第15話『困惑』
「それにしても、変な事になっちまったな…」
学校を後にした俺と先輩、香澄さんの三人は昼食でもとろうかと歩いていた。
何故か、先頭をスタスタと歩く先輩の後ろを俺と香澄さんがついていくといった感じだった。
「何がですか?」
「いや、別に…」
先程のデートの誘いをぼやいていると、それに気付いた香澄さんがキョトンとした顔で俺の顔を覗き込んでくる。
俺はそんな香澄さんをジト目で睨んで、ため息を吐いた。
まったく、香澄さんは、自分の言葉が発端だという事を本気で気付いていないのだろうか?
それとも、実は気付いていて、知らぬフリをしてるのだろうか?
「はぁ…」
天然なのか、腹黒いのかわからない香澄さんに、俺はまたため息を吐いた。
まあ、それでも先輩と一緒に出掛けられる事は良い事だし、満更悪い事でもないか…。
取りあえず、自分自身で納得して、この問題を終わらせる。
「二人共、何か食べたい物はある?」
「食べたい物か…」
「私は何でもいいですよ」
突然、前を歩いていた先輩が立ち止まって振り向いた。
どうやら、昼食を決め兼ねているようだ。
俺は腕を組んで悩み、香澄さんはニッコリと微笑んだ。
さて、突然、食べたい物と言われても、すぐには思い付かない。
というか、そんなに考えなくてもいいような気もする。
「別に、適当にハンバーガーでいいんじゃねぇか?」
「そうね。香澄もそれで良い?」
「ええ。全然、構いませんよ」
面倒臭くなった俺の提案はあっさりと受け入れられた。
一応、先輩は香澄さんにも了承を得る。
「それじゃ、行くとするか」
今度は俺が先立って歩き始めた。
ハンバーガーショップはここから歩いて十分程の場所にある。
土曜日の昼過ぎのせいか、制服で歩く生徒達と良くすれ違う。
時々、同じ学校の制服も目に付いた。
他愛ない話をしながら歩いていたせいか、ハンバーガーショップにはあっという間に辿り着いた。
ごった返すカウンターで適当に注文を終わらせると、俺達は二階へと上がっていく。
混んでいる中、適当なテーブルに腰掛けた。
「それにしても、たくさん食べられるのですね?」
先程の注文を聞いていた香澄さんが、目を丸くしていた。
品物は作っている最中で、まだ届いてはいない。
あるのは、飲み物だけ…。
ちなみに、俺が頼んだのはハンバーガーを四つとポテトと飲み物だ。
昼食にしては、ちょっと多過ぎたかもしれない。
「まあ、食べ盛りだからな。大体、二人が食わな過ぎなんだよ」
「そう?」
「普通ですよ」
二人が頼んだのはポテトと飲み物だけ…。
キョトンと顔を見合わせる先輩と香澄さん。
「大体、拓哉くんが食べ過ぎなのよ。肥らないように気をつけなさい」
「はい…」
呆れたように、先輩は肩を竦めた後、説教じみた言葉を投げ掛ける。
まるで、先輩、悪い事をした子供を窘める母親みたいだ。
「ふふっ…本当に仲が良いですね」
俺達二人のやり取りを見ていた香澄さんがクスクスと笑う。
「いや、別に、そんなんじゃねぇ…」
「ええ。仲良いわよ」
否定しようとしていた俺の言葉を遮り、先輩は不敵な笑みを香澄さんに返した。
その先輩の言葉に、香澄さんはフッと優しい表情を見せる。
「少し、安心しました」
「何が?」
ストローで飲み物を飲みながら、意味がわからず聞き返す。
炭酸の心地良い感触が喉を潤す。
「雨宮さん…都築くんと付き合ってると思ってましたから…」
「都築…?」
「……」
聞き覚えのない名前だった。
恐らく、先輩達と同じ、三年生なのだろう。
もしかして、以前、先輩を呼び止めたあの男の事か?
視線を送ると、先輩は黙り込んで、表情を曇らせて俯いていた。
話を振った、やはり当の香澄さんはまずい事を言った感じを空気から感じ取ったのか、やはりこちらも黙り込んでいた。
「お待たせしました」
気まずい空気が立ち込める中、それを払拭するように背後から声が掛かった。
店員が注文の品を運んできたのだ。
「あ、ああ…ありがとう」
「それでは、ごゆっくり」
品物をテーブルに置いて、一礼して店員は戻っていく。
「さ、冷めないうちに食っちまおうぜ」
言うが早いか、俺は目の前のハンバーガーの包みを開いてかぶりついた。
戸惑いながらも、先輩と香澄さんも食べ始めた。
都築という男の事が気にならないと言ったら嘘になる。
だけど、今はいたずらに追及しても仕方ない事はわかっていた。
言うべき事なら、いつか先輩自ら伝えてくれるに違いない。
俺はそう信じた。
ハンバーガーを食べ終わった俺達は、すぐにハンバーガーショップを後にした。
「それでは、失礼します」
深々と頭を下げる香澄さんと別れて、俺達二人は帰路へと就いた。
「……」
「……」
先程の事が頭にあるせいか、俺も先輩も無言だった。
どれほどの間、静寂が流れていただろう、突然、先輩が足を止めた。
「ねぇ、拓哉くん…一つ教えてくれる?」
「ああ」
「私の事…好き?」
「え…?」
あまりにも予想外の言葉に、俺は言葉に詰まった。
こちらを振り向く事なく前を向いたままの先輩…。
どんな表情をしているのかは窺い知る事は出来ない。
そんな先輩を前に、俺は何も言えずにいた。
「ようやく、見つけたぜ…」
二人の間に流れた、長い静寂は突然の男の声によって破られた。
聞き覚えのある声…。
胸がザワザワする。
ゆっくりと振り向いた、その先には、ずっと気に掛かっていた男が立っていた。
男は俺の横を通り過ぎて先輩の隣りに立つ。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて、先輩の肩を馴々しく抱く男に、俺は嫌悪感を覚える。
「おい、お前…」
「何だよ」
男は人を小馬鹿にしたように見下した視線を送ってくる。
「最近、こいつと良く一緒にいるらしな」
「だったら何だよ」
「はっ!物好きな奴だな」
相変わらず、ニヤニヤと笑う男に、沸き上がる怒りを隠そうともせずに怒気をはらんだ声で返す。
そんな俺を挑発するように、男は鼻で笑った。
「何だと…ッ!」
更に俺の怒りが膨らんでいく。
うなじから髪の毛が逆立ちしそうなくらいザワザワとしてくる。
「無駄なんだよ。こいつは俺の物だからな」
「……」
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
男が適当な事を言っている…そう思いたかった。
だけど、いくら待っても先輩の口から否定の言葉は出てこない。
「信じられないって顔をしてるな。だったら、証拠を見せてやるよ」
「証拠…?」
「ああ…」
こいつは、一体何をするつもりだ?
男の言葉に意図を図り切れず、俺は訝しげに視線を送る。
と、次の瞬間、男はとんでもない行動に出た。
「…ッ!」
先輩に無理矢理口付けしたのだ。
無理矢理…?
いや、違う。
何故なら、先輩が一切抵抗してないからだ。
頭が真っ白になる。
思考が止まってしまった。
男はゆっくりと唇を離すと、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
訳がわからなかった。
ただ、俺を捕らえる先輩の無機質な瞳に、俺はその場から逃げ出すように駆け出した。




