第22話『待ちぼうけ』
先輩との約束の日曜日…普段、寝起きの悪い俺は不思議と目覚ましより早く目が覚めた。
しかし、スッキリとした目覚めではなく、頭が鈍く痛んでいた。
だけど、これは今朝に限った事ではない。
ここ一週間ぐらい毎日だった。
重くだるい身体を動かして、ベッドから降りて伸びをすると、カーテンを開ける。
「まったく…最高のデート日和だな…」
俺は、土砂降りの雨が降る外を見つめて憎々しげに呟く。
これでは、尚更、先輩は家から出てこないだろう。
絶望的な状況にため息を吐きながら準備を始める。
デートらしく、いつもより少し格好を気にする。
髪型をセットして鏡の前で確認。
最後に財布をポケットに捩じ込む。
腕時計に視線を落とすと、七時半になろうかというところだった。
「よし、行くか」
気合いを一つ入れる。
隣りの明日香も頷いている。
約束の時間にはだいぶ早かった。
しかし、万が一先輩が早く来るという事もある。
もし、その時、俺の姿がなければ、帰ってしまうかもしれない。
それを懸念しての行動だった。
外へ出ると、雨足は一層激しくなる。
厚い雲に覆われた空を、恨めしそうに睨み付けると、俺は傘をさして約束の場所に向かった。
途中、コンビニに寄って、パンを数個とジュースを購入した。
長期戦になる可能性が高かったからだ。
待ち合わせの場所である駅前に着いた頃には、傘をさしていたにも関わらず、肩がぐっしょりと濡れていた。
俺はそれをハンカチで拭う。
庇の下のベンチに腰掛けて、俺は時間を確認した。
八時…。
約束の時間まで、まだ二時間もあった。
激しい雨が降っているせいだろうか、ほとんど人はいなかった。
俺はビニール袋からパンを一つ取り出して食べ始めた。
あっという間に飲み下すと、何だか少し落ち着いた気がする。
隣りでは、明日香がベンチに腰掛けて足をブラブラとさせている。
「そういえば、お前と初めて会ったのも、こんな雨の日だったな」
「そうだね」
空を見上げた俺は、あの日の事を思い出していた。
誰も覚えてなかったけど、それは再会だった…。
いや、覚えていないだけで、明日香にはわかっていたのかもしれない。
『きっと、お兄ちゃんなら大丈夫だよ』
以前、明日香はそう言っていた。
何故、俺なら大丈夫なのか…?
あの時は考えた事すらなかった。
明日香は潜在的に、俺と過去に会った事がわかっていたのだ。
きっと…。
俺は隣りに腰掛けたまま、こちらを見る明日香を視線を向けた。
今、隣りに座っている明日香は、昔、俺が好きだった女の子…。
不思議なもんだな。
俺はそこまで考えて、自嘲気味に笑った。
今頃になって気付くなんて…。
俺が…先輩を好きだって事に…。
くそっ!
俺は自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
もし、先輩に『好きか?』と聞かれた時、俺が気付いていれば、先輩はこんなに苦しまなくても済んだかもしれないのに…。
鈍感な自分に嫌悪を抱く。
ため息を吐いて、俺は時間を確認した。
すでに、約束の時間まで、後十分程になっていた。
俺は目を凝らして辺りを確認する。
相変わらず、人気はなく雨音だけが世界を支配していた。
先輩が来る様子は全くない。
昨日の先輩の様子を思い出す。
きっと、先輩がここに来る事はないだろう。
それは予感として、俺の中にあった。
「明日香…ごめんな」
「え…?」
不意の謝罪に明日香は目を丸くする。
「先輩を助けるって約束…守れそうにねぇよ」
「……」
それは明日香がずっと望んでいた事…。
最初は意味がわからなかった。
だけど、きっと、明日香は先輩が苦しんでいる事を知っていたのだろう。
だから、俺に頼んだのだ。
だけど、俺はその切望する想いを果たせそうにない。
明日香は黙っていた。
俯いているせいか、どんな表情をしているのかは見えない。
「……」
「……」
気が重くなった俺…。
黙り込んだまま、口を開かなくなった明日香…。
聞こえるのは、降り続ける雨の音だけ…。
時間だけが、ただただ過ぎていく。
気付けば、三時過ぎていた。
もう先輩が来る見込みは、はっきり言ってない。
だけど、俺はその場から動こうとはしなかった。
それは、一欠片の望みに賭けた、というより、先輩が来た時の事を考えての事だった。
もし、先輩が来た時に俺がいなかったら、それこそ絶望的だ。
俺は視線を厚い雲に覆われた空へ視線を向けた。
「お前さ、昔、俺と会った事あるんだぜ」
「…ッ!」
唐突に、俺は明日香に呟いた。
それは単なる気分を変える為だった。
だけど、明日香は俺の予想を遥かに超えて驚いた表情を見せた。
ズキッ…。
次の瞬間、頭に痛みが走る。
こりゃ、風邪引いたか…?
考えてみれば、最近調子が悪かった。
しかし、この頭痛は半端ではない。
訳がわからないまま、眉をしかめて、痛みに耐える。
「……」
益々激しさを増すばかりの痛みを、俺は必死に堪えながら薄く目を開けると、明日香の様子がおかしい。
虚ろな瞳であらぬ方を見つめている。
「明日…香…?」
「……」
絞り出すように明日香を呼ぶが、反応は返ってこない。
ダメだ…。
ザーという雨音とズキズキと痛む頭が不快な不協和音を奏でる中、俺の意識は闇の底へと落ちていった。




