Memory――想い出② 第一部完
少し笑いながら、ツキノさんがタランテラの歩を進めた。グラウンドでぼくらの機体を取り巻いていた学生たちが、一斉に道を譲る。
『よし、じゃあ燃料も少なくなってきたし、格納庫に戻るわよ』
ぼくらはタランテラを先頭にして、ゆっくりとグラウンドを歩き、格納庫の入口をくぐる。足下の学生たちは、そんなぼくらに走ってついてきた。
ぼくはコクピットを開いてネイキッドの腕を伝い、コンクリートの地面に飛び降りる。瞬間、また歓声が沸いた。
「よくやったぞ、新入生!」「藤堂正宗といい、今年は別格が多いな」「おまえら特進じゃなくて特殊なんだって!?」「天川月乃なら納得」「早見士郎以来の天才じゃないのか」「ねえ、彼女はいるの?」「今日はゆっくり休めよ」「助けてくれてありがとう」
誰ひとり、何ひとつ返事ができていないのに、バシバシと肩や頭を叩かれ、ぼくは苦笑いを浮かべる。マサトも似たような状態で何かを喋っているようだけど、その声は歓声に呑まれて内容までは聞こえてこなかった。
囲まれながら、ぼくは背伸びをして周囲を見回す。
成宮ルルの姿はない。キャンディフロスはおそらく修理工場、ルルは病院か保健室か。軽傷とは聞いたが、脳による後遺症が残らなければいいけれど。
ルルだけじゃない。ネイキッドの後について壁際で片膝を付いたベルベットから、リサも降りてこない。
どうしたんだ? ケガはなさそうだったし、人混みが苦手……なわけないな。食券売り場で突っ立っているくらいだし……。そのまま眠ってしまったのかな?
人混みを掻き分けてベルベットへと歩みを進めた瞬間、突然背後から歓声が上がった。
「どわあっ、あ、天川っ!?」「きゃああああっ」「うおっ、すげえっ!!」「写メ、写メ!」「たまんね……」「ぎゃーーーー!」「まただよ、あの子……」「ったくもー」
一瞬にして全員の視線がタランテラへと向けられる。
釣られてぼくも視線を――。
「よっと」
ペタン。
飾り気のない真っ白な上下の下着姿のツキノさんが、金色に輝くタランテラのコクピットから四メートルほど下のコンクリートへと、濡れた裸足で飛び降りた。
健康的な肉体を隠そうともせず、そのまま堂々と胸を張って歩き出す。誰もが声を出さないまま、彼女に視線を向けている。
なんで脱いでんの……?
半数がその見事なプロポーションに視線を奪われ、残り半数が唖然として、モーゼのように人波を割って歩く天川月乃に無言で道を譲った。
「おっっっつかれぇ~い! これに懲りずに、また遊ぼうね! イツキ、マサト!」
左手の人差し指を立てて振り返り、ウィンクひとつ。
「ああ、そーだ。アンタらもそのままじゃ風邪ひくよ。海水でベショベショでしょ。脱いじゃえ脱いじゃえっ」
なぜか入口ではなく窓枠に足をかけ、ヒョイっと飛び越えて、ペタペタと足音を響かせながら行ってしまった。
あれだけ騒がしかった格納庫が、静まり返っている。
あれはもう、ぼくらとは別の生物だ……。これからはそう考えよう……。
開きっぱなしになっていたタランテラのコクピットから、海水をタップリ含んだパーカーとミニスカートが遅れてベシャっとコンクリートに落ちた。
いつの間にか隣に立っていたマサトが、小さな声で呟く。
「ステキだ……」
「どこが!?」
「胸」
鼻の下が伸びてるぞ、マサト。
いや、考え方を変えるんだ。むしろあの人の場合は、素っ裸じゃなかっただけ褒めてあげなければならないのかもしれない。うん、きっとそうだ。
「見たか、今の。パネェな。ユッサユサしてたぜ」
「……まあ……うん、そーね……」
なぜかニヒルな表情で囁くマサトに、ぼくは適当な返事をした。
大浴場じゃ中身まで丸出し状態だったんだが。口が裂けても言えないけど。
……ん? 待てよ……。
未だに天川月乃の去った後を眺めている大部分の観衆の隙間を縫って、ぼくは空色のベルベットへと歩み寄り、右腕を伝ってコクピットの開閉ボタンを押した。
まさかとは思ったが。
「……何してんの、リサ……」
コクピット内には両膝を抱えて丸くなり、ベショベショの私服姿のまま、唇を紫に、真っ白な肌を青白く染めてガクガク震えているリサがいた。唯一脱ぎ捨てられていたものといえば、海水をたっぷりと吸ったセーターだけだ。
こんなんでも天川月乃よりは常識があるらしい。
「……イツ、イツ、イツイツキ……さささむ、さむい……んぅ!? ……うぅぅ……げげ言語ちゅちゅ中枢、エエラー……うぅ~……」
泣いた。
こっちはこっちで別の生き物だな。
ベルベットの凄腕パイロットと同一人物だとは思えない精神力の弱さだ。
おそらく鋼鉄の肉体と接続を切り、肉のカラダに戻った瞬間に体温の低下に気がついたといったところだろう。そう考えると、認めたくはないけれど、あらかじめ脱いでいたツキノさんが正しいっちゃ正しいのか。
ぼくは手を伸ばしてコクピットで丸くなっているリサの腕を取った。
「はいはい、言葉が出ないくらいで泣かない。行くよ、リサ。こんなところで丸くなってたって暖かくはならないよ」
てゆーか、リサはこんな状態で戦ってたのか。まあ、戦ってる最中はぼくも寒さなんて微塵も感じてなかったけどさ。身体の感覚がないのも、考えてみれば危険だな。
春の夕暮れ時は、まだ少し肌寒い。
「……うぅ~……あ熱いカカカカレーうどん……食べ食べるる…………」
「わかったわかった。でも、先に着替えてからね」
リサがもう片方の腕を伸ばして、ぼくは両手で彼女を引っ張り上げ――目を丸くした。
シャツが透けている。
とても残念なスポーツブラだ。けれど、非常に寂しいプロポーションのはずなのに、なぜかぼくの心臓は天川月乃の見事なまでのそれ以上に反応してしまって、バカみたいに血液を頭に送り込むものだから。
「……イツ、イツキ……た体温、じょ、上昇……してる……?」
固まって動けなくなった。
「……ん……」
リサがガクガク震えながら、ぎゅうっとぼくに抱きついてきた。ぼくの肩にアゴを乗せて頬を寄せ、全身を預けるようにぺたりとくっついて。
そのまま数十秒。足下のどよめきが息を潜めた。
リサの小刻みな震えが徐々に収まってゆく。
「……わたしも……体温上昇する……」
少しふわふわとしたような声で、そう呟いて。
「……暖かい……」
リサ・アバカロフは、空と潮と、少しだけ甘い香りがした。
誰が言い始めたのか、次々と冷やかしの声が上がった。タランテラから天川月乃が下着姿で飛び出してきたときよりも大きく。指笛だったり、拍手だったり、女子たちの嬌声だったり、男子たちの嫉妬だったり。
でもまぁ、それに照れて突き飛ばすほどは、ぼくだって子供じゃない。残念ながら離れるのが惜しいと思う程度には大人だ。
「身体、冷えてるね」
「冷たい?」
カラダを離そうとしたリサの背中へと、ぼくは考えるよりも早く両腕を回した。どう言い訳していいのかさえ、わからないまま。
「大丈夫。もう少しだけこうしてたい」
リサは何も言わずに、いつものようにぼーっとしながらぼくに抱きしめられていた。
後でマサトに教えられて知ったことだけど、このときのリサは、どうやら幸せそうに満面の笑みを浮かべていたらしい。
ぼくにだけ見えなかっただなんて、何だかずいぶんと不公平だ。
――幸せな、想い出だ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




