第33話『デート』
「お待たせ」
待ち合わせの時間ぴったりに先輩はやってきた。
先に待つ俺を見つけるて駆け寄ってくる。
「よう」
俺は片手を挙げてそれに答える。
「早いわね」
「まあな。彼女を待たせる訳にはいかねぇ…だろ?」
「ふふっ。拓哉くんもわきまえてきたわね」
何となく、薫が求めているものがわかりつつあった。
薫…。
昨日、俺は自然に呼べるようになるまで、かなりの回数、名前を呼ばされた。
薫はその度に、少しくすぐったさそうに笑った。
薫の家に着く頃には、すっかり呼び慣れていた。
あまりに自然だったせいか、その姿を見たいずみが嫉妬からか見事なドロップキックを背中に食らわせた程だった。
くそっ!
いずみの奴め!
相変わらず、シスコンっぷりを発揮しやがって…。
だけど、それも俺にとって大切な日常だ。
そう、考えると、いずみの行動も腹が立たない…ような気がした。
「それじゃ、行きましょうか」
「そうだな」
まずは映画を観ようと、昨日から話し合っていた。
待ち合わせの時間も、上映時間に合わせてある。
今日の映画は話題のホラーで薫の期待の映画らしい。
どれぐらいのものなのか、俺も今から楽しみだ。
映画館に着くと、二枚分のチケット代をすばやく払う。
薫に口出しを許さない一連の流れだ。
薫は、俺に『男としての振る舞い』を強制するくせに、お金に関する事だけは、何故か年上として払いたがる。
せっかくの恋人としてのデートだ、今日ぐらい払わせてもらう。
さすがに有無を言わせなかったようで、口を開き掛けた薫は諦めたようにため息を吐いていた。
「たまには、俺に払わせてくれ」
「仕方ないわね」
薫は苦笑いを浮かべて肩を竦める。
それでも満更ではなさそうな感じだ。
適当に飲み物を買って中に入る。
話題の映画のせいか、なかなか客は多いようだった。
早めに来て正解だったな…。
恐らく、この調子なら始まる前に満席になるだろう。
中段半ばぐらいの席を陣取ると、ようやく落ち着いた。
周りは、お客のガヤガヤとした喧騒に包まれている。
この雰囲気に、俺は初めて薫と映画を見た日の事を思い出す。
あの日見たのもホラー映画だった。
見終わった後の明日香が半泣きだった事が頭に浮かんだ。
懐かしい…。
ちょっと、前の話なのに、もう何年も前のような気がする。
「……」
「ん?どうした?」
気付くと、薫が俺の顔をジッと見つめていた。
その真剣な表情は俺に違和感を覚えさせた。
何だか、モヤモヤとして聞いてみる。
「ううん。何でもないわ」
「…そっか」
何だろう…。
笑顔で首を横に振る薫に、何か釈然としないものを感じる。
しかし、せっかくのデートだ。
俺は納得する。
ブザーが劇場内に鳴り響く。
と、同時に照明が落とされる。
映画は話題通りかなり怖かった。
館内に悲鳴が何度も響く。
そんな中、隣りが静かな事に気が付いた。
俺は薫の方に視線を送る。
薫はスクリーンに目は向けているものの、何か考えているようだった。
心ここに在らず、と言った感じだ。
そのせいか、俺も薫が気に掛かって映画に集中出来なかった。
映画を見終わった後、喫茶店で一休み。
「次はどうする?」
「そうねぇ…」
まずは映画を観る。
これは決まっていたのだが、それからの予定は決めていなかった。
理由としては、スケジュールに追われるデートをしたくなかったから…。
薫はコーヒーカップを傾けながら、視線を窓の外の青空へと向けた。
何とも様になる。
一連の動きがとても自然で薫に似合っていた。
しかし、コーヒーを一口含んだ薫は眉をしかめる。
「砂糖とミルクを入れるのを忘れてたわ」
「いや、普通忘れないだろ?」
思わず、ツッコミを入れてしまう。
薫は顔に似合わず、コーヒーに砂糖とミルクを入れる。
甘党なのか、苦いのが苦手なのか大量に入れる。
それはもう、コーヒーの味なんて無くなるんじゃないか、と思う程だ。
それを入れ忘れるなんて考えられない。
やはり、今日の薫はどこかおかしい。
ボーッとしている…というか、何か考え事をしているようだ。
薫は改めてミルクと砂糖を入れて飲み直す。
ゆっくりとカップを下ろして息を吐く。
「適当にブラブラしましょうか」
「そうだな」
まるで日常の延長線なデート…。
だけど、それも悪くない。
特別な事をしなくても、俺は薫とさえいれれば十分幸せだった。
それが、薫と過ごす最後の時間だったとしても…。
俺達は商店街や駅前を、店を覗きながら見て回った。
他愛ない話で盛り上がったり、冗談を言ってふざけあったりした。
だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
気が付けば、日は落ちていた。
別れの時…。
俺達は神社の前に立っていた。
「今日は楽しかったわ」「ああ。俺もだ」
満足気な笑顔を見せる薫に、俺も頷いた。
楽しかった…。
出来る事なら、これからも、ずっと薫と一緒に過ごしていきたい。
だけど、それは出来ない。
「拓哉くん、また…ね」
「じゃあな」
手を振り走り去る薫を、見えなくなるまで俺は片手を挙げて笑顔で見送った。
完全に薫が見えなくなったのを確認して、深く深くため息を吐いた。
「上…出来だ」
俺は、その場に膝をつく。
体力的に限界に達していた。
すでに歩く事もままならない。
だけど、俺は薫の前でそれを出す事はなかった。
最後まで異変に気付かせなかったのだ。
俺は最後の力を振り絞って立ち上がる。
家へは帰らない。
向かうのは、薫と初めて出会った神社…。
そう、この階段を上った先だ。
俺は這うようにして、神社の階段を上がり始めた。




