Memory――想い出①
最終章です。
桜の季節が、終わってゆく。
戦地となった御苑で救護班が到着するまで怪我人を救出し続け、クタクタになりながら帰還したぼくらは、帝高グラウンドで多くの学生や装甲人型兵器に出迎えられた。
一瞬、ぼくらは唖然とする。
ネイキッドのカメラに映る人々は、口々にぼくらのチームを褒め称えてくれた。
「……はは……」
立ち尽くすぼくらに、突然無線から早見先生の声が響く。
『高桜、多岐、アバカロフ、よくやった。まさか入学数日でドレッドノート級を沈めるとはな。藤堂正宗の指揮の下、君達は新入生とは思えない獅子奮迅の活躍をした』
藤堂の指揮だって? 冗談じゃない! デタラメだ!
けれど、ぼくらが抗議しようとした横から、天川月乃がわめき散らす。
『よくやったじゃないでしょ! どうしてドレッドノート級が出現しているのに、上級生や先生方が出てこなかったのっ!? 新入生ばっか送り込んで、いったい何人死んだと思ってンのッ!!』
天川月乃の剣幕に唖然としてしまって、ぼくもマサトも口を挟めない。だってまさか、いくら天川月乃でも、あの英雄、早見士郎に対してこんな口を利くだなんて。
無線の内容の聞こえないグラウンドの聴衆は、お祭り騒ぎをしている。
『月乃か。まったく、あいかわらず気性の荒い。こちらにも理由がある。ドレッドノート級が出現する直前に、八王子地区にフレイター級が出現した』
――ッ!? また二機同時だったのか!
『ゆえにドレッドノート級の出現は、上級生や教師、帝大、そして地元である帝西のほとんどの勢力をそちらに向かわせてしまった後だったのだ。私も例外ではない。そして本来であれば、おまえもだ。月乃』
わずかに語調を強めて、早見先生が言い放った。
フレイター級。ドレッドノート級よりも被害ランクは下だけど、かなり危険なメタルだ。破壊力はさほどでもないが、五十メートル級の巨体にもかかわらず装甲人型兵器と同じくグライドを駆使するため、移動速度が速くて捉えることが非常に難しい。
そいつがほぼ同時に出現した。ツキノさんのさっきの話も気になる。もしも今回の襲撃が陽動だとしたら、メタルのAIが育ってきているのか。それとも、指揮官のような存在がいるのか。
そういえば、戦闘中にルルも言っていた。逃走機のみを追撃するなど、AIのできる判断ではない、と。
『…………お、おおぅ……。……りょ、了解しました。し、私欲のために装甲人型兵器を無断使用し、申し訳ありませんでした~……』
天川月乃が呻くように言った。
「待ってください、先生。今回たまたまツキノさんがいなかったら、ぼくやマサト、それに藤堂指揮下のやつらだって無事には――」
ぼくの抗議の声に、早見先生が言葉を重ねた。
『――だが、今回! 装甲人型兵器タランテラを無断で持ち出すというおまえの身勝手な行動により、結果的に犠牲者数を最小限に抑えられたことは否めん。我々がフレイター級を片付けてからドレッドノート級の元へ向かうまでの間に東京の外壁を崩されずに済んだのは、おまえがいたからだ。ゆえに、和泉学園長は、この件を不問に処すとの判断を下した。よくやった、月乃』
ほっと胸をなで下ろす。
『……はい。ごめんね、士郎ちゃん』
『………………ここでその呼び方はやめろ、月乃』
それにしても「月乃」に「士郎ちゃん」。名前で呼び合うような仲なのか?
『…………うう、我が従兄ながら、あいかわらず完璧だわ……』
まるでぼくの思考を読んだかのような、的確な独り言。
どうりでツキノさんも人間離れしていると思った。あと数年もあれば、早見先生のように単騎でドレッドノート級を沈めるようになりそうだ。
『通信は以上だ。……ああ、ふたつ言い忘れていた。成宮ルルは軽傷だ。リミッターを切っていなかったことが幸いした。リサが抱えていたところを先遣隊が発見して連れ帰ったから安心しろ。数日で復帰できるだろう」
ふいに、早見先生が声を潜めた。
『……それと、君達が戦闘時に藤堂指揮下にいなかったことはすでにわかっている。全権チャンネルはまだ、藤堂正宗のディヴァイデッドが握ったままだったからな。だが、このことは口外するな。他の生徒らにとっての心の支えは、多ければ多いほどいい』
ぼくもマサトも、何もこたえない。
早見先生の言いたいことはわかる。戦場で共に戦う強者の存在は、全員の戦意を底上げする。
藤堂もまた、ぼくらと同じように帰還時には歓待されたことだろう。無傷で戻れた者からは。
だが、ぼくらは知っている。あいつは自分が逃げるためだけにルルを撃った。
『以上のことは、査定に考慮しておく。たかだかドレッドノート級一機では大した報奨金にもならないだろうが、もう一度言おう。君達は、よくやった。――今日の戦いを、誇れ』
少し意地悪く笑いながら言って、早見先生の声が無線から消えた。マサトと天川月乃が、同時にふぅっと緊張の抜けた息を吐いた。
だけど、ぼくは――早見士郎の残した言葉に歯がみする。
たかだかドレッドノート級。早見先生はそう言った。
英雄、早見士郎にとっては、アレさえもその程度の敵だったということだ。
まだまだメタルはもちろん、人類の上限さえ見えてこない。
ぼくらはただ夢中で生き残って、偶然の積み重ねでかろうじて勝利をつかんだ。その上、帰還時に無線で伝えられた犠牲者数は十六名。怪我人はその倍はいるだろう。引き替えに破壊できたのはメタル一機。
「……割に合わないな……」
『こらこら。ダメよ、イツキ。マサトもいい機会だから聞きなさい』
タランテラがネイキッドの背中を叩き、天川月乃がチーム回線で囁いた。
『疲れてたってヘコんでたって、うつむかない。勝者はいつだって胸を張らなければならない。それが明日、彼らの戦う勇気となるから』
グラウンドはあいかわらずのお祭り騒ぎで、メタルを倒して戦場から無事に帰還した四機の機体を見上げている。
『自覚しなさい。下に集まった新入生たちにとって、あなたたちはもう立派な英雄のひとりなのよ。わかったら、さっさと顔を上げる! シャキっとしな、シャキっと』
……そうだな。ドレッドノート級のメタルがどれほどのものかはともかくとして、ぼくらは装甲人型兵器に乗ってまだ数日しか経っていない。ネイキッドだって、機体としては初期装備の成長前だ。
ここからだ。ここからなる。早見士郎や、リア・アバカロフのように。
『へへ、見ろよイツキ』
無線からマサトの声が響く。
レギンレイヴの指さす先、そこにはケガや包帯だらけの特殊クラスの生徒たちが一丸となって諸手を挙げて叫び、ぼくらに笑いかけてくれていた。
入学式の日にぼくが怒鳴りつけてしまった女子生徒ふたりが、ネイキッドのカメラアイに向かって照れくさそうに頭を下げた。
どうやら生き残れたらしい。良かったと、今なら心から思える。
『ほら、何か応えてやれよ』
無責任なマサトの声が響いた。
「気まずくなってんのは、おまえもだろ?」
『バ~カ、おれはとっくに仲直りしてるってーの』
「女子だけ?」
『女子だけ。うはははは!』
「……ははは……」
まあ、マサトはこういうやつだ。うらやましい性格だ。まったく。
ぼくは嬉しくなって、鋼鉄の右腕を空へと突き上げる。
どっと歓声が上がった。
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