Run――実行⑩
タランテラと背中を離してグライドする。直後にぼくらの立っていた位置にミサイルが着弾した。
『藤堂くん、成宮です。イツキさんはずっと最前線で勇敢に戦っていました! 援護をしてください!』
ぼくのハンドガンはすでに弾切れだ。ためらいなく投げ捨てる。重量を減らせば、それだけ装甲人型兵器は移動速度を増す。ハンドガンでは誤差だけれど。
『そうかそうか。そ~おかぁ。成宮は特殊のクズどもに尻を振って馴れ合ったのだなあ? 淫乱には相応しい行動だ』
『わ、わたしは――』
粘着質な声で呼びかけられて、ルルが小さく怯えた声で呻いた。
ネイキッドでキャンディフロスの前に立ち、ぼくは堂々と言ってのける。
「気安く話しかけんなよ、藤堂。彼女はうちの大切なチームメイトだ」
『あぁ~、そうだろうとも! 我々はここで撤退する。せいぜいそのためのオトリにでもなっていろ。その薄汚く臭い牝は、敵に尻を振るのが得意なようだからなァ!』
『に、人間は敵なんかじゃない! あなたは何と戦っているんですか!?』
『黙れ、牝。耳が穢れる』
直後、その場にいた誰にも予想できなかったことが起こった。
ディヴァイデッドの照準がメタルから離れてゆっくりと下がり、キャンディフロスに――。
「おい……」
直後に鳴り響く銃声。鉛弾が次々とキャンディフロスの右脚部から腰部に食い込み、放電を促しながら、薄桃色の巨体を倒した。
『う、……く……ぁぁ……きゃあああああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー……あああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?』
想像を絶する悲鳴をルルがあげる中、藤堂正宗の機体ディヴァイデッドがぼくらに背中を向け、バーニアを噴かす。
『くく、そこで四つん這いとなってメタルにも尻を振ってやれ。よろこんで食らい付けば数秒は稼げるだろう。最期に撤退の役に立ったのだ。裏切りものには上出来の末路だ』
メタルと交戦しながらのあまりに異常な事態。ぼくらは誰ひとりとして藤堂の行動を予測し得なかった。
ディヴァイデッドが視界から消失する。
『イツキッ!』
天川月乃の声が飛んだ瞬間、間一髪、ぼくは我に返って迫るアームをタングステンナイフで払いのけた。
「くっ……」
気絶でもしてしまったのか、成宮ルルのキャンディフロスは倒れ込んだまま立ち上がらない。本物の肉体ではないとはいえ、人の脳は装甲人型兵器のパーツを自分のものとして認識する。
凄まじい激痛だったに違いない。もしもルルがリミッターをカットしていたら、ショック死していたって不思議じゃない。
「こんな……っ」
『イツキ、ルルを担いで撤退! こっちは戦闘に出てきていたわけじゃないから、弾薬も近接武器も、もう保ちそうにない! ……悔しいけど準備不足よ……!』
「こんなことがあっていいのかっ!? 敵はメタルじゃないのかよ! なんでルルが人間に撃たれなきゃなんないんだ……!?」
『聞きなさい、イツキッ! 壊し切れなかった射出口が開いた! ――早くっ!! これを持って行きなさいっ!』
タランテラが短機関銃を、ネイキッドに向けて投げた。ぼくはそれを受け止めてすぐに彼女へと投げ返し、顔を上げる。
『な――っ!?』
ああ、頭が痛い。割れそうなくらいに。
「ダメだ、ツキノさん。だってこいつをこのまま野放しにしたら、東京から出てしまうかもしれない。そうしたら、人類の負けじゃないか」
頭痛を堪えて吐き捨てる。
『何言ってんの! 帝高にはまだ上級生がいるでしょ! 帝大だって出てきてない! ここが最終防衛ラインじゃないの! 自己修復能力があっても、メタルには修復材料に限界がある! 弾薬の九割も使わせた! ここまで削れば、あとは誰かが何とかしてくれる!』
メタルの背から吐き出された六基のミサイルへと、振り回されるアームを避けながらタランテラが短機関銃を乱射する。空で大量の炎が散った。
「逃げ切れるかどうかだってわからない! それにぼくらが退いたことで、壁が壊されたらどうするんだッ!?」
撃ち落とし切れなかった一基のミサイルを避けるため、ぼくはキャンディフロスを引きずってバーニアを噴かした。
――警告。ロックオンされています。
『言うことを聞きなさいッ!! そんなことにはならないッ!!』
「違う、違う違う違うッ! ホントは壁なんてどうだっていい! 気に入らないんだ、何もかもが! ぼくからすべてを奪ったメタルが! 同じ人間をスケープゴートにした藤堂正宗が! 何よりも、こいつらを止める力のない自分自身がッ!!」
憎い……。
ミサイルが迫る。正確にぼくらを追って。けれどもぼくの目には、ヒドくゆっくりと。
命をわける一秒の始まりだ。
迫るミサイルが、徐々に速度を落としてゆく。いや、少なくともぼくにはそう見える。超伝導量子干渉素子が疼いているうちは。
おそらくは幼少期の埋め込みによる副作用か。
「――逃げたくないッ!! ぼくは逃げないッ!! 藤堂のように味方を見捨てて逃げたりはしない! ここにはまだ、動けずに倒れている装甲人型兵器だっていっぱいあるんだッ!」
九年前は、逃げることしかできなかった。誰も助けることができなかった。この街で、多くの人を見殺しにするしかなかった。
だけど――!
「ぼくは鉄屑じゃないッ! 人間だッ! 見捨ててたまるかッ!!」
『イツキッ!』
振り切ることをあきらめてミサイルの進行方向と機体の正面を向き合わせ、直線上で誘い込む。ぼくには死の恐怖がないから、このくらいのことなら可能だ。
「ルル、借りるよ」
バックグライドをしながらキャンディフロスのハンドガンを奪って乱射し、ミサイルを撃ち抜く。こちらに向かって直線で進み来るものなら、多少のブレはあっても命中させられる。
炎を上げて鉄の塊が爆ぜた。爆風に煽られてぼくはキャンディフロスを抱えながら大地に足を付けた。
「味方は置いていかない! これ以上誰も死なせるつもりはないッ!」
『そんなのわかってるわよっ! だからあたしがここに残って――ああ、もういい! 高桜一樹、アンタ、そこまで言ったんだから死んだらぶっ殺すからねッ!』
ツキノさんには見せられないけれど、憎悪ではない笑みがこぼれた。感覚はなかったが、口元が弛んだのだと思う。
「了解! 感謝します!」
『……ッ……、生きて還ってモンブラン奢れ、バカ!』
「ミックスタルトと紅茶もお付けします!」
『どっちもホールでだ! ――このッ!』
タランテラがメタルのアームを薙ぎ払う。バギン、と音がして、メタルのアームとタランテラの剣が砕けて落ちた。
「太っても知りませんよ!」
『バカ!』
「はいッ!!」
タングステンナイフを奪い取ってキャンディフロスをその場に残し、ぼくは、ぼくらを轢き潰そうと動き始めたドレッドノート級に正面からグライドする。
キャンディフロスを抱えたままじゃ、最高速度でもドレッドノート級からは逃げ切れない。
「うおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーッ!!」
アームの破壊された箇所を狙って分厚い装甲にナイフを突き立て、バーニアを最大限まで噴かして進行方向をねじ曲げようと力を込める。押し返す必要はない。ほんの少しでも進行方向を曲げさせることができれば、ルルは助けられる。
しかしパワーの差は歴然。ネイキッドの足は瓦礫を押し上げて徐々に下がり始めている。その先にはキャンディフロス。意識のない彼女は動けない。抱えたまま逃げ切るのも、不可能だ。
くっそ、ネイキッド、もっと力を出せぇーーーーーーーーーーっ!!
機体の全身が軋んで、脳が悲鳴を上げた。ドレッドノート級の侵攻は止まらない。
『……んっ!』
直後、ドレッドノート級の装甲を伝って強い衝撃が走り抜けた。
いつの間に戻ってきていたのか、空色の機体ベルベットがメタルの装甲に貼り付いて、カスタマイズされたバーニアを巨大な翼のように最大限まで噴かしていた。
メタルの侵攻速度がわずかに鈍った。徐々に左舷へと進行方向をずれ込ませていく。
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