第14話『香澄さん』
「はぁ…」
俺は、今日、何度目になるかわからないため息を吐いた。
目の前には段ボールが積まれている。
俺は、また先輩を手伝う為に図書室に来ていた。
土曜日の今日は授業が終わると同時に図書室にやってきた。
与えられた仕事は、前回と同様に新聞の日付ごとに整理する事だった。
ちなみにため息の原因はこの仕事のせいではない。
昨日、見た夢のせいで俺は朝から気が重かった。
何故、あんな夢を見たのだろう?
やはり、明日香の記事を見たせいだろうか?
「はぁ…」
わからない事のせいで、ため息が洩れる。
「また、ため息吐いてますね」
「おわっ!」
突然、背後から掛かった声に、自分の世界に入り込んでいた俺は、飛び上がらんばかりに驚いた。
振り返ると、そこには香澄さんがニコニコと笑顔で立っていた。
「新聞の整理、疲れましたか?」
「いや、別にそういう訳じゃ…」
「単調な仕事ですからね。疲れても仕方ないですよ。少し休憩しましょ」
俺の否定を、気を使っていると感じたのか、香澄さんは笑顔のまま、労うように肩にポンと手を置くと、隣りに腰掛けた。
「そうだな」
ため息自体、仕事と関係はないが、単調な仕事に疲れていたのは事実だった。
俺は作業の手を止め、グーッと伸びをした。
「ところで、先輩は…?」
どうやら、ここにいるのは香澄さんだけのようだった。
気になった俺は、香澄さんに尋ねてみる。
「雨宮さんも、もう少ししたら来ると思いますよ」
「そっか」
香澄さんの仕事が先に終わったのだろう。
俺は納得して、その場で姿勢を崩して楽にする。
「それにしても、不思議ですよね…」
「何が?」
突然の香澄さんの言葉の意味がわからず、俺は聞き返した。
「拓哉さんと一緒にいる時の雨宮さん…とても楽しそうです」
「そうか?あれが普通じゃねぇのか?」
俺といる時の先輩の態度は、決して楽しいという感じではない。
だけど、香澄さんは俺の言葉に、少し表情を曇らせて目を伏せる。
「いえ…教室にいる時の雨宮さんは、その…元気がないと言うか…あの…生気がないと言うか…」
言いにくそうにゴニョゴニョと説明する香澄さん。
最後の方は小さくて、聞き取るのがやっとだった。
「そうなのか?」
「ええ。誰かと話すという事もなさいませんし…」
かなり意外だった。
俺の中の先輩のイメージは、何かと口を出したがるようなタイプだった。
だけど、生気がない…これは少しわかる気がする。
何故なら、何度かそんな先輩を見ているからだ。
しかし、まさか、教室でもそんな状態だなんて…。
俺は何となく香澄さんから視線を外した。
「……」
「……」
重い空気が部屋の中を支配していた。
俺も香澄さんも、黙ったまま口を開かなかった。
「香澄!」
そんな静寂を破るように、思い切りドアを開けて、先輩が中に入ってきた。
何やら不機嫌…というか怒ってるように見えるんだが…。
「雨宮さん。どうしたんですか?」
先輩の様子に気付いているのかいないのか、香澄さんはニッコリと笑顔を返した。
「どうした、じゃないでしょ?仕事を私に押し付けて、何してるのよ?」
「拓哉さんと、お話ししてます」
怒りを押し殺したような声で呟く先輩に対して、香澄さんは飄々と言い放つ。
うわっ!
火に油どころか、ガソリンを注いでるーーーっ!
「あのね…」
呆れたように先輩は、眉間を指で押さえた。
ピリピリとした緊張感が部屋の中を満たしていく。
まずい…。
このまま、二人を放っておけば、いつか先輩が爆発してしまう。
何とか、この嫌な雰囲気を払拭しなければ…。
「な、なあ、先輩…」
「何よ」
怖々と話しかけると、不機嫌そうな声と視線が返ってくる。
かなり、ご機嫌ななめのようだ。
凍るような冷たい視線が突き刺さる。
「来週の日曜日、休みだよな?」
それでも、何とか進めようと必死に話を続ける。
「当然でしょ?日曜日なんだから」
「いや、そうなんだけどね…」
「まったく!拓哉くん。男なら言いたい事があるならはっきり言いなさい」
ぐはっ…。
ピシャリと言い放たれてしまった。
香澄さんと先輩の険悪なムードを解消しようと考えていたはずなのに、何故か俺が先輩を怒らせている気がして仕方ない。
どうする…?
どうすれば、先輩の気を逸らす事ができるだろうか…?
先輩の容赦ない視線に焦りを覚える。
「せったくだから、来週の日曜二人で出掛けないか?」
口をついて出た言葉は、誰がどう聞いてもデートの誘いだった。
というか、どうして俺はテンパると軟派な言葉しか出てこないのだろう?
まったく…。
「あらあら。お熱いですね」
「か、香澄さん…」
本気なのか冷やかしているのか、香澄さんはニコニコと俺達にチャチャを入れる。
まったく…。
俺は疲れたようにガックリと肩を落とした。
頼むから、これ以上、先輩の機嫌を損ねるような事は言わないで!
心の中で必死に抗議する。
「二人はラブラブなんですね」
しかし、口に出さない想いが通じる訳もなく、香澄さんの冷やかしが止まる事はない。
「……」
ああっ!
先輩の視線が冷たいーーーっ!
これでは、香澄さんと二人でグルになって、先輩をからかってるように見えてしまう。
「い、いや…俺は本気だよ」
って、俺は何を言ってるんだーーーっ!
完全に自分を見失った俺は、泥沼にハマっていた。
「…いいわよ」
アワアワと取り乱す俺と楽しそうにニコニコと笑顔を見せる香澄さんを一度交互に見た先輩は、少し間を取った後、ポツリと呟いた。
「え…?」
「だから、いいわよ。それじゃ、来週十時に駅前で待ち合わせ。いいわね」
驚いて呆気にとられている俺を余所に、先輩はテキパキと待ち合わせの時間と場所を決めてしまう。
「あ、ああ…」
「じゃあ、そろそろ時間も時間だし、帰りましょ」
「そうですね。では、今日は解散という事で」
香澄さんが締めて、今日の図書室での仕事は終わりとなった。
はぁ…疲れた。




