Apoptosis――自壊①
新章です。
明かりの灯った五番格納庫に走り込み、ぼくは思い出す。
並べられた新入生の機体の中に、ネイキッドの機影はない。それどころかマサトのレギンレイヴも、ルルのキャンディフロスもだ。
「くっそ」
マヌケめ。新装備への換装のため、整備工場に出したままじゃないか。あまりに焦りすぎて忘れてしまっていた。
今ここにあるのは、先日のドレッドノート級との戦いで生き延びた、特殊クラスの機体がたったの九機だ。
二チームプラス、リサのベルベットのみ。
「イツキ!」
「イツキさん!」
制服姿のマサトとルルが走り込んできて、ぼくの横で足を止めた。
「マサト、ルル。ぼくらの機体はまだ整備工場だ。出撃できない」
「まあ、そーだろうよ。くそ、ちっとでも経験を積んどきてえってのに、何だよ、この最悪なタイミングはッ。メタルめ!」
マサトが明るい色をした頭を掻いて、苦々しく吐き捨てる。そこに出撃を免れた安堵の表情はない。本気で悔しがっている。
だけど、この廃都東京では、そうでなくては生き残れない。戦いを避けて三年もの間生き延びるのは不可能だ。ぼくらは一刻も早く強くならなければならない。
ルルが素早く呟く。
「早ければ明日にでも戻ってくる予定でしたが、それでもわたしたちの機体は間に合いませんね」
「うん。せめてメタルの出現があと半日遅ければ……」
「んなこと言ってもしょうがねえだろ。こればっかりはよ」
立ち尽くしたままのぼくらのチームを追い抜いて、特殊クラスの仲間たちが次々と、自らの装甲人型兵器に搭乗してゆく。
「多岐、高桜!」
名前を呼ばれて振り返ると、ポニーテールをしたツリ目の少女が両手を膝に当てて立っていた。肩で荒い息をしているあたり、女子寮から全力で走ってきたのだろう。
装甲人型兵器の授業に限らず、よく教師に質問をしている中条冬子だ。
「あんたらの機体、間に合わなかったの?」
「ああ。悪い」
マサトが肩をすくめると、中条冬子が額に手を当てた。落胆の色は隠せていない。
「謝ることじゃないけどさ、正直きついわ。ドレッドノート級の一件で、みんな結構、あんたたちのこと頼りにしてたからさ。精神的支柱っていうのかな。――いや、恨み言ってわけじゃないんだ。ごめんな。あんたらの分まで頑張ってみるよ」
表情を引き締めて、中条冬子が胸を反らせた。
「――行ってくる」
そのまま自らの機体に走りだそうとした彼女の背中に、マサトが声を投げかける。
「冬子!」
「ん?」
ポニーテールを揺らして、中条冬子が振り返った。
「一時的に、うちのエースを貸してやる。無線周波数をベルベットに合わせとけ」
「……エースってアバカロフのこと?」
凄まじいエンジン音が格納庫内に響き、ぼくらは一度言葉を止めた。
一チーム四機の装甲人型兵器がバーニアに炎を宿し、緩やかなグライドで格納庫からグラウンドへと滑り出してゆく。
先頭の機体は確か、入学式の日にリサを小馬鹿にしたお山の大将が率いているチームだ。
結局、あいつとだけは未だに和解していない。
バーニアの熱風を手で遮った中条冬子に、ぼくはマサトの言葉を続けた。
「中条、キミのチーム全員に伝えて欲しい。戦場ではリサの言葉を信じて動いて。リサなら必ず力になってくれるから。――だから、死ぬなよ」
「うん。ありがと、高桜」
中条冬子が走り出し、装甲人型兵器の鋼鉄のハッチで足を止めた。
「……ねえ、高桜」
「なに?」
「最期になるかもしんないから、言っときたいことがあんのよ」
中条冬子が腰に手を当て、苦笑いで振り返る。
「今さらこんなこと言っても嘘くさいって思われるかもしんないけど。入学式の日、みんながアバカロフのことをバカにしていたの、あたしもほんとは胸糞悪かった。でも、勇気とか根性とか苦手でさ、あんたや多岐みたいに怒れなかったんだ。……ごめんな」
その言葉に、なぜだかぼくは救われた気がした。
「リサは気にしちゃいないよ」
「……あんたは?」
「いま忘れた」
視線を交わして、同時に笑う。
気の強そうな娘だけれど、存外に良い奴だ。体育会系なのか、中条冬子には裏表がないように思える。
「じゃ、今度こそ行ってくる!」
「絶対に死ぬなよ、中条! もう少しキミと話をしてみたくなった!」
「忘れるなよ、冬子! ベルベットとうちのお姫さんを頼れ!」
「気をつけてくださいね! 中条さん!」
中条冬子がグレーの機体に搭乗すると同時に、彼女のチームの機体が獰猛なエンジン音を格納庫内に響かせる。
中条冬子は機体の右腕で砕けた敬礼をすると、彼女を先頭にしてチームメイトを引き連れ、格納庫をグライドで飛び出して行った。
「イツキ」
おそらく、バーニアの轟音で足音が掻き消されていたのだろう。いつの間にかぼくらの背後には、セーラー服を着た白髪赤眼の少女リサが立っていた。
長い白髪を揺らして、リサが首を傾ける。
「大切?」
質問の意図がわからず、ぼくはリサと同じ角度だけ首を傾げた。
普段はほぼ無表情なリサが、わずかに唇を尖らせて眉根を寄せている。なぜだか少し機嫌が悪そうだ。
リサのこんな顔は初めて見る。
「中条冬子は、イツキにとって大切?」
「うん。大切な友達だ」
「そ。了解」
赤い瞳を左右に揺らし、小柄なリサがめいっぱい両手を広げて、一歩二歩。そのまま何の躊躇いもなく、ぼくの胴体部にしがみつく。
「――んぇっ!? ちょ、リサ!」
「ほう……?」
なぜかマサトが感嘆の声を上げた。ルルに至っては両手で口元を覆い、目を大きく見開いている。
ツキノさんと比べればとても残念なプロポーションのはずなのに、ぼくはこの瞬間、完全に思考を停止させられてしまった。
血液が体内の血管を急上昇してゆく音だけが、やけに響く。
「わたし、イツキのこと好き。中条冬子がイツキを思う気持ちより、たぶん好き」
「――なンっ!?」
頭の中で何かが弾けた気がした。
要するに妬いているということらしい。どう応えて良いかわからず、ぼくは置き所のない両手を、虚しく宙で彷徨わせた。
なぜかテンパったように頬を紅潮させたルルが、裏返った声で尋ねる。
「――リ、リサさん、な、なな何で今、そそんなことですか!?」
若干日本語が不自由になっているルルに、リサが事も無げにこたえた。
「伝えたかった。あと、抱きついたり言葉に出す。すごく気持ちいい」
「そ、そうなんですか?」
「ん」
少し誇らしげにうなずいて、リサがぼくから身体を離した。戯けるように両手を広げて、その場でスカートをふわりと浮かせながら一回転。
今日はやけに感情表現が豊かだ。
「体温上昇、発汗作用、全身ならびに頭脳の活性化。感覚器官が強化される。これは生存率に大きく作用する。なぜなら、わたしはイツキが好きだから。あ……、ルルもやるといい。中条冬子やルルにとっても、たぶん意味がある」
「ぴぃ!?」
ルルが奇妙な声を出して、ぼくに視線を向けた。
顔どころか、首筋から腕、指先に至るまで真っ赤に染まってしまっている。
ぼくは大慌てで首を左右に振った。
「リ、リサの言葉を真に受けないで!」
ルルの表情に悲壮感が漂った。
「迷惑……でしょうか……」
「や、め、めめ迷惑とかじゃなくて、むしろルルみたいな綺麗な子なら歓迎だけどって、何言ってんだ!? だ、大体、ぼくらは今回出撃できないじゃないか! そ、それにほら、ルルって特殊クラスに好きな人がいるんだろ?」
「にゃぁああっ!?」
次の瞬間、ルルはぼくから視線を外して、なぜか凄まじい形相でマサトに食ってかかっていた。両手でマサトの胸ぐらをつかんで、細腕で必死に前後に揺する。
「ちょっと、マサトさん!? なんでリサさんやイツキさんが知ってるんですかっ!?」
「うはははっ、悪ぃ、お姫さんには喋っちまった。あ、けどよ、イツキの言ってることは知らねえよ? たぶんツキノさんあたりじゃねーの?」
「うわぁぁぁん! も、もう、あなたたちには絶対に相談なんかしませんーっ!」
な、なに? なにこの状況!? どーなってんの!?
「おい貴様ら、いい加減にしないか! この非常事態に何をじゃれ合っている!」
格納庫の入口から飛んできた鋭い女性の声に、ぼくらは一瞬で姿勢を正した。
帝都防衛高校学園長。英雄、和泉水奈だ。
ヒールを甲高く鳴らして、和泉水奈がぼくらの目の前で立ち止まった。真っ先にリサに視線を向け、両手を腰に当ててため息をつく。
「まったく。今年のアバカロフはどうにもわけがわからんな。付き合った人間の影響か?」
「ん。そうかもしれない。イツキもマサトも、ちょっとヘン」
和泉水奈の独り言のような言葉に別段動じる様子もなく、リサは平然と彼女を見上げて言葉を返した。
だが、その表情は穏やかなものに見える。
たとえば旧友に再会したかのような、そんな楽しげな視線だ。
「まあいい。そんなことより何をしている。さっさと出撃しろ、リサ・アバカロフ」
「ん。了解、水奈」
「ああ、行け行け。せいぜい他の生徒を救ってやれ」
和泉水奈が面倒くさそうに、手を払った。
それにしても……。
学園長を呼び捨てだ。それだけならまだしも、当の和泉水奈自身も、それを気にする様子はない。
早見士郎のことといい、天川月乃のことといい、リサの顔の広さには時々驚かされる。
「行ってくる、イツキ」
リサがぼくを見上げて微笑む。
ほんの一週間前まで、感情の表し方など知らなかったかのような女の子が、今や笑って拗ねて、優しげな微笑みすら浮かべてくれるようになった。
そのことが、なぜだか少し嬉しい。
「うん。気をつけて、リサ。中条たちのこと、よろしく頼むね」
「わかった」
リサが小走りでベルベットへと駆け寄り、一度振り返ってから一生懸命に短い手を振って、コクピットのハッチへと消えた。
可愛い。お人形さんのようだ。
装甲人型兵器ベルベットに命の炎が灯される。直後、格納庫全体を揺るがすほどのエンジン音を轟かせ、ベルベットがグラウンドへと消えた。
エンジン音が完全に消えてから、ルルが不安げに呟く。
「みなさん、大丈夫でしょうか……。いくらリサさんがいるといっても、この前のドレッドノート級のようなのが出現したら……」
マサトがあくび混じりに気休めを吐く。
「今回は大丈夫だろ。前回とは違って先輩方も一緒だしよ」
「うん、そうですね」
計十五棟の格納庫からは、次々と夜の闇へと装甲人型兵器が出撃している。
新入生機のように画一化されたものではなく、形状から体型、重量、装備まで多種多様だ。機動性重視で細身の機体から、見るからに装甲の分厚い重厚感のある機体、近距離型ひとつ取っても剣や槍、斧と様々な獲物を持っている。
新入生の機体とは違って、見るからに頼もしい。
そして、その中にはツキノさん率いるチーム、エンジェル・ラダーも含まれているはずだ。よほどのことがない限り、敗北はないと思いたい。
「馬鹿者。油断はするな。また陽動という可能性も捨てきれん。ゆえに、後方予備隊として貴様らにもきっちり出撃してもらうぞ」
和泉水奈の言葉に、ぼくらは顔を見合わせた。
「貴様らの機体の調整はすでに終わっている。だが、機体はまだ壁外の整備工場だ。整備士には壁内まで持ってくるように言っておいたが、彼らには超伝導量子干渉素子がない」
和泉水奈が自らの首筋にある金属片を爪で叩いた。
超伝導量子干渉素子。人間を死へと至らしめる、メタルの撒き散らす何かから肉体を守ると同時に、装甲人型兵器の操縦に必須とされている最先端技術の結晶だ。
ぼくらはこれの存在によって、鋼鉄の肉体を、自らの身体と遜色なく動かせるようになる。謂わばこれは、鋼鉄の肉体に命令を下すための、脳に近い臓器のようなものだ。
「つまり、整備士連中は機械的に操作して装甲人型兵器を動かすしかない。早い話が高速移動のグライドが使えんのだ。予備隊といえど、それでは間に合わん。ゆえに、貴様らには壁まで自らの機体を迎えに行ってもらう」
「迎えに行ってもらうったって、ここから壁までは五キロはありますよ。瓦礫を避けて走ってたら、とてもじゃないが間に合わない」
「安心しろ、多岐。足はこちらで用意した」
和泉水奈が格納庫入り口を親指で肩越しに指さした。そこには一台の軽装甲機動車が停められている。
「わたしや早見も含め、教師は上位メタルが同時出現でもしない限りは、基本的に学校の防衛が第一任務となる。だから貴様らを壁まで送ってやることはできん。貴様らの中に運転のできるものはいるか?」
「おれは免許持ってないんで。取れる年齢でもねーし」
「ぼくも同じく」
ぼくとマサトが首を左右に振ると、和泉水奈は事も無げに言い捨てた。
「そうか。だが心配するな。セミオートマティックだ。アクセルとブレーキさえわかっていれば、とりあえずは走る。あとはやっておぼえろ。それに東京は今や治外法権だ。免許などいらん。道順もすでにナビゲーションに登録しておいた。――わかったら、もたもたするな! 行け!」
まるでぼくらの意志や意見など関係ないと言わんばかりに、和泉水奈は顎で「走れ」とジェスチャーをする。
ぼくらは一度顔を見合わせてから、不承不承に軽装甲機動車へと走り出した。
「おい、どーするよ、イツキ。感覚で操縦できる装甲人型兵器のがよっぽど動かせる気がするぜ」
「ぼくだってそうだよ」
「でしたら、わたしが運転します。おふたりは乗ってください」
意外な申し出に、真っ先に運転席へと飛び乗ったルルへと、ぼくとマサトの視線が集まった。
「できるの? ルル」
ルルが得意気な顔で、長い黒髪を頭部横でサイドテールに結った。
「おまかせください。わたし、こう見えてもレースゲームでは無敵でした」
お、おおう……。
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