Run――実行⑭
タランテラがドレッドノート級の背中に飛び乗った。
『こらこら、まだ気を抜かない。これが最後のお勉強。おいで、あんたたち』
少し遅れてマサトのレギンレイヴとぼくのネイキッドが銀色の背中へと着地する。遅れてリサのベルベットが、重量を響かせて飛び乗った。
タランテラが割れた装甲を強引に引き剥がす。何枚も、何枚も。何層にも渡って核を守っていた装甲がついになくなる頃、天川月乃が静かに告げた。
『これがメタルの核よ。わたしたちで言うところの、脳に近いもの。アーティフィシャル・インテリジェンス。俗に言われるAI』
緑の巨大な板状のものに、大小様々なパーツが取り付けられている。丸いもの、四角いもの、円筒状のもの、直方体、立方体、そしてそれらを繋ぐように銀色の線が縦横無尽に走っていた。
『なんだよ……これ……。……はは、嘘だろ……』
マサトが呆然と呟く。
ぼくは、驚きのあまり言葉を失っていた。だってそこに見えていたものは――。
『くっそ……ゲームじゃねえんだぞ……ッ。……こんなものに何人殺られた……? マジで意志も何もねえ、ただの機械じゃねえか……。まだ宇宙人が乗ってましたってなジョークの方が納得できるぜ……』
『気持ちはわかるけど落ち着きなさい、マサト』
『……わかってますよ、ツキノさん。おれなら冷静です。クソッタレな現実は、実家の家族で慣れてますから』
巨大な基盤だったんだ……。ただの基盤……。無機物の塊……。
なぜこんなものが自発的に人類を襲い始めた? こいつらはどこから出現しているんだ? 何者かがメタルを何らかの目的で製造しているのか?
人類はまだ何も知らない。
『じゃあ、最後のレクチャーを始めるわよ。さっきイツキには教えたけど、メタルにとどめを刺すときは、まずは核に電磁力を帯びた武器を必ず当てること。破壊するよりも先にショートさせなきゃならない。でなければこいつらは最期に自爆をして、半径三キロに汚染物質を撒き散らすから。メタルを殺すのに戦車や戦闘機では不可能な理由がこれよ』
タランテラが特殊警棒のようなものを取り出して、基盤にそっと当てた。パシッと回路が灼き切られて、基盤が煙を発生させた。
その瞬間、空回っていたキャタピラの動きが完全に停止する。
『装甲人型兵器でなければ、メタルを安全に処理できないのよ。これで終わり。あとは念のために基盤ごと破壊すれば、二度と動くことはないわ』
しかし、タランテラの拳が焦げた基盤を押し潰そうと引き絞られた瞬間だった。
『――ッ!?』
タランテラの肩を掠めて、少し離れた雑居ビル屋上から飛来した一発の銃弾が、メタルの基盤へとめり込んだんだ。
ぼくらは同時に振り返る。
そこには鮮血の色を鮮やかに映し出す真っ赤な機体、ディヴァイデッドが立っていた。
「藤堂正宗……ッ!」
あの野郎! ルルを犠牲にして逃げたんじゃなかったのかよ!
『ご苦労。俺のたてた作戦通りの動きをしてくれたなァ、特殊のカスども。なかなかの働きだった』
わずかな嘲笑を含んだ声。マサトが激昂する。
『てめえ、藤堂! 何のつもりだ!?』
一歩踏み出したレギンレイヴを片腕で制して、タランテラが静かにドレッドノート級の背中から、割れたアスファルトの大地へと飛び降りた。
『手柄と報奨金が欲しいんでしょ。小さな男ね。くれてやれば?』
「――なっ!? 何言ってんだ、ツキノさん! あいつは逃げるために味方を撃ったんだぞっ!?」
藤堂正宗の嘲笑が響いた。
『くく、はははっ、逃げるだと? おかしなことを言ってくれるな、高桜。俺は今ここにいるではないか! それに、あぁ~……、くく、成宮の機体にたまたま俺の銃弾がめり込んだのも、メタル戦ではよくあることだ。味方の流れ弾に当たるなんて、珍しいことじゃあない。だから気をつけろよ、天川月乃、高桜一樹、多岐将人。今もこの俺の指がわずかに滑っていたら、そこの屑鉄を狙って撃った銃弾が、貴様らの機体を貫いていたかもしれん。は~はははっ!!』
このゲス、どこまで腐ってやがんだッ!
『俺は指揮官として一足先に帝高へと戻り、この俺のディヴァイデッドの銃弾がメタルの核にめり込んだことを報告しておいてやる。くく、はーっはっはっはっはっ!!』
ディヴァイデッドの姿がビルの谷間へと消えた。バーニアを噴かす音が急速に遠のいてゆく。おそらく撤退したのだろう。
何なんだ、あのクソは!
『ふざけんじゃねーぞ、待ちやがれ!』
『くれてやればいい。ドレッドノート級一機の手柄くらい、大したものじゃないわ』
追いかけそうになったレギンレイヴの腕部を、タランテラが強くつかむ。
マサトが反論するよりも早く、ぼくは叫んだ。
「ツキノさん、冗談じゃない! このメタルはツキノさんとぼくらのチームが協力して仕留めたんだ! 生き残るためのカスタマイズパーツは、報奨金がないと購入できないんだよっ!?」
メタル戦で身を隠してやり過ごすような臆病者は、三年間を生き残れない。戦って、戦って、戦って。強くならなきゃならない。それが帝高の作ったルールだ。
要するに、国から出る予算は無限にあるわけじゃない。メタルに脅えて隠れてやり過ごすような、見込みのないものに懸ける金なんてないということだ。入学式で女性校長に言われた「臆病者には死が襲い掛かるだろう」は、このことだったんだ。
装甲人型兵器を強化したければ戦うしかない。隠れて生き残っても、そいつの機体はいつまでも新入生機と同じ性能だ。いずれはメタルに発見され、生命を落とすことになる。
そしてそういった輩には、予算面でのみ言えば、むしろ死んでもらった方が都合が良いということだ。
今ならわかる。ぼくらは本当にただの消耗品だ。東京を囲む壁はメタルから他の地域を守るためにあるのではなく、ぼくらが戦線から逃げ出すことを防ぐためにある。ツキノさんの言った通りだった。
それでも生き残ってやる。そのために、ぼくらには報奨金が必要なんだ。
『そうだぜ! 藤堂の野郎を追いかけて捕まえよう!』
マサトが鼻息も荒く、再びレギンレイヴで前傾姿勢を取る。
タランテラがオーバーアクション気味に両腕を広げた。
『確かにドレッドノート級を沈めた手柄は悪くない。メタルの中でも、大きさと火力でバランスの取れた厄介なタイプだからね。だけど、カスタマイズパーツや武装が欲しいなら、あたしが去年まで使ってたやつをあげるわ。あたしにとってはもうガラクタだけど、イツキやマサトにとっては宝の山よ。あたしは過去に三度、ドレッドノート級を沈めたことがあるし、他のメタルも多く倒してきたから、それなりに武装も余ってんのよね』
グライドをしかけていたレギンレイヴのバーニアが、ピタリと止まった。
『どうせもう使わないし。もっとも、士郎ちゃんのキャスケットやリサのベルベットほどのパーツは、このタランテラでさえまだ一部しか揃っていないから、そこまでの性能は期待しないでね。イツキとマサトとルルで仲良く分けなさい。いいよね、リサ?』
まるでリサが普段そうするように、空色のベルベットが素直にコクっとうなずいた。
『ん。わたしには必要ない』
けれど、ぼくにはそんな話、まるで耳に入らなくて……。だって……ちょっと待ってくれよ……。今、ツキノさんはなんて言った……?
途切れ途切れに聞き返す。
「ド、ドレッドノート級を……三度も沈めたことがあるって……!?」
今回の戦いだけで装甲人型兵器が何機破壊された? 入学からたったの半月も経たないうちに、何人が死んで何人が大ケガを負った? そんな化け物を相手に、早見士郎以外の人間でも撃退が可能だってのか?
『ああ、誤解しないで。もちろんひとりじゃなくてクラスの仲間と協力してのことよ?』
「クラスったって……さ、最大人数でも二十人じゃないか!」
な、なんて先輩たちだ。
『去年の末のことよ。当時の一年特進クラスは八名が亡くなって、十二名まで減らされてたかな? にゃはは、もうおぼえてないわ。とにかく三チームで死力を尽くして戦ったのよ。あのときは二箇所同時にメタルが出現してさ、気がついたのはうちのクラスだけだったから、もー大変よ!』
二箇所同時出現……!? まさか! 首都大戦以降では聞いたこともない話だ! なぜニュースにならなかったんだ!
『あはははは、とんだクリスマスプレゼントだったわ』
ツキノさんがケラケラと笑い飛ばす。まるで大したことじゃないとでも言いたげに。
『相当苦労したけどね。人類は確かにメタルに比べれば無力よ。だけど、やりようによっては初期装備でだって倒せるってわかったでしょ。徒党を組んで協力すれば、上位のメタルだって撃退することができるの。んまあ、現状では単騎でメタルを沈めるのなんて、士郎ちゃんただひとりね。あれはもう別格だから。鬼よ、鬼!』
御苑を焼け野原にして街を平地にし、四つもの高層ビルの下敷きにして、ようやく動きを止めたこのドレッドノート級のメタルを、人類は何度も撃退してこられたんだ。もちろん、多大な犠牲を払ってだろうけれど。
「……はは、人間だってメタルに負けてないってことか……!」
全身がざわつく。鋼鉄の肉体なのに力がみなぎり、鳥肌が立ちそうだ。
『あったぼーよっ。進化が機械生命体だけの十八番だなんてこと言わせない。ギリギリの防衛戦だけど、あたしたちだって負けてないんだからっ』
ドレッドノート級メタル。
かつてぼくの住む街と、ぼくの大切に思っていたものをすべて焼き尽くした機械生命体。人智の及ばない、悪魔のような化け物。
そんな敵でも倒せる。
今回犠牲となってしまったやつらには申し訳ないけれど、高揚する。やはり装甲人型兵器は、人類最後の希望だ。
『さて、無駄話はここまで』
濛々と黒煙が立ち籠める東京新宿区。比較的建造物の残っていたこの地も、先ほどの戦いによって無事に残っている建物はもうほとんどなくなった。
装甲人型兵器の残骸はあちこちに転がり、そこから這い出してきたパイロットがケガをした足を引きずりながら、他のケガ人を救出している光景が広がっている。
『イツキとマサトは御苑に戻って救助活動の補助をお願い』
「了解」
『了解』
ぼくとマサトの声が重なった。
『リサ、あたしたちは御苑から逃げてはぐれてる味方を捜索に行くわよ』
『ん』
『やれやれ、こういうときにルルみたいな分析支援がいてくれれば、すぐに見つかるんだけどなあ』
『ん。苦手だけど、がんばる』
タランテラとベルベットが同時にバーニアを噴かし、力強くグライドしてゆく。
後に知ることとなる負傷者の内訳は、重傷者が二十七名。うち、肉体の欠損により戦線復帰が不可能と診断されたものは四名。
――そして、犠牲者数は十六名にも達した。
およそ一クラス分の生命が、入学して半月ともたずに戦場に散った。
額に浮いた汗を拭おうとして、ぼくはネイキッドの鋼鉄の右手で顔を拭った。当然のように伝わる鋼鉄の感触。湿り気も、ぬくもりもない肉体、装甲人型兵器。
ぼくは生き残る。そしていつか、すべてを奪ったメタルどもを殲滅してやる。
――戦いの始まりだ。
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