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笑顔の為に  作者: 夜猫
23/37

第23話『気持ち』

光一つない闇の中、俺は一人佇んでいた。

俺はこんな所で何をしているのだろう…?

疑問符を浮かべて、首を傾げる。

辺りを見回してみるが、真っ暗で何も見えない。

それどころか、自分がちゃんと立っているかすらも怪しく感じる。

上下左右の感覚がはっきりしない。

そんな暗闇は、ほんの数分いただけで発狂しそうだ。

落ち着かない様子で辺りを見回してみるが、何も見えない。

「……」

今にも気が狂いそうになる。

叫び出したい衝動に駆られる。

だけど、声は出せなくて…。

そんな暗闇に一粒の光が舞い降りてくる。

「…ッ!」

静かで柔らかい光は俺の心を湖面のように落ち着けてくれる。

しばらくすると、また一粒の光が降ってくる。

一つ…また一つと。

徐々に光の粒はその数を増し、気付けば、雪のように降り始めていた。

闇は下に溜った光の粒で、すでに明るくなり始めていた。

俺は手を出して、光の粒を受ける。

その瞬間、頭の中に映像が流れ込んでくる。

俺は映像に意識を集中する。

目の前には少女の姿が見える。

それは、どうやら子供の頃の先輩のようだ。

先輩はこちらに視線を向けて、口を開く。

『明日香、ちょっと待ってよ』

『お姉ちゃん、早く早くー』

先輩と明日香、二人で遊びに行くところらしい。

だけど、先輩はこちらを見て明日香に話し掛けている。

だけど、明日香の姿は見えない。

いや、違う…。

この視点が明日香なのだ。

俺は気付いた。

これは、明日香の記憶だという事に…。

俺は他の光にも触れてみる。

今度は先輩が明日香に勉強を教えている映像だった。

間違いない。

俺は確信した。

この上から降ってきて、辺りを埋め尽くしていく光は明日香の記憶なのだ。

では、この明日香の記憶が降り続けるここはどこだろう?

まさか…。

「そうだよ」

俺が一つの推論を思い付いた時だった。

いつの間にいたのか、明日香がこちらをジッと見つめていた。

「明日香…」

「拓哉ちゃんが想像した通り、ここは私の中だよ」

やっぱり…。

俺の考えを読み取ったように、明日香は肯定する。

でも、何故、俺が明日香の中にいるのだろう…。

「なあ、明日…」

「拓哉ちゃん、私、全部思い出したよ」

聞いてみようと、口を開くが、その言葉を遮って明日香が話し始める。

「…ッ!」

それは俺を驚愕させるに十分だった。

全てを忘れさせられていた明日香の記憶が戻ったというのだから。

「昔、拓哉ちゃんは私の事好きだったんだよね?」

「ああ…」

「今は…?」

明日香は何が聞きたいのだろうか…?

確かに、俺は昔、明日香の事が好きだった。

しかし、それは子供の頃の話だ。

今は…。

「ごめん。俺は先輩の事が好きなんだ…」

「…私はまだ好きだよ。だから、拓哉ちゃんと一緒にいたいよ」

「……」

少し悲しげな笑顔を見せて、明日香はポツリと呟いた。

俺は何て返せばいいのかわからなかった。

「ずっと一緒に…」

世界が歪み始める。

それは明日香も俺も飲み込んで崩れていく。

明日香の姿が闇の向こうへと遠のいていく。

明日香っ!

叫んでも声にならない。

俺は肺の中の空気を一気に吐き出すように、もう一度名前を呼んだ。

「明日香っ!」

自分の声で意識が覚醒していた。

街灯の光に照らされたベンチで身体を起こす。

俺は自分がどこにいるのかわからなかった。

…ザー…。

辺りはすでに日が落ち、暗くなっていた。

未だ、雨は止む事なく降り続いていた。

「そうだ…明日香?」

先程の事を思い出して、俺は明日香の姿を確認する。

どこにもいない。

俺は辺りを見回して、明日香の姿を探した。

そんな俺の視線がある場所で止まる。

雨のカーテンの向こう側に立ち尽くす一人の少女の姿があったからだった。

「先輩…」

「……」

黙って雨に打たれる先輩はその場から動こうとはしなかった。

俺はゆっくりと先輩に近付いていく。

手が届くか届かないかぐらいの距離で俺は立ち止まる。

俺も先輩も降り続ける雨に打たれ続ける。

「先輩…来て…くれたんだな」

信じられなかった。

絶対に来ないと思っていたのに…。

だけど、先輩は、今、目の前にいる。

「……」

黙ったままの先輩。

酷くなる一方の雨の中にいつまでも立たせておく訳にはいかない。

俺は先輩の肩を抱くようにしてベンチへと連れていく。

「寒くねぇか?」

「大丈夫…よ」

先輩の身体をずぶ濡れで、随分冷えきっていた。

心配して尋ねてみると、力無くだが気丈にも頷いた。

「そっか…」

大丈夫だ、と言われてしまい、俺はそれ以上言えなくなってしまった。

「……」

「……」

沈黙が流れる。

ただ、ベンチに腰掛ける俺と先輩。

どうやら、深夜のようで人通りは完全になくなっていた。

「ねぇ、拓哉くん…」

「何だ…?」

ようやく、口を開いたのは先輩だった。

俺を見る事無く、独り言のように話し掛けてきた。

「私が妹を殺した事…知ってる?」

「…ああ。都築に聞いたよ」

改めて、先輩の口から『殺した』という言葉を聞いて、俺の胸は締め付けられるように痛んだ。

「そう…。じゃあ、何で殺したと思う?」

まるでクイズの問題でも言うように、おどけた口調だった。

それが、とても悲しく感じられた。

「さあ…な」

俺はそう言うだけで精一杯だった。

「嫉妬よ」

「え…?」

「ずっと昔ね、大好きな男の子がいたのよ。でもね、その男の子が好きだったのは明日香だったわ」

自分を嘲るように笑う先輩に、俺は愕然としていた。

先輩が明日香を殺した理由…その原因が俺だったなんて…。

「男の子が告白したところを見ちゃったのよ…その瞬間、私の中で何かが弾けたわ」

それは、かくれんぼをしたあの日の事だ。

まさか、見られていたなんて…。

ようやく、俺はあの日以来、二人が来なくなった理由に気付いた。

「簡単だったわ。階段から背中を押すだけだもの…」

「もういい…」

先輩を見ているのが辛かった。

「私が明日香を殺したのよ」

「もういいっ!」

俺は先輩を力一杯抱き締めていた。

先輩はどれだけ自分を責めれば気が済むのだろうか?

いや、気が済む事なんてないだろう。

「拓哉くん…離して」

「嫌だ」

先輩は、軽く身を捩り、俺から逃れようとする。

だけど、俺は腕に力を込めて、離そうとはしない。

「俺は先輩の事が好きだ。だから、もう傷付けさせない」

「拓哉…くん…うわぁあああ…」

先輩の瞳から涙が零れ落ちる。

顔をくしゃくしゃに歪ませて、先輩は子供のように嗚咽を洩らして泣いた。

あの日から、どれだけ辛い思いをしてきたのだろうか?

自分を責め続けて…。

自分を傷付けて…。

だけど、もう終わりにしたかった。

「大丈夫だ」

俺は胸の中で泣く先輩の背中を優しく擦ってやる。

「拓哉くんが言った通りだったのよ。周りの人達はみんな悲しい顔をしてたのよ…」

泣きながら先輩は、自分の中にあるものを全て吐き出した。

先輩の家に行った時の俺の言葉…少なからず先輩に届いていたようだ。

「先輩…」

「私…どうしたら…いいの?」

涙に濡れた先輩が顔を上げる。

そこには、どうしようもない不安が表れていた。

「笑顔でいるんだよ」

「え…?」

俺は先輩に笑顔で語った。

先輩は驚いたように目を丸くする。

「先輩が笑顔でいれさえすれば、みんなだって笑顔になるさ」

「それだけ…?」

「ああ。それだけで十分なんだよ」

そして、俺はもう一度先輩を抱き締めた。

冷えきった身体がお互いの体温で少しづつ暖められていく。

それはまるで、お互いの凍った心を溶かしていくようだった。

「ねぇ、拓哉くん…」

「何だ?」

「もう一度、さっきの言葉、言ってくれる…?」

「さっきの言葉…?」

俺の胸に顔を埋めてポツリと呟いた。

俺は意味がわからず、疑問符を浮かべる。

一向にわかる様子のない俺に先輩は拗ねたように頬を膨らませた。

「私への気持ちよ」

「ああ…えっと、何だっけ?」

はっきりと口にする先輩に、俺はわざと惚けたようにそっぽを向く。

改めて口にするのは恥ずかしかった。

先輩はそんな俺を睨み付ける。

どうにも逃げられない感じだ。

仕方ない。

「その…好きだ」

「私も大好きよ」

そう言って笑う先輩の顔は、とびきり可愛かった。

いつしか降り続いていた雨は止んでいて、空には月が輝いていた。

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