Apoptosis――自壊④
結局のところ、装甲人型兵器の回収に時間を浪費しすぎたぼくらは、その日の戦いに参加することができなかった。
けれど、ぼくらがそれぞれの機体に搭乗して帝高へと戻ったときに戦いが終わっていたということは、問題なく人類側の勝利だったということだ。
ぼくらが戻ったときには、リサはすでに格納庫に立ち、早見先生と一緒に、まだ放熱している空色のベルベットを見上げていた。
他の機体は、まだグラウンドだ。
「リサ!」
「イツキ、無事でよかった」
リサが小さな全身で喜びを表すように、子犬のように駆け寄ってきた。
「メタル出たって聞いた」
「うん。でも何とかなったよ。ケガもしてない」
ミサイル砲を弾いた左腕に鈍い痛みはあるけれど、実際にケガをしたわけではなくて脳が引き起こす幻視痛のようなものだから、数時間もすれば治るだろう。
リサが薄い胸を撫で下ろし、ぼくを見上げて少しだけ微笑んでくれた。それだけで幸せな気分になる。我ながら単純だ。
少しだけ首を傾げたせいか、長い白髪がさらさらと流れる。
「ん。よかった。心配した」
「なんだよ、お姫さん。おれの心配はしてくんねーの?」
「マサトもルルも、無事でよかった」
「あは……、リサさんったら、そんな取って付けたみたいにぃ……」
ルルの苦笑いに、ぼくらは互いの顔を見合わせて笑った。
リサの後を追うように、早見先生がゆっくり歩いてきた。
「先生、ただいま戻りました」
「ああ。よく無事で戻ってくれた。高桜、多岐、成宮」
早見先生が、ほんの一瞬だけいつもの穏やかな表情を浮かべた。しかし、その表情はすぐに引き締められる。
負傷者七名。犠牲者なし。戦果はネイキッドの無線から聞こえてきた通りなら、タンク級メタル百二十機の撃破。
完全勝利と言って差し支えのない結果だと思う。
今や東京中に、タンク級メタルの残骸が散らばっている。回収業者が哀れに思えてくる規模だ。
だけど、グラウンドから聞こえてくるお祭り騒ぎで勝利に湧く学生らとは逆に、早見先生の表情はどこか曇っていた。
おそらくは、ぼくが抱いた疑問と同じことを考えていたのだと思う。
「まずは互いの報告からだ」
メタルの自壊。あるいは神風とも取れる無謀な特攻。機械とはいえ生命体であるにもかかわらず、最初から生き残る気はもちろん、人類を駆逐しようとする意志も、連れ去ろうとする意志さえないに等しい、無意味な戦略。
いや、人工知能ではなく人工無能の時点で、機械生命体と呼べるのか。
これらすべての要素が、戦闘に出た学生たちとぼくらの報告で共通していた。
「やはりそうか」
「この現象について、先生には何か思い当たることでもあるんですか?」
五番格納庫。
ぼくらのチームに囲まれるような位置で両腕を胸の前で組み、目を閉じて報告を聞いていた早見先生が、ゆっくりと目を開けた。
「すまないが、高桜。おまえの疑問にこたえてやることはできそうにない。私にもわからないのだ。こんなことは九年前にメタルが出現して以来、初めてのことだ。メタルの世界で何かが起こっているのか、それとも何らかの作戦を狙ってのことだったのか。……いや、憶測はやめておこう」
マサトが眉を歪めて問いかける。
「メタルの世界で何かが起こったってのは、たとえば新たな上位メタルを作る材料が尽きたとかですか?」
ぼくとルル、そして早見先生の視線がマサトに集まった。
もしもその意見が正しいのであれば、これ以上の朗報はない。
だけど早見先生はため息混じりにマサトを諫めた。
「……それも可能性に過ぎない。油断に繋がる具体例は、他の生徒らの前ではあまり口に出すなよ、多岐。チーム内ディスカッションまでにしておけ」
「はい、申し訳ありません!」
マサトが素直に頭を下げた。
「だが、こたえのないことを今は考える必要はない。そのようなことよりも、全力でクラスメートたちの健闘を祝ってやれ。勝利の味を知れば、彼らはさらに強くなる。おまえたちのチームのようにな」
「はい!」
マサトはあいかわらず、早見先生には最大限の敬意を払っている。それは九年前に彼に命を救われたぼくもだけれど。
おそらくそうではないリサが、議論中に珍しく口を開いた。
「早見……先生」
「なんだ、アバカロフ?」
リサが短い右手を挙げて、人差し指立てる。
「陽動?」
早見先生が首を左右に振った。
「今回は見られなかった。帝西の防衛区域にもタンク級が多数出現していたが、戦況は帝高も帝西も変わらん。人類側の圧勝だ」
リサが人差し指に続き、中指を立てる。
「自爆、汚染?」
「それらもやはり見られなかった。ただの一機たりともだ」
リサが薬指を立てた。
「では、修復、装填」
「……? ――ッ!?」
数秒の間をおいて、早見士郎の顔色が変化した。
前者ふたつはぼくらにも理解できた。だけど、最後の意見はわからない。
最初から特殊クラスにしか入れなかったぼくはもちろんだが、特進クラスから来たマサトやルルですら眉間にシワを寄せている。
「そのようなことが可能なのか、アバカロフ?」
「わたしの記憶には存在しない。あるのは、理論と理屈――ん……ちがう、ちがう……たぶん……そう」
リサが手を下げて視線を斜めに上げ、言葉を選ぶように思案する素振りを見せた。
「……机上の空論? 絵空事?」
「そうか。だが、もしもそうだとするのならば次はそう遠くない」
「ん。備えあれば憂いなし?」
「とにかく回収処理を急がせる。だが、今回の有様では一週間やそこらでは不可能だ」
ルルが首を傾げて口を開けた。
「あの、どういうことでしょうか」
「すまんが確定情報ではない。まだおまえたちに正式に言えることではないため、ここだけの話にして欲しい。誓えるか?」
ぼくらは一度顔を見合わせてから、早見先生に向き直ってうなずく。
「よろしい。――メタルの世界で新型が生み出された可能性がある」
「えッ!? し、新型っ!?」
どくん、と奇妙な形で心臓が鼓動し、思わず上擦った声が出てしまった。
リサが小さな両手で、ぼくの唇をぺたりと塞ぐ。
「イツキ、だめ。声大きい。しー」
「あ、う、うん……」
リサに諫められる日が来ようとは。なんだかリサは、日に日に感情が豊かになってきているように思える。この環境にようやく慣れてきたのだろうか。
早見先生が険しい表情で、腰に片手を当てた。
「心配するな。もしも新型が出現したとしても、その特性に目星はついた。だが、これ以上はまだ言えない。さっきも言ったように確定情報ではないからだ。余計な予備知識は判断を狂わせかねない。おまえたちも今回の勝利を祝っている間は特にだが、迂闊にこのことを口には出すな。士気が下がる恐れがある」
早見先生が背中を見せて、足早に歩き出した。お祭り騒ぎをしているグラウンドへではなく、校舎方向だ。
「私は少し和泉学園長と話をせねばならなくなった。おまえたちはグラウンドで皆を出迎えてやれ。特殊クラスの精神的支柱となったおまえたちが祝ってやれば、彼らはもっと強くなれるだろう」
「あ、はい……」
呆然と立ち尽くすぼくらを置いて、早見士郎は戸口から格納庫を去って行った。
新型……。
メタルはまだ進化し続けているのか。ただでさえ人類科学を遙かに凌駕しているというのに。いや、まだ決まったわけじゃない。タンク級の出現と何の関係があるのか。
「お、みんなの帰還だぜ」
ぼくは頭を振って深呼吸をし、五番格納庫へと最初に帰投した機体を見上げた。
ドレッドノート級メタルのときに迎えられたぼくらが、今度は手を振ってクラスメートを出迎える。あのときは上級生もぼくらを出迎えてくれる側だったけれど、今回は彼らも出撃していたため、迎えは四人だけだ。
八機の装甲人型兵器に乗ったクラスメートたちが、次々と自らの機体を所定の位置につけ、コクピットのハッチから飛び出してきた。腕部を伝って格納庫に足を付け、互いのチームメイトの無事と健闘を称えて抱擁している。
「やったな!」
「ああ!」
「うわぁぁん……生き残れたよぅ……」
「よしよし、大丈夫大丈夫」
誰も死ななくて、本当に良かった。そう思える瞬間だ。
彼らはぼくらに向き直って胸を張り、こちらへと歩いてきた。
けれど八名のクラスメートの中で、ただひとり、ぼくを睨み付けただけで、無言のまま校舎へと続く戸口へと歩き出した人物がいた。
入学式の日にリサを仲間外れにしようとした、お山の大将こと関口だ。
「高桜!」
名前を呼ばれて振り返ると、満面の笑みでポニーテールを振りながら中条冬子が駆け寄ってきた。
「中条! 無事で良かった!」
無意識に互いに手を出し合い、固い握手を交わす。
「聞いてよ、高桜! アバカロフの指揮のおかげで、うちらすンごい戦果を上げられたんだよ! タンク級だけどチーム四人で十機も落としたんだから! 今回の戦いで報酬金が入ったら機体の強化もできそうだよ! 全部あんたたちのおかげだわ!」
「おお、やったじゃねーか、冬子。これでチーム全員の生存率もぐっと上がるぜ」
マサトが邪気のない笑みを浮かべると、中条冬子が興奮冷めやらぬ様子でマサトの胸を軽く叩いた。
「あんがと、多岐! ――それと、足引っ張ってごめんな、アバカロフ。助かったよ」
「ん。気にすることない。みんな無事でよかった」
「おめでとうございます、中条さん。次の戦いでは、わたしがサポートしますね」
「うん! 成宮もありがとう! よろしくな!」
中条冬子のチームは、全員が女子で構成されている。うちふたりは入学式の日にリサを最初に笑った女の子だけれど、もはやそれを気にする者はここにはいない。
当事者たちも、戸惑うリサの手を取ってぶんぶん握手をしているような状況だ。
おそらくあの件を引きずっているのは、関口ひとりだけだ。ぼく自身も言い過ぎたこともあって和解をしたいと思っているのだが、顔を合わせるたびに敵意丸出しで睨まれてはどうにもできない。
いつか妙なことにならなければいいけれど――。
中条冬子を除く三名の女子が、こぞってマサトに詰め寄っているため、関口のチームの男子三名はもう苦笑い状態だ。
そんな彼らに、サイドテールを解きながらルルが眩しい笑顔を向けた。
「皆様も、よくご無事で」
「お、おお。な、成宮さんたちも大変だったんだって? 軽装甲機動車で逃げ回ったってきいたけど」
「はい。ですが、イツキさんやマサトさんの活躍でどうにか乗り切れました」
ルルがにこやかに笑って、胸の前でガッツポーズをする。あっという間に、男子三名の顔が赤色に染まった。
何が大変って、メタルもそうだが、それ以前にルルの運転も相当大変だったわけだが。
「そっか。オレらがいたら守ってやれたのにな?」
「お、おうよ」
「ふふ、では次の戦いでは期待させていただきますね」
天然の男性キラーだ。
男子三名が彼女を意識しまくっていることに、ルル本人はおそらく気づいていない。哀れな話だ。
「さーてと」
マサトが一度大きく手を叩いて、注目を集めた。
「んじゃ、みんな疲れてっし、これから全員で飯でも食いに行くかね?」
満場一致で、ぼくらは五番格納庫を出て、お喋りを楽しみながら食堂へと歩き出した。
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