Apoptosis――自壊③
ネイキッドの感覚センサーを頼り、空間を震わす着弾音の位置を探る。
センサー特化型のOSと新装備を積んだルルのキャンディフロスであれば、瞬時に正確な位置を探り当てられるだろうけれど、近接戦闘に特化させたネイキッドでは、無数のビルで反響する着弾音の距離を探ることさえ至難の業だ。
気は焦るが、デタラメに追いかけても時間を食うだけだ。
数十秒後、ぼくの視界の隅に赤い文字が浮かび上がった。
――一時方向、距離七百七十八メートル。平均時速九十一キロで北西に移動中。
「ネイキッド、リミッター・オフ」
グライドの姿勢を取るべく、ぼくはネイキッドの右足を軽く前に出し、上体をゆっくりと下げた。
たったそれだけの動作だ。しかし。
「――?」
瞬時に違和感が湧き、思わず姿勢を上げて掌に視線を落とした。
軽い。
肉の身体を動かすときよりも、これまでの鋼鉄の肉体を動かすよりも、ずっと軽い。だから脳が混乱して、ぼくは姿勢を崩してしまった。
基本性能の底上げが、これほどのものだったとは。先日までとは、まるで別の機体に乗っているかのようだ。
「よし……! 行っけぇぇーーっ!!」
背中のバーニアが炎色の翼を広げた。
直後、想像を絶する加速でネイキッドが疾走する。高性能カメラアイですら景色が溶け、空気の壁に上体を持って行かれそうになったぼくは、あわててさらに身を屈めた。
視界の隅に、一瞬で赤文字が浮かび上がる。
――警告、速度危険域に達します。
――警告、機体クラッシュ時における生存率が著しく低下します。
「速度警告を消せ!」
本来であれば警告を消すなど自殺行為にも等しいが、今は一瞬でも視線を奪われる方がマズい。
脚部関節で地面の凹凸を吸収しながら乗り越え、進行方向へと身を傾ける。恐ろしい速度で、景色が前方から後方へと流れてゆく。
建物を認識した瞬間には後方に置き去りに、放置車両を飛び越えて、野生化して巨大に茂った街路樹を、身を倒して回避する。
「お、おお……」
通り過ぎたビルのガラスが風圧で次々と砕け散り、水たまりは跳ね上がって干上がり、ネイキッドが通った道路が一変されてゆく。
ゴォゴォと超伝導量子干渉素子を通じて耳元で流れる風の音が心地良い。
これがツキノさんやリサが普段見ている速度域――そしてそれ以上の速度域にいるのが、稀代の英雄である早見士郎!
視界の隅の速度計は、時速百七十キロを超えている。これまでのネイキッドでも出せない数字ではなかったが、それは高速道路のような、十分な加速距離があってのことだ。
引き替え、この速度域に到達するまでに要した時間は、わずか数秒。
「――ッ!」
前方の丁字路に、ぼくはあわてて限界まで鋼鉄の肉体を傾けた。
「く、曲っっがれぇぇ……!」
斜めに迫る壁。曲がりきれない。
悟った瞬間、ぼくはとっさに両脚を振り上げる。
ビルの壁を蹴るように壁面でグライドをした瞬間、ひび割れた壁が倒壊した。
だけど、壁面が砕けたときには、もはやネイキッドはそんなところを走っていない。
まるで昔映画で観た忍者のように、鋼鉄の機体が地面と平行に宙へと投げ出され――。
「ちょ……わぁぁぁッ! くっそ――がぁ!」
下半身をひねって高速で流れるアスファルトに両脚部で着地し、左右のビル壁を鋼鉄の肩で削りながら、バックグライドからグライドへとどうにか移行する。
「し、死んだと思った……」
感覚をすべて鋼鉄の肉体に持って行かれたはずなのに、心臓が早鐘のように鳴っているのがわかった。
一瞬の気の緩みが、大惨事に繋がりかねない。
だけど、悪くない。なぜならこれで一歩、ぼくは早見士郎に近づけたのだから。
「見つけた!」
視線の先に小型メタルの背中と、今にも追いつかれそうな距離に軽装甲機動車を捕捉した。
01式軽対戦車誘導弾の弾薬が尽きたのか、マサトはもう天井のハッチから身体を出していない。
両者の距離はもう数十メートルもない。
ミサイル砲を撃たれたら、偶然ですら回避できる距離じゃない。本来なら、より大きな音と熱源に向かい来るはずのメタルも、ネイキッドとはまだ距離が開きすぎていて、優先順位が軽装甲機動車よりも下だ。
ハンドガンにとっさに手を伸ばし、歯がみする。
だめだ! ぼくの腕じゃあてられないどころか、軽装甲機動車にあてかねない!
メタルの砲門が上下左右に揺れて止まった。
軽装甲機動車に照準が合ったのだと瞬時に理解する。
ざわっ、と全身が騒いだ。
九年前から体内に巣くったどす黒い感情が、獰猛な鎌首をもたげる。
ふざけるなよ、屑鉄め! 九年前、ぼくからすべてを奪った貴様らが、今日またさらに友人まで奪っていくというのか!
「……壊してやる……」
さらに速度を上げる。他に方法はない。
恐怖はない。九年前の首都大戦で置き去りにしてきたから。
恐怖と引き替えに得た、誰にも見せられない歪な笑みが、自然と浮かぶ。
「――ネイキッドッ、全開だッ!!」
機体限界までバーニアを噴かす。
視界の隅の速度計が、ほんの一瞬で時速二百キロを振り切った。以降は計測不能領域だ。
さらに分厚さを増した空気の壁を、両腕を交差することで突破し、秒を感じる間もなく追いついたメタルの背面へと、憎しみそのままに左腕を上げた。
くたばれッ!!
超伝導量子干渉素子を通じて鋼鉄の指先に、金属の弾ける感覚が走った。構わず、腕を振り抜く。
メタルがキャタピラの片側を浮かせたのとほぼ同時。放たれたミサイル砲が、軽装甲機動車をわずかに逸れて遙か前方で弾けた。
どうだっ!
数瞬の後、ネイキッドに進行方向をずらされたメタルは右側のビルへと猛スピードでクラッシュ、ネイキッドは軽装甲機動車を追い抜いて数百メートル先でバックグライドをして勢いを殺し、両脚部を割れたアスファルトへと付けた。
心臓がバカみたいに跳ね上がっている。血流を押し出しすぎて、全身が痛いくらいだ。
ネイキッドの足元へと、軽装甲機動車が停止する。
ことここに至って、ぼくはようやく自分が息を止めていたことに気がついた。喘ぐように空気を求め、軽装甲機動車から降りた友人ふたりの姿に、鋼鉄の肉体であることを忘れて胸を撫で下ろす。
しかしその直後、タンク級メタルは凄まじいモーター音で崩れたビルの瓦礫から後退して這い出ると、再びぼくらへと砲門を向けて走り出した。
「まだ――がぐッ!?」
直後に放たれたミサイル砲を、ネイキッドのタングステンシールドでとっさに弾き、鋼鉄の身を挺して爆風からマサトとルルを守る。
タングステンシールドがヒビ割れ、大きく窪んだ。
ネイキッドの左腕部から超伝導量子干渉素子を通じて、ぼくの左腕に激痛が走る。
「痛……ッのやろう!」
ぼくはネイキッドを走らせてふたりから距離を取り、再びバーニアに炎を灯し、グライドを開始した。
狙いは砲台。
間違っても本体は貫けない。メタルは大小問わず、破壊前に核となる基盤を電磁力を帯びた武器でショートさせない限り、辺り一帯を巻き込んで自爆し、周囲三キロをナノ物質で汚染するから。
タンク級メタルの砲台が上がり、再びミサイルが射出された。むろん、軽装甲機動車にではなく、今度はより大きな熱源であるネイキッドにだ。
超高速でミサイルが迫る。
シールドの耐性はすでに限界を超えている。タングステンシールドはミサイルに対応したものではなく、対機関砲用だからだ。今度まともに受け止めれば、左腕部ごと持って行かれかねない。
だけど、避けたらマサトやルルが死ぬ――!
「――く、ンのッ!!」
ぼくはとっさに左腕部に装着された壊れかけのシールドを下げ、限界までミサイルを引き付けてから一気に振り上げる。
ガンッと音がした直後、シールドに跳ね上げられたミサイルが方向を去なされ、ネイキッドの斜め後方の空で大爆発した。
同時に、完全に壊れてしまったシールドが吹っ飛び、大地に転がる。
左腕に走った凄まじい激痛を黙殺し、ぼくは超高速でメタルと交差する瞬間に、腰部に装着されていた刺突剣を抜き放った。
「う、おおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!!」
タングステン製の細い刺突剣が、メタルの砲台を貫き、銀色の車体ごと持ち上げる。
衝撃はごくわずか。金属を貫く音と、右腕部に感じるメタルの重量のみ。やけに軽く感じるのは、ネイキッドの関節部の出力が上がったからか。
背中のバーニアが、さらに炎の翼を巨大化させてゆく。
「らあああぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!」
ぼくはメタルを串刺しにしたまま数百メートルを疾走し、正面に見えた超高層ビルへと刺突剣ごと突き刺した。
凄まじい音が鳴り響き、超高層ビルが大きく前後に揺れる。
壁面に縫い付けられたメタルは、モーター音を響かせながら砲台を振ろうとするも、突き刺さった刺突剣が邪魔をして自由に動かすことができない。
「か、勝った……」
最下級メタルだけれど、どうにかひとりで討ち取ったぞ。
あとはゆっくり装甲を剥がし、核となる基盤をショートさせれば完全勝利だ。
慎重に刺突剣の柄から鋼鉄の手を放し、ぼくはようやく一息ついた。
電磁ロッドは、ハンドガンやタングステンナイフと同じく、すべての装甲人型兵器に等しく標準装備されている。
タングステンナイフを抜き放ち、モーター音を響かせながら空中でキャタピラを空転させているタンク級メタルへと鋼鉄の腕を伸ばす。
ドレッドノート級とは違って、単純構造のタンク級は装甲の継ぎ目がほとんどない。本体に装着された砲塔部分のみだ。
ぼくは先にキャタピラを斬り裂いた上で、砲塔部分の継ぎ目にタングステンナイフを差し込み、てこの原理でタンク級メタルの砲塔と本体を引き剥がした。
バキン、と音がして、メタルの本体が大地に転がり落ちる。
あらかじめ駆動力を奪っておいたおかげか、メタルは地面に転がってもモーター音を上げるだけで、まともには動けない。砕けた地面で藻掻くだけだ。
だが、ぼくは違和感に気づいた。
タンク級であれば、本来あるべき場所に核となる基盤が見当たらない。
「……おかしいな。ネイキッド、分析」
声紋認証によるコマンドだ。
ネイキッドにはルルのキャンディフロスほどの分析力はないが、核を発見する程度のことは可能なはずだ。
だが。
――タンク級メタル。全長十一メートル。砲門一。自己修復能力なし。
赤文字が視界の隅で点滅する。
そこに核となる基盤の情報はない。
「もう一度だ。分析、核」
――検知できず。破壊時に自爆なし。汚染物質なし。推定、人口無能。
人工知能ではなく、人工無能……? 単純なプログラムでしか動いてないのか……?
わからない。自爆はしなさそうだが。
念のためにルルやマサトが十分に距離を取っていることを確かめてから、ぼくは鋼鉄の手にハンドガンを握った。
銃口をタンク級メタルに押し当て、引き金を絞る。
ドン、と大地を穿つ音がして、中央部に風穴を空けたタンク級の動きがようやく停止した。
分析通り、爆発する気配はない。タンク級はただ部品をぶちまけて、その場に転がっているだけだ。
なんだか気持ちが悪い。
なんだ、これ……。なんの意味があるんだ……。
こいつらは何のために戦場に出てきた……?
「装甲人型兵器以下の性能で、大した武器も目的もなく……。これじゃあまるで、ただの自壊じゃないか……」
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