Apoptosis――自壊②
無事なルートを探しながら、成宮ルルの運転する軽装甲機動車は、遙か高く聳え立つ東京を囲った壁を目指して、ひたすら南下する。
帝高を出てわずか三分。
当然、廃都と化した東京では、カーナビの通りには走れない。
崩落したビルが道路をふさいでいることなど珍しくもないし、道そのものが消失していたり、道路が地下鉄跡にまで沈んでしまっている場所だって少なくない。
カーナビの役割など、おおよその終着点の位置を表示させておく程度のものだ。
瓦礫に乗り上げるたびに車体は大きく跳ね上がり、砂煙を巻き上げながら着地と同時に左右にぶれる。
いくら軽装甲機動車とはいえ、ホバリングする装甲人型兵器はもちろん、キャタピラで走行する戦車ほどの走破性もない。
「……ああんもうっ、どうしてまっすぐ走ってくれないんですか……っ」
お、おおう……。
ものすごく怖い独り言が聞こえたぞ。
「ル、ルル、もう少しスピード落と――」
「話しかけないでください! イツキさんはナビゲーションだけしてくれればいいですっ!」
「はい……」
なぜか凄まじい剣幕で叱られた。
後部座席のマサトを振り返ると、すでに顔色が真っ青だ。まるで糸の切れた操り人形のように、ぐったりと身を横たえている。
どうやら酔ったらしい。とても喋れる状態にあるようには見えない。
「あ、次はあの雑居ビルを右に入っ――」
「見ればわかりますっ! まっすぐも左も道が崩れてるんですから! 黙っててください!」
「はい……」
う、ううん……理不尽だ……。
お淑やかな大和撫子で、仕事はきっちりこなす。そんなイメージでルルを見ていたというのに、今は腹を減らした狼のような眼光をしている。
ハンドルというのは、満月よろしくどうやら人を狂気に導く魔力があるらしい。
崩れかけの廃ビルを右に曲がった直後、遙か後方で何かが聞こえた。
まるでコンクリートのビルが崩落する音のような……。
「ルル、今なにか聞こえなかった?」
「イツキさんの余計な声なら、さっきから聞こえてますが?」
「……さいですか……」
悲しくなってきた。
しかし数秒後、またしても同じような音が聞こえてきた。しかも先ほどよりも近い。
いや、近づいてきている……?
「ルル!」
「聞こえました」
ルルの声から険が消えた。それどころか、まるで装甲人型兵器に搭乗しているときのように、冷静な表情に戻っている。
唇をひと舐めして、ルルが素早く呟いた。
「念のために速度を上げます。何かにつかまってください」
ルルが左手でシフトレバーを操作し、アクセルを強く踏み込んだ。軽装甲機動車は、バランスを崩しながらも速度を上げてゆく。
直後、崩落音と同時に後方で砂煙が上がり、大地がわずかに揺れた。
間違いない。何か近づいてきている。軽装甲機動車のエンジン音を追ってきている。
だとするならば――。
どくん、と心臓が跳ねた。嫌な汗が全身から滲み出る。
「こんなときに来ますか……!」
「ルル、飛ばせ! もっと!」
「わかってます!」
ルルも確信を得たようだ。ある程度道幅のある直線に入った瞬間、彼女はさらに速度を上げた。
また崩落音が聞こえた。
先ほど右折の目印に使った無人の雑居ビルが、遙か後方で崩れ落ちてゆく。その砂煙を置き去りに猛スピードでこちらを追走する、銀色の物体。
「冗談だろ……。――メタルだ! 起きろマサト!」
マサトが飛び起きて、天井のハッチから後方確認をする。
大きさは人類の戦車を一回り巨大化させた程度。砲門は進行方向に一門のみ。キャタピラに小山のような丸みを帯びたボディをしている。
マサトが大声で叫んだ。
「くそったれッ! タンク級だ! おれたちを追ってきてやがる! ルル、もっと踏め!」
「障害物が多すぎて、これ以上は無理です!」
「このままじゃ追いつかれる! イツキ、01式軽対戦車誘導弾よこせ!」
「わかった!」
ぼくはあわてて後部座席に移動し、ハッチのマサトへと01式軽対戦車誘導弾を手渡す。ロケット弾は装填済みだ。
最悪の状況だ。
このままタンク級メタルを装甲人型兵器の置かれている地点まで引き連れていった場合、搭乗前に破壊されてしまう恐れがある。
どうにかして引き離さないと、新装備も何もかもが水の泡だ。
「ルル、引き離してから引き取り地点に向かうよ!」
「はいっ!」
マサトが01式軽対戦車誘導弾を肩に担ぎ、タンク級をロックオンする。
「――行けッ!」
01式軽対戦車誘導弾から飛び出したロケット弾が、炎の軌跡を残しながら弧を描いてタンク級メタルの前部装甲へと直撃する。
爆発音とともに凄まじい炎が爆ぜ、タンク級メタルの進行方向が狂って巨大なビルへと突き刺さった。
廃ビルが瓦礫となって降り注ぎ、鉄骨の雨をタンク級の背中に降らせる。
「っしゃ! 直撃だ! 今のうちに距離を取れ!」
「はい!」
その瓦礫を縫って、一台のオフロードバイクがタンク級の横をすり抜け、ぼくらに並走した。
誰だ――!?
ライダーがフルフェイスのメットを剥ぎ取り、投げ捨てる。紫頭を振って、レンズの小さなメガネを指先で押し上げた。
「藤堂!」
藤堂正宗。味方を盾にし、ドレッドノート級との戦いでは安全に撤退するためだけに、ルルを自らの武器で貫いて犠牲にした性格破綻者だ。
「ふはは! このようなこともあろうかと、念のために貴様らの後をつけてきた甲斐があった。先行していたら、俺が襲われていたところだ」
「てめえも装甲人型兵器を引き取りに来てやがったのか!」
マサトの言葉に、藤堂が外連味たっぷりに下卑た笑みを浮かべる。
「当然だろう、多岐。なにせドレッドノート級との戦いで最も活躍したのは、この俺だからなァ。入った報酬金で機体を強化しないバカはいない」
「何が活躍だ、バカ野郎! 無駄死にを増やしただけじゃねえか!」
「なんだ、その顔は? 俺が気に入らんか? ならばその01式軽対戦車誘導弾で、この俺を撃ってみるか? できるわけないよなァ? そのように大それたこと、貴様程度の覚悟では!」
マサトが藤堂に言い返そうとした瞬間、ビルに突き刺さっていたタンク級が、激しいモーター音を響かせながら何事もなかったかのようにビルから後退し、再びぼくらを猛追してきた。
「おっと、もう時間がない。あのアルビノがいれば助けてやらんこともなかったが、いないのであればそのようなことをする意味がない。貴様らは、せいぜいメタルと遊んでいるんだな。特に成宮は尻を振るのが得意な薄汚い淫乱阿婆擦れだ。期待しているぞ。ふは、ふはははは!」
「てめ――ッ」
メタル色の砲門が開かれる――。
狙いは藤堂のバイクではなく、軽装甲機動車だ。メタルはより大きな音、より大きな熱に反応する。それを計算した上で、こいつはEVバイクでぼくらの後をつけてきていたんだ。
「じゃあなァ!」
藤堂が厭らしい笑みを浮かべながら、バイクを右方向へと傾けて路地へと飛び込んだ。タンク級はもちろん、軽装甲機動車であっても通れない幅だ。
あの野郎! ぼくらを囮にして、またひとりで逃げやがった!
「藤堂のことは後だ! 砲門がこっちを向いた! ルルッ、どっちでも構わねえ曲がれぇぇぇ!」
「はいっ」
ルルがギアを下げると同時に、ハンドルを左に切る。
直後、横滑りしながら路地へと飛び込んだ軽装甲機動車の後部を掠めるようにロケット砲が通り過ぎ、巨大に繁った街路樹を粉砕して周囲一帯を炎の色に染めた。
空間を灼き尽くす熱波が、ぼくらへと押し寄せる――!
「きゃああぁぁ!」
「落ち着けルル! 今はキミが頼りだ!」
「は、はいっ!」
浮いた額の汗を拭う暇すら惜しみ、マサトが再び01式軽対戦車誘導弾を構える。タンク級がぼくらを追って曲がってきた瞬間、マサトが再びロケット弾を射出した。
弧を描いたロケット弾がタンク級を直撃し、その進行方向をずらす。
しかしタンク級はビルの外壁をその身で削り取りながらも、強引にぼくらを追跡する。
「ダメだ! こんな玩具じゃ最下級メタルですら止めらんねえよ!」
それでもマサトは次弾を装填し、狙いを定める。
もう、そうするしかないんだ。最高速度は明らかにメタルの方が速い。撃ち続けて進行妨害をしなければ、いずれ追いつかれてしまう。
くそ、何もできないのか!?
「ミサイル来るぞ! 曲がれぇ!」
「はいっ!」
ぼくが叫んだ瞬間には、ルルはもうハンドルを切っていた。
軽装甲機動車の車体が左右に揺れて、四輪が滑る。だけどルルはハンドルを進行方向とは逆に曲げ、微妙なアクセル調整でかろうじて立て直した。
ドリフトとは。存外レースゲームもバカにはできないようだ。
直後、通り過ぎた角が爆発と炎に包まれた。
「うわっ!?」
吹っ飛んだ細かな瓦礫と炎色の熱風に追われながら、ぼくらは目を凝らす。
炎の壁を突き破り、銀色のメタルが現れる。ロケット弾の直撃を二度も受けたはずなのに、傷一つついていない。
くそ、じり貧だ! このままじゃ、いずれ01式軽対戦車誘導弾も弾切れとなる!
マサトが01式軽対戦車誘導弾を構えて、大声で叫んだ。
「ルル、おれの合図で曲がったら、一旦スピードを弛めてくれ! イツキ、おまえはスピードが弛んだら次の角で飛び降りて、ビルの中に身を隠せ!」
「なにを――?」
「おれたちがタンク級を引き受ける! おまえは全力で走って装甲人型兵器を取りに行け! いくら最下級メタルでも、こんな豆鉄砲じゃさすがに話になんねえ!」
「おまえが行けよ! ぼくが――!」
ぼくらの会話を、ルルの悲鳴のような金切り声が上書きする。
「――車体振ります掴まって!」
ふいに軽装甲機動車が左に揺れて、ぼくらのすぐ右横をメタルのミサイルが通過した。遙か前方の瓦礫を直撃したミサイルは、轟音とともに炎を噴出し、周囲一帯を吹き飛ばす。
冷たい汗が一気に噴出した。ルルのとっさの判断がなければ死んでいた。ロックオン機能の搭載されていない、ただの砲弾なのが救いだ。
前方に出現した炎柱を避けて、軽装甲機動車はとっさに左折する。
「おめえの腕で01式軽対戦車誘導弾あてられんのかよ!」
「……わかった!」
「次の角だ、ルル!」
「はいっ!」
マサトは01式軽対戦車誘導弾を通り過ぎた角の建物へと発射し、ビルを崩して道をふさいだ。次の瞬間、タンク級はキャタピラで強引に瓦礫の山へと乗り上げ、あっさりと越える。
だけど距離は稼げた。
「左に曲がれ、ルル!」
「はいっ! イツキさん、目標地点まで南東二百メートル! 健闘を祈ります!」
「頼むぜ、イツキ!」
「了解!」
軽装甲機動車が砂煙を巻き上げ、四輪でドリフトしながら曲がってゆく。
その途中でぼくは座席のドアを開け、高速で流れるアスファルトの大地へと飛び出した。
着地と同時に速度に引きずられるように転がって、瓦礫に全身を打ち付けながらも立ち上がる。
「痛……っ!」
軽装甲機動車は遙か彼方だ。新たに近づいてきたモーター音から逃げるように、ぼくは入口扉の破壊されたビルのドアへと逃げ込んだ。
息を止め、身を屈める。見つかったら何もかも終わりだ。
心臓の鼓動を意識するよりも早くメタルのモーター音が近づき、ぼくの隠れたビルをその身で掠め、壁面を削りながら遠ざかっていった。
止めていた息を吐いて立ち上がる。
時間に余裕はない。軽装甲機動車は、いつメタルに追いつかれてもおかしくない。
ぼくはドアを開けてビルを飛び出す。
南東二百メートルの方向。聳え立つ高い壁。廃都と化した東京を囲った、人類のメタルに対する恐怖の象徴へと向けて、ぼくは走り出した。
瓦礫の山を乗り越え、高所から飛び降り、アスファルトに空いた大穴を避け、ひたすら壁を目指す。
その間も、大地を揺るがす爆発音は断続的に響き続けている。
マサトの放った01式軽対戦車誘導弾か、それともメタルの放つミサイルか。
これが聞こえているうちは大丈夫だ。
瓦礫を飛び降りたぼくを、ふいに巨大な影が呑み込んだ。
「――ッ!?」
ヒヤリとしてあわてて身を隠すと、ぼくが身を隠した瓦礫の山のすぐ横を、鮮血のような色の装甲人型兵器が歩きながら通り過ぎていった。
機体名ディヴァイデッド、すなわち断ち斬り殺す者。
藤堂正宗だ。
「……あいつ、軽装甲機動車が追われていることを知りながら、助けないつもりなのか!」
グライドではなく通常歩行をしているのは、おそらく音を立てないためだ。音を立てればタンク級はディヴァイデッドに気づき、軽装甲機動車を放置してでも、熱源音源の大きな藤堂正宗の機体を追撃し始めるだろう。
だけど、装甲人型兵器なら苦もなく撃破できるはずだ。藤堂にはそれだけの腕がある。それをしないのは、すなわち軽装甲機動車にいるマサトやルル、そしてぼくをメタルに殺させたいということだ。
ディヴァイデッドの機影が静かに遠ざかってゆく。
「あの野郎……ッ」
ルルを撃ったときにも思ったことだが、藤堂正宗を同じ血の流れる人類とは思えない。あいつは間違って人間に生まれてしまっただけのバケモノだ。味方なんかじゃない。
だけど今はそんなことを考えている場合じゃない。一刻も早くネイキッドに乗り込まなければ。
そう遠くない場所から、着弾時の爆発音が鳴り響く。
この音が途絶えたら終わりだ。ルルもマサトも助からない。
ぼくは全力で南東へと走る。
やがて、巨大な壁の前に三機並べられた装甲人型兵器の機影が見えてきた。藤堂の乗っていたバイクはあるが、整備士の姿はない。おそらく、メタルと軽装甲機動車の戦いを見て逃げ出したのだろう。
近づき、ぼくは三機の機体を見上げる。
「すごい……」
エメラルドグリーンの機体レギンレイヴ、薄桃色の機体キャンディフロスともに、形態が初期装備から変化している。
装甲は一回り丈夫な素材に変えられ、背中のバーニアは噴射口が倍に増えていて、レギンレイヴは突撃槍と対物狙撃銃を、キャンディフロスは右肩に高感度アンテナ、左腕部の不自然な膨らみは盾だろうか。
そして二機に挟まれる位置にある、ぼくの機体。
白のネイキッド。
「はは、おまえはあんまり変わってないな」
ぼくがした改造は、新装備でも高性能OSを搭載することでもなかった。
機動性を求めたバーニアの改造は左右の二機と同じだけれど、その他はすべて関節部の駆動系だ。
駆動力と、駆動域の確保。
本当は早見士郎のキャスケットのように、大型の近接武器を搭載したかったのだけれど、ネイキッドの駆動力で重量のある武器を振り回すのは、現時点では自殺行為だとツキノさんに教えられたため、今回は新装備を見送って力の底上げだけにした。
だからネイキッドは、これまでと同じでハンドガン一挺とタングステンナイフ、新装備はツキノさんからもらった腰部に装着している刺突剣のみ。
申し訳程度に、余ったお金で右腕部に杭打ち機を装着してみたものの、これは敵を右手で拘束してから火薬の力で発射せねばならないため、大剣以上の高威力に反して、命中させることは極めて難しいと言われている。それに、火薬式のため回数も一度きりだ。
片膝を付いた状態で下げられた右腕部を駆け上り、ぼくはコクピット横のボタンを押した。プシュっとエアの抜ける音がして、鋼鉄の扉が開く。
「……おかえり、ネイキッド。早速だけど、キミの力を貸してくれ」
コクピットに飛び込んでバケットシートに身を置き、超伝導量子干渉素子にネイキッドのコネクターを接続する。
広がる視界、手に入れた鋼鉄の肉体。
「ネイキッド、イグニッション・スタートだ」
声紋認証によって吹き込まれた鋼鉄の生命が、これまで以上の獰猛なうなりで空間を震わせる。
片膝を地面に付いていたネイキッドが、排気ダクトから大量の排煙を噴き上げながらゆっくりと立ち上がった。
「――さあ、行こうか。相棒」
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




