で引いて、自らの大きな胸を覗き込む。
「あったあった。よいしょっと……はいこれ、あげる」
シャツの首もとから手を入れて、ツキノさんが一枚の紙キレを取り出した。どこに挟んでたかはあえて突っ込まない。長引きそうだから。
三倉美紀子が紙キレを受け取り、眉をひそめて尋ねた。
「えっと? なんですか……これ?」
「チーム、エンジェル・ラダーの無線周波数よ。どうせ一年生の指揮官はまた藤堂正宗になるんでしょ。だったら、最初っからうちの周波数に合わせときな。……あいつの指示で戦ってたら、あんたら、いつか殺されるわよ」
三倉美紀子が大きく喉を動かした。
おそらく、ドレッドノート級との戦いで、藤堂正宗の指揮がどういったものか身に染みているのだろう。だからこそ、「死ぬわよ」ではなく「殺されるわよ」だ。
「別に無理にとは言わないわよ。イツキ、あんたたちはどうする?」
「もちろんエンジェル・ラダーの周波数に合わせますよ。命を消耗品と勘違いしてるようなやつの下で利用されてたまるかってんだ。いいよね、みんな?」
マサトとルルがうなずき、リサが遅れてコクっとうなずいた。
「ああ、おれは問題ねーぜ」
「わたしも、藤堂くんには一度無線を孤立させられましたから」
「あいつきらい」
リサの端的なこたえに、ぼくらは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。肩の力を抜いたマサトが、ツキノさんに問いかける。
「ツキノさん、ドレッドノート級のときの周波数でいいの?」
「うん、そう。よろしく、マサト。あんたの度肝を抜く戦略、期待してるわよん」
「はは、了解。精一杯援護しますよ」
不思議なことに、安堵のため息が出た。
ただこれだけのことで、ぼくらは生き延びられる気がしたんだ。
「あ、あの――」
「なに? リバティ・ベルだっけ。あんたたちはどうする?」
三倉美紀子が一瞬ぼくに視線を向けた。ぼくがうなずいて見せると、三倉も同じようにうなずいた。
「周波数、合わせます」
「了解。名前は?」
「三倉美紀子です。こっちは瀬奈明菜、もうひとりは七海美沙、あとひとり、ここにはいませんが、リバティ・ベルのリーダーは中条冬子です。冬子にはあたしから知らせときます」
「オッケ。おぼえた。よろしく、ミッキー。無理すんなよぅ?」
戯けたような口調で、ツキノさんが三倉の鼻先を指でつつく。
「は、はい! よろしくお願いします!」
三倉美紀子にしては、ずいぶんと丁寧に喋っているけれど、よくよく考えたらこの天川月乃という人物は、二年の撃墜王だ。
変な行動ばかり見ているから、すっかり忘れていたよ。
「さ~て、と。うちらも、そろそろ行くかね」
ツキノさんが片腕をぶるんぶるん回して、背中を向けて歩き出す。
気づけば、雨は上がっていた。
重苦しい鉛色の雲の隙間から、太陽の光が射し込んでくる。
「あ……」
天川月乃の後を、いつの間にそこにいたのか、腰まである長い金髪の少女が小走りで楽しげに追いかけて行った。
ツキノさんに親しげに腕を絡めて、楽しげにスキップをしている。
さらにそのすぐ後から、女性にしてはガタイの大きなベリーショートの少女が力強く歩き、最後にぼさぼさ髪の眠そうな瞳の少女が猫背で続く。
ぞわりと、全身が騒いだ。
全員が女性、だけど違う。
全然違う。他のどのチームとも、どの先輩とも。全員に自信が漲っている。
彼女たちを見ているだけで頼もしい。背筋がゾクゾクするくらいだ。
マサトが感嘆の声を漏らした。
「すげえ……、わかるか、イツキ……。彼女たち、たぶん全員がツキノさん並だぜ……」
「だろうね。表情でわかる」
彼女らには、他の人たちが持っていない空気がある。うまくは言えないけれど、あの人たちには早見先生が醸し出す雰囲気に似たものを感じる。
いや、もっと熱く。もっと激しく。燃え盛る炎のように。
彼女らは誰ひとりとして、自分が死ぬことなど想像すらしていない。だから胸を張り、笑顔を作り、前へ進める。
間違いなく凄腕だ。
その上で、ぼくらは思い知らされた。これが精神的支柱になるということなのだと。
「マサト。あの人たちが――」
「たぶんな」
二年のエースチーム。
初年度から誰ひとりとして欠けることなく戦い続け、最上級生よりも戦果を上げ続けてきた帝高の革命児と呼ばれるものたち。
帝都防衛高校、現最強チーム――エンジェル・ラダー。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




