第17話『気晴らし』
「お前が見たいの、選んでいいぞ」
映画館の前で明日香にだけ聞こえるように、俺は小さな声で呟いた。
明日香は目を輝かせて看板を食い入るように見ている。
その中の一つの看板で明日香の視線が止まる。
「これが良い」
指を差した看板はアニメだ。
確か家族向けの猫が主人公の冒険もので、話題作だったはずだ。
しかし、何でも良いと言ったものの、この歳でアニメ映画を一人で見るのはちょっと恥ずかしい。
いや、実際は明日香と二人なのだが、幽霊の明日香は他人には見えない。
したがって、他人からは、俺一人でアニメを見に来ているように見えるのだ。
「あのな…」
「?」
未だ、看板を見つめている明日香に俺は後ろから声を掛ける。
やっぱり、別のものに変えてもらおう。
そう思ったのだが、疑問符を浮かべて振り返る明日香を見たら躊躇ってしまった。
何て嬉しそうな顔をしているのだろう。
そんな表情を見せられたら、別の映画に変えてくれ、なんて言えないではないか…。
「いや、何でもない。さあ、行くとするか」
「うんっ!」
歩き始める俺の後を、明日香は嬉しそうに頷くとトテトテとついてくる。
入口で受付を済ませて中に入る。
時間を確認すると、後五分で次の上映が始まるようだった。
タイミングばっちり。
俺は適当に飲み物を買って、中へと入っていく。
日曜日で混んでいるかと思っていたが、意外と客は少なかった。
俺は明日香の事も考えて、出来るだけ人の座ってない場所を探して腰を落ち着ける。
一息ついたところでブザー鳴り響いて照明が消された。
いよいよ始まる。
チラリと視線を送ると、明日香は期待に満ちた瞳でスクリーンに釘付けだった。
俺は明日香に気付かれないように苦笑する。
暗闇の中、スクリーンから発せられる光だけが俺達を包んでいた。
それから二時間…。
あっという間に映画は終わってしまっていた。
「ふぅ…」
照明が点けられて、観客の喧騒が戻ってくる中、俺は一息ついた。
「まあまあ、面白かったな」
口ではそう言ったものの、実際にはかなり感動した。
不覚にもクライマックスでは涙してしまった程だった。
いやー!最近のアニメって凄いな。
明日香は、かなり満足しているのか興奮しているようだ。
取りあえず、人のほとんどいなくなった劇場を出る。
「よし!明日香の為にパンフレットを買ってやろう」
「別に、私、欲しくな…」
「大丈夫。気にしなくていいぞ」
首を振って否定しようとする明日香の言葉を遮って売店へと足を運ぶ。
まあ、本当は俺が欲しいだけなんだが、素直に買いに行くのは躊躇われた。
それで、明日香をダシに買いに行ったという訳だ。
まあ、良く考えてみれば、明日香が見えない以上、普通に俺が買ってるようにしか見えない訳だが…。
グッズを大量に買い込んだ俺は、明日香を連れて映画館を後にする。
時間は正午をちょっと過ぎたぐらい。
まだ、家に帰るには早過ぎる。
喫茶店でも行くとするか。
キョロキョロと辺りを見回すと、すぐに一軒の喫茶店を発見する。
俺達はその喫茶店へと入っていく。
日曜日だというのに、喫茶店の中に客はほとんどいなかった。
適当な場所に腰を落ち着ける。
四人掛けのテーブルで窓際で道行く人が良く見える席だ。
明日香は俺の前の窓側の席に座って、足をブラブラとさせて楽しそうに外を眺めている。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ、カフェラテを」
「畏まりました。しばらくお待ち下さい」
注文を浮けたウェイトレスは深々と頭を下げて立ち去る。
「ふぅ…」
俺は注文を終えると、一息ついた。
映画を明日香と見たせいだろうか、気分は少し晴れていた。
きっと、こんな風に楽しい事をしていけば、先輩の事を忘れられるに違いない。
結局は時間が解決してくれるのだ。
要は先輩に関わらなければいいだけ…。
簡単な事だ。
「お待たせしました」
「ありがとう」
目の前にカフェラテが運ばれてくる。
ウェイトレスに軽く会釈を返す。
それに答える最初のように深々と一礼してウェイトレスは戻っていく。
俺は置かれたカップを口に運んで、カフェラテを一口飲む。
ほろ苦さと熱さが身体に染み込んでいって、癒されていく感じがする。
「あの人…」
ゆっくりと味わって飲んでいると、明日香に何かに気付いて声を上げる。
明日香の言葉に、対して気にもせず、視線を外へと向けた。
「……」
そこにいたのは、香澄さんだった。
遊びにでも来たのだろうか、私服で歩いていた。
先輩の事もあってか、さすがに、香澄さんと会いたくなかった。
気付かれないように、身体を低くする。
だが、その不審な挙動が余計に目を引いたのだろうか、香澄さんがこちらに視線を送る。
ばっちり目が合う。
やばい…。
案の定、香澄さんは俺に気付いて、手を振ってこちらに歩いてくる。
カランと乾いた鈴の音が響いて、香澄さんが中に入ってくる。
「拓哉さん。こんにちは」
「あ、ああ…。こんにちは」
どうしても、香澄さんを見ると先輩の事を思い出して、動揺してしまう。
そんな俺に気付いているのかいないのか、香澄さんは俺の真ん前に腰掛けた。
ちょうど、明日香の隣りの席だ。
「今日は雨宮さんと、一緒じゃないんですね?」
「……」
香澄さんの言葉は、すばり俺の胸の傷をえぐった。
だから、俺は何も言えなかった。
「どうか…したんですか…?」
俺の様子が変な事に気付いたのだろうか、怖々と聞いてくる。
「……」
俺は返事を出来ずにいた。
昨日、あった事を正直に話すべきか迷っていたからだ。
「もしかして、都築くん…ですか?」
「…ッ!」
まるで、見透かされたような香澄さんの言葉に、俺は驚いて顔を上げた。
そして、すぐに俯いた。
それは、たとえ黙っていたとしても肯定しているのと同じだった。
「そうなんですね」
「…ああ」
確認する香澄さんに、俺は頷くしかなかった。
自分の言葉を俺に肯定された香澄さんは黙っていた。
俺も何を言えばいいのかわからずに、口を開けずにいた。
気まずい沈黙が二人の間に流れる。
そんな静寂を破ったのは、香澄さんだった。
「ごめんなさい」
「何で、香澄さんが謝るんだよ?」
唐突の謝罪に、俺は困惑してしまう。
香澄さんが謝る必要なんて何一つない。
ない…はずなんだ。
「だって、全ての原因は私にあるんですから…」
だけど、香澄さんの言葉は俺の頭を真っ白にさせていた。




