Apoptosis――自壊⑤
帝都防衛高校、食堂。
全学年が出撃から同時に帰還したためか、今日は特に混み合っている。たまたま食事を終えた団体が席を立ったから、みんな揃って座れたけれど、テーブルがふたつに分かれてしまった。
「チーム名?」
騒がしい雑踏の中にいるため、ぼくはいつもよりわずかに声を張った。
「うん。今週末までに決めなきゃ、先生方から勝手に決められるんだよ」
食堂の長テーブルを挟んで、丼から割り箸で蕎麦を持ち上げたまま、中条冬子がうなずいた。中条冬子が蕎麦を口に運ぶと、右手にサンドウィッチを持ったおさげの少女、三倉美紀子が言葉を継ぐ。
「それがないと、チーム単位での指揮ができないからだってさ。ほら、いちいち四人分も名前を呼んでいたら間に合わないっしょ?」
入学式の日にリサを笑った女の子の片割れだけど、今はリサの隣の席で、箸使いの苦手なリサに持ち方を教えている。
うまくできないリサは、若干泣きそうな顔をしているけれど。
「そうだよなあ」
チーム名か。
考えたこともなかったけど、確かに指揮を円滑にするためには必要だ。ツキノさんのチームも、天使の梯子と名乗っていたし。
「特殊クラスでチーム名がないのって、もう高桜たちだけだよ」
「そうなの!? 中条や三倉たちはもう決めてんの?」
ポニーテールの中条冬子と、おさげの三倉美紀子が顔を見合わせてからぼくへと向き直り、至極当然といったふうにうなずいた。
「あったりまえじゃん。ちなみにうちのチーム名は自由の鐘ね」
「へえ。リバティ・ベルか。綺麗な響きだね、それ」
ぼくがそう言うと、三倉美紀子が嬉しそうに白い歯を見せた。二本のおさげが彼女の肩で揺れる。
「冬子が考えたんだよ。ね?」
「まーね」
中条冬子が照れた顔を誤魔化すように下を向き、月見蕎麦の卵を箸で潰した。
「何にせよさ、高桜たちも早く決めないと早見先生に変なのつけられるよ?」
「そうそう。去年、早見先生に付けられたチームの名前、聞いた? 冬子」
「あー、うん、聞いた聞いた」
中条冬子と三倉美紀子が、苦笑いで同時に口を開けた。
「青色一号」
「合成着色料かってーの。勘弁して欲しいよ」
「あははっ、早見先生はイケメンだけどネーミングセンスがないって、上級生の間じゃ有名だもんね」
「そうそ。色と数字でしか付けないんだよな、あの先生」
なるほど。色の五十音順で青、最初につけたチーム名だから一号といったところか。
うちのチームは色がバラバラだから、虹色三号とかにされかねない。
「チーム名だけじゃなくて、自分の機体名もカンオケなんて名前だし。九年前の大戦ですべての英霊を乗せて帰ってきたからキャスケット、なら格好いいんだけど、どうもそれ以前からキャスケットだったらしいしね」
女子ふたりが大きな声で笑った。
早見先生……。ぼくも、あなたに付けられるのだけは避けたいです……。
虹色三号やチームゾンビなんて付けられた日には、目も当てられない。
「けど、チーム名かあ。苦手なんだよな、そういうの考えるのって」
ソースではなく、出汁醤油と手作りマヨネーズで絶妙な味付けをされたお好み焼きを、ゆっくり口に運びながら考える。
うまい。中に入っているエビやイカ、ホタテから、実に良い出汁が出ている。ソースでは壊れる風味も、出汁醤油であれば生きてくる。
計算し尽くされた完璧な味付けだ。
が、肝心のチーム名の方は何も思いつかない。
月見蕎麦を食べ終えた中条冬子が、隣のテーブルでルルを囲んで楽しげに話す三人の男子を指さして頬杖をついた。
「ちなみに成宮に群がってるあいつらは、ジョックだとさ」
「ジョック?」
「アメリカのスクールカーストで最上位のやつらのことだよ。……まったく、差別主義者の関口らしいネーミングセンスだわ」
入学式の日に、リサを最下位にしようとした関口だからこそ、か。
まあ、そのことはもういい。関口はあれ以降、リサにちょっかいを出していないのだから。
そんなことよりも、今はチーム名だ。稀代の英雄に面と向かっては言えないけれど、チーム合成着色料はごめんだ。
マサトやルルに相談しようにも、マサトはテーブルの隅でチーム、リバティ・ベルの女子生徒ふたりに挟まれて鼻の下を伸ばしているし、ルルは隣のテーブルでジョックの三名に囲まれていて、受け答えだけで精一杯だ。
だからといって、箸を使うことをあきらめてカレーうどんの丼を両手で持ち上げ、うどんごとゴクゴク飲み出したリサに相談したところで、おそらく首を傾げられるだけだろう。
制服の首もとは、すでにカレー色に染まってしまっている。お目付役の三倉美紀子が、あんぐりと口を開けて呆けているのが少しおかしい。
あ~あ~、またあんなにこぼして……。
見かねた三倉が甲斐甲斐しく、リサの口元をハンカチで拭う。
今回、ぼくやマサトやルルは出撃できなかったけれど、リサが特殊クラスと打ち解け合うには、むしろその方がよかったのかもしれない。
「ねえ、高桜」
「ん?」
割り箸を挟みのようにちょきちょき動かして、中条冬子がニッと笑った。
「あたしが付けてあげよっか?」
「へ?」
「この前のドレッドノート級との戦いでさ、あたし思ったんだよ。うまくは言えないんだけど、高桜と多岐、アバカロフと成宮には、あたしたちが持ってる二本の腕の他に、もう一本、腕があるんじゃないかって」
意味がわからず、ぼくは額に縦皺を刻んだ。
「ほら、美紀子。あんたからの方が伝わるだろ」
「おうさー。あのさ、高桜」
ぼくはカレーでどろどろになったリサを挟んで、三倉に視線を向けた。
「うん?」
「おぼえてるかな? ドレッドノート級が、逃走する新入生機の全機にロックオンしたときのこと」
「ああ、うん」
たしか、一度目のミサイル掃射の後。藤堂正宗が撤退指示を出したときのことだ。
射出されたメタルのミサイル二十八基を撃ち落とすためにリサが戦場を高速離脱し、ぼくとルルはハンドガンを乱射して、新宿御苑を這いずって逃げていた装甲人型兵器を狙ったミサイル一基を、どうにか直前で撃ち落とすことに成功した。
「その装甲人型兵器に乗っていたのは、わたしだったのさー。脚部を撃ち抜かれてさ、下半身が動かなくなっちゃっててねぇ。いやあ、ありゃ死んだと思ったわ」
「――っ、三倉だったのか!」
「うん。あんたと成宮がいなかったら、わたし、たぶんもうここにいない」
三倉美紀子がぺこりとぼくに頭を下げる。
二本のおさげが細い肩を滑って垂れ下がった。
「ありがとう、高桜」
「そっか……そっか。よかった……ああ、よかった……」
あの瞬間よりも深く、より深く。ぼくは安堵の息を吐いた。
目の前で元気に話す彼女を見ているだけで、何だか安心できる。
「美紀子だけじゃないよ。あたしだってロックオンされていたところを、アバカロフに助けられたんだから。それで思ったんだ。あんたたち――高桜や多岐、アバカロフや成宮には、あたしたちが持っていない第三の腕があるんだって」
第三の腕……。
「それはさ、二本の腕じゃ持ちきれない重さの命とか、届かない場所にある消えかけた命とか、そういうところにだけ伸ばされる救いの手なんじゃないかなって……思った……」
中条冬子がひとつ咳払いをして、一瞬で頬を染めた。
「も、もちろん嫌だったら断ってくれていいんだけど。一応言わせて。あたしが考えた高桜たちのチーム名は、第三の腕」
「……サード……アームズ……」
ぼくが呆然と呟くと、中条冬子は三倉美紀子を促して、空の丼の載ったトレイを両手で持ち、早々に席を立った。
「ご、ごめん、やっぱハズい。聞かなかったことにして」
よほど恥ずかしかったのか、腕の先まで真っ赤になっていて、瞳には涙が浮いている。これじゃまるで意中の相手に告白でもしたかのようだ。
「……うん……、いや。いいな、それ! いいよ、中条!」
「そ、そう? ま、あんたたち全員が気に入ったらって話だから。じゃ、じゃあ、あたしらは先に寮に戻ってるから」
中条冬子がスタスタと歩き出すと、三倉美紀子があわてて立ち上がった。
「あれまあ、照れちゃって。高桜にあげたいって自分から言い出したクセに」
「そうなの? なんで?」
「そうなのですよ、高桜くん。あんだけあからさまに好き好き光線出してんだから、ちょっとは拾ってあげてよぉ」
数秒間、言葉を噛み砕いて、ぼくは驚愕に目を見開く。
「……はえ!? そ、そうなの?」
「そうですとも。冬子は一見すると男前でサバサバな性格をしておりますが、ありゃあ、紛れもなくめんこい女の子なんですぜ、旦那。まあ、高桜の横にはアバカロフがいるってのは、もう周知の事実だけどさ。いや~、彼女のいじらしさにはオジサン泣けるわー」
三倉がエアハンカチでエア涙を拭き取る素振りを見せると、カレーうどんで口元をべとべとにしたリサが彼女を見上げた。
「わたしはここにいる」
「いえいえ。そういう哲学的なアレじゃなくてですね、アバカロフちゃん」
「んー? 三倉の隣でカレーうどん、食べてる?」
「それはちょいと現実的すぎますなぁ。う~ん、ま、いいや」
企み顔で笑ってから美紀子はサンドウィッチのトレイを持ち上げ、マサトを挟んで座る女子ふたりに声を掛けた。
「お~い、帰るよ~! 明菜、美沙!」
「はーい」
「あいさー。じゃーね、マサト」
「おう、またな」
女子に手を振って見送ってからマサトが席を移動し、さっきまで中条の座っていたぼくの正面の席の椅子を引いた。
ほぼ同時に、ルルがトレイを持って移動してきて、マサトの隣の席に腰を下ろす。
「あれ? ルル、ジョックのやつらも帰ったの?」
「はい、イツキさん。わたしたちのところに長居したら、リーダーの関口さんがあまり良い顔をしないそうです。理由は話してくれませんでしたが」
ぼくとマサトが同時に苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「……あの、このチームと関口さんの間には、何かあったのですか?」
「ああ。入学式の日にちょっとモメてな。悪いが、ここじゃ、あまり話したくねえ内容だ。あとでおれの部屋に内線を繋いでくれ」
「あ、はい。でしたら後ほどかけさせていただきますね、マサトさん」
マサトの視線の先にはリサがいる。
おそらく、リサに気を遣ってくれたのだろう。
長めの明るい髪や、はだけた胸元で光るロザリオといったチャラい格好にもかかわらず、多岐将人は常に状況を読み、他者に気を遣う。
だから入学式のあの日、ぼくらを庇って孤立したんだ。
今だって、少し人数が減ったとはいえ、ここは食堂だ。誰が聞き耳を立てているかもわからない。そして、不穏な噂はリサを傷つける。だから内線で説明すると言ったんだ。
多岐将人は見かけに寄らず善人だ。
「おれらも解散すっか。今日はさすがにみんな疲れただろ」
「そうですね。わたしも慣れない運転で――」
ぼくはあわてて彼らの会話を遮る。
「あ、待って。話があるんだ」
「ん。チーム名」
腰を浮かせたマサトが、ぼくとリサの一言で再び椅子に座った。
「ああ、そういや、週末までに決めなきゃなんねえんだったな」
「と言われましても、簡単には……。担任の早見先生にお任せしてはどうでしょうか」
ぼくが反論を口にするよりも早く、リサが端的に呟く。
「だめ。早見士郎が決める名前は、だめ」
珍しく主張するリサを、ルルもマサトも目を丸くして眺めている。
「ん。だめ。変な名前になる。だめ。絶対。ん。だめ」
何回「だめ」って言うんだ……。ふたりの過去を知らないから何とも言えないけれど、何かトラウマでもあるんだろうか……。
「わかった、わかったから落ち着け、お姫さん」
「落ち着いた。イツキに良いアイデア、ある」
マサトとルルの視線がぼくへと向けられる。
「ああ、えっと。ぼくのアイデアじゃなくて、中条がこのチームを見て付けてくれたんだけど、サード・アームズってどうだろう?」
「サード・アームズ? 第三の腕でしょうか?」
ルルがそう呟くと、マサトが両腕を胸の前で組んで眉を曲げた。
「第三の兵器じゃね?」
「いや、ルルので合ってる。第三の腕だよ」
ぼくは中条冬子にされた説明を、マサトとルルに語った。
そして食堂からすっかり賑わいが消える頃には、マサトとルルの表情にも笑みが浮かんでいた。
「二本の腕では持ち上がらない重さの命や、届かない場所にある消えかけた命に伸ばされる、第三の腕か。悪くねえな。異論無しだ」
「わたしも良いと思います。名前負けしないように頑張らないとですねっ」
ぼくは隣に座るリサに視線を向ける。
「リサも、いい?」
「ん。わたしは元々問題ない。中条は良い名前をくれたと思う」
「よし、決まりだ! ぼくらのチーム名は、サード・アームズだ!」
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