第20話『先輩のいない学校』
あれから、二日…俺は放課後、屋上のベンチに横になって、空を見上げていた。
そろそろ、梅雨入り時期のはずなのだが、空は雲一つなく晴れ渡っていた。
先程、先輩の教室に向かったが、今日も先輩は休みだと聞かされた。
さて、これからどうしよう…。
最初は家へ行ったとしても、悪い方向にしか向かわないだろうと考えていたが、休み出して、もう三日経つ。
そろそろ、何か考えた方がいいだろう。
俺は身体を起こして、ベンチに腰掛ける。
それを見た明日香がタタッと走り寄って、隣りにチョコンと腰を下ろして顔を覗き込んでくる。
「明日香…」
「?」
名前を呼ぶと、明日香は意図がわからず、首を傾げて疑問符を浮かべる。
俺の頭には都築の言葉が甦ってきていた。
『あいつは…人を殺したんだ。自分の妹を神社の階段から突き落とした…』
先輩が明日香を殺しただと…?
だけど、何故だろう、違和感がある…。
それは、都築の話を聞いた時からずっと感じていた事だった。
それが何かはわからない。
そのせいか、胸の奥がモヤモヤとして気持ち悪かった。
「大丈夫…?」
「え…?」
「何か…苦しそう…だったから…」
考えを巡らせていると、明日香が不意に尋ねてきた。
意味がわからない。
それが表情に出たのだろう、補足するように明日香が怖々と説明する。
きっと、眉をしかめて考えていたのだろう。
それが明日香には『苦しそう』に見えたに違いない。
「あ、ああ…別に苦しくなんてねぇよ」
「良かったー」
心底安心したように、明日香は安堵のため息を吐いた。
かなり心配したみたいだな。
これからは気をつけよう。
俺が自分を戒めていると、突然、背後に気配を感じる。
ゾクゾクと感じるこの独特な感覚には覚えがある。
「何か用か?…ミコト…」
「ほう…」
振り向く事もなく、声を掛ける俺に、背後の気配は感嘆の声を洩らす。
その声は、やはり予想した通り、ミコトだった。
まったく、いつもながら神出鬼没な奴だ。
ミコトは回り込んで、俺の目の前に立つ。
「人の気配に気付くとは、人間にしてはなかなかやるな」
「そりゃ、何度も酷い目にあわされてるからな」
感心するミコトに、俺は嫌みたっぷりで返してやる。
ちょっと、後が怖い気がするけど…。
しかし、ミコトは別段、気にする様子もなく、明日香へと視線を向けていた。
「封印が解けかけているのか…?」
「ミコト…?」
意味がわからない。
封印…?
ミコトは何を言っているんだ?
当の本人は、頭に疑問符を浮かべている。
「何があった…?」
「は…?」
明日香に向いていた視線がギロリとこちらを向く。
俺はポカンと口を開けてしまう。
「何か変わった事があっただろう?」
「あ…」
きっと、ミコトは明日香の声が聞こえ始めた原因の事を言っているのだろう。
それに気付いた俺は、あの日あった事をミコトに全て話した。
自分が先輩の事で自暴自棄になっていた事…。
自分を傷付ける事で気を落ち着けようとした事…。
そんな俺を身をていして、救ってくれた事…。
その時、初めて明日香の声が携帯無しで聞こえた事を話した。
話し終えると、ミコトは満足そうに笑みを浮かべていた。
「予定通りだ…」
何が予定通りなのかはわからない。
だけど、ミコトの笑みと言葉は、俺に不安を与えた。
何か、恐ろしい事が俺の知らない水面下で進んでいる…そんな気がして仕方なかった。
「予定通りって…何がだ…?」
「ふふっ、お前は知らなくて良い事だ」
やはり、教えてくれなかった…。
ミコトはそれだけ言うと、スタスタと屋上を出ていく。
「ふぅ…」
俺はため息を吐く。
ミコトと出会うと、いつもこうだ。
身体中、気怠い感じに包まれる。
「まったく…ミコトの奴、何なんだ…?」
俺はミコトがいなくなった事を良い事に、ブツブツと文句を言っていると、ガチャンと屋上のドアが開けられる。
戻ってきた!?
俺は一瞬にして、身体を硬直させる。
しかし、入ってきたのはミコトではなく都築だった。
「森山、こんな所にいたのか?」
「よう。顔が痛々しいな」
「うるせぇ」
腫れはだいぶ引いたとはいえ、都築の顔にはは未だ、絆創膏が貼られている。
もちろん、俺も似たような感じだが…。
そんな冗談が言える程、都築からは嫌みさが無くなっていた。
あの日以来、都築と香澄さんとの蟠りは、少しづつ消えつつあるようだった。
まだ、ぎこちなさを残しているとはいえ、それもすぐに無くなるだろう。
「それで、俺に何か用か?」
「用がなきゃ、お前なんぞに会いに来る訳ないだろ」
もっともな話だ。
これで用がなく、俺に会いに来たなんて言われた日にゃ、都築の趣味を疑わなければいけない。
「で、用は?」
「雨宮の事だ」
「先輩の…?」
こんな所でいつまでも男二人で話し込めば、変な噂がたち兼ねない…俺は早速用件を尋ねた。
都築の口から出たのは先輩の名前…。
先程までの冗談の雰囲気が、一気に真面目なものへと変わる。
「いつまで放っておくつもりだ?」
「……」
「恐らく、あいつはもう学校に出てくるつもりはないぞ…」
それは、俺も考えていた事だ。
やはり、直接話さなければ、進展する事はないだろう。
俺は意を決する。
「今日、先輩の家に行ってくる」
「そうか…」
都築は俺の言葉に満足そうに頷いた。
どうやら、その言葉が聞きたかったようだ。
あの日以来、何度か都築と話したが、自分のした軽率な行動に対して、かなり悔いている様子だった。
「という訳で、俺は行くぞ」
そうと決めたら即実行だ。
決心が鈍らないうちに、俺は立ち上がり、サッサと屋上を後にする。
「…あいつを頼む」
自分でも、勝手な事を言っている事は重々承知しているのだろう。
俯いたまま、ボソリと呟いた。
そんな都築に、俺は背中を向けたまま手を挙げて返す。
全てを良い方向に導く為に、何としても先輩に元気になってもらわなくてはならない。
俺は隣りの明日香を一瞥して歩き始めた。




