第34話『神社』
長い長い階段を上り終えた俺は、薫と初めて出会った時と同じように社に腰掛けた。
疲れた…。
もう一歩も動けなかった。
壁にもたれ掛かると、ホッと一息吐く。
誰もいない神社は、寂しい雰囲気に包まれていた。
ずっと、昔からこの町にある神社…。
だけど、今では寂れてしまって、ほとんど人は参拝に来ない。
遅くなれば、遅くなる程、人気はなくなっていく。
最後を迎えるには、ちょうど良いだろう。
見上げると、空には一番星が輝いていた。
楽しかったな…。
ふと、薫との思い出が頭の中を駆け巡っていく。
色々な事があった。
薫と一緒に過ごす時間は何事にも代えがたい大切なものだった。
自暴自棄になった時もあった。
それを乗り越えた俺は、薫と気持ちが一つになった。
気付けば、俺は薫の笑顔ばかり思い浮かべていた。
いつの間に、こんなにも薫の事を好きになっていたんだろう?
自分の中に浮かんだ感情に、俺はつい苦笑してしまう。
そうだ…俺は薫が大好きだ。
薫が生き続けるならば、俺は死んだって構わない。
死の恐怖がないと言えば嘘になる。
でも、それよりも大切な事…。
薫の『笑顔の為に』
ゆっくりと視線を戻すと、一人の少女が月明りの中、佇んでいた。
「よう」
「選んだようだな」
それは俺に死の宣告をした当人…ミコトだ。
「ああ」
およそ、高校生には見えない容姿の少女は無機質な表情でこちらを見つめていた。
夜の闇に音さえ飲み込まれたような静寂に、世界に一人だけ取り残されたような錯覚を覚えるこの瞬間に、月明りに照らされたミコトの姿は神秘的だった。
神々しさすら感じてしまう。
「お前なら、その選択をするだろうと思っていた」
「予定通り…か?」
自嘲気味に鼻を鳴らして、皮肉でも言うように、俺はミコトへ返した。
「そう拗ねるものではない。私は見直しているんだ」
「へぇ…」
何て珍しい事だろうか、今まで『人間』と嫌悪していたミコトが俺を認めるなんて…。
「だがな…結果は変わらない」
「え…?」
結果…?
俺の選択はミコトの予定とは違うのか?
何が何だかわからなかった。
「お前の言う結果とは何なんだ…?」
「ふふっ、もう少しすればわかる」
問わずにはいられなかった俺に、ミコトの浮かべた表情はいやらしい笑みだった。
俺の中で不安が生まれる。
嫌な予感…。
俺の嫌な予感は外れた事がない。
だけど、今の俺にはどうする事もできない。
楽しげな表情を浮かべ、夜の神社で空を見上げるミコトと、すでに身体が鎖でも巻き付けられたように身動きの取れない俺と、二人だけの時間が過ぎる。
かなり先の音まで聞き取れるのではないかと思う程、とても静かだった。
どれほどの時間が経ったのだろうか、コツコツと階段を上がってくる足音が聞こえてくる。
こんな時間に、神社に参拝だろうか…?
酔狂な人間もいたものだ。
ただ、今の俺を見て、変に勘ぐられては面倒な事になるかもしれない。
少し緊張する。
ゆっくりと階段を上がってきた人物が月明りに照らされた。
「…ッ!」
俺は驚愕に目を開いた…。
何故、彼女がこの神社にやってくるのだ?
目の前に現れたのは…薫だった。
「間に合った…みたいね」
「どうして…?」
目の前の薫は思い詰めた表情でゆっくりと歩み寄る。
間に合う…?
薫の口から、どうして、そんな言葉が飛び出してくるんだ?
これでは、まるで俺が死ぬのがわかって…。
そこまで考えて、俺はハッとする。
ミコトを見れば、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「驚いた表情を見せてるな」
「当たり前だろ!どういう事だ!何で、薫がここに来るんだよ?」
先程、生まれた不安を俺はミコトにぶつける。
不安はどんどん大きくなっていく。
「知ってたからだ。お前は気付いていなかったようだが、お前が死ぬ事を伝えたあの日、そいつはドアの向こうで聞いていたんだ…声を殺して泣きながらな」
「…そんな…」
俺は、ようやく、気が付いた。
あの日、立ち去る直前に、ミコトがドアに視線を向けた意味を…。
じゃあ、結果が変わらないと言った、ミコトの本当の意味は…まさかっ!
「ごめんね…本当は、もっと早く来るつもりだったんだけど…決心がつかなくて…」
「薫…」
「だけど、もう大丈夫。迷わない」
俺は理解した。
薫は俺の為に死ぬつもりなのだ。
薫の表情は笑顔だ。
だけど、その笑顔が引きつっているのがわかる。
身体も声も微妙に震えていた。
怖くない訳がない。
今にも死の恐怖に押し潰されそうになるのを必死で抑えているに違いない。
「馬鹿な事を言うなっ!」
「馬鹿じゃないわ。私は拓哉くんに生きて欲しいから…だから…」
薫がゆっくりと顔を近付けて、そして…口づけをした。
唇と唇を触れ合わせるだけのキス…。
薫との初めてのキス…。
そして、それは薫から俺への別れのしるし…。
「さよなら…」
「か…おる…」
薫は駆け出していた。
神社の奥、柵の向こうへ…。
薫は一度だけ、こちらを振り返る。
俺は言う事を聞かない身体を無理矢理動かして薫を追った。
思うように動かない足のせいで、何度も縺れる足を何とか前へと進ませる。
柵の向こうの薫へと手を伸ばした。
届いた!
と思ったのだが、薫の身体は無情にも俺の手をすり抜けた。
まるで、スローモーションのように薫の身体が落ちていく。
そして、ドサッという音と共に地面へ激突した…。




