第13話『過去夢』
ここはどこだろう…?
俺は石の階段を駆け上がっていた。
どこか見覚えのある風景に、俺は自分がいる居場所を必死で思い出そうとする。
確かに、来た事があるはずなんだ。
まるで、出そうで出ないくしゃみのようで気持ち悪い。
だけど、階段を上がっていくにつれて、俺はここがどこだか、ようやくわかってきた。
階段を上がり切った俺の目の前に現れたのは神社だった。
そう、ここは俺が初めて明日香と先輩に出会った、あの神社だった。
でも、何故だろう…どこか違和感を感じる。
青々と茂る木々…。
大して大きくない社…。
所々、欠けた石畳…。
変わった所は何一つない…。
なのに、どうして俺はこの神社は普段とは違って見えるのだろう…?
少しづつ神社に近付くにつれて、俺の疑問は解け始めた。
そうか…視点が低いんだ。
そう、いつもより、見ている周りの物が大きいのだ。
ようやく、そこで俺は自分の身体が小さい事に気が付いた。
しかし、何故、俺はこんな事になってるのだろうか?
「まだ…来てないみたい」
突然、自分の口をついて出た言葉に、俺はドキッとしてしまう。
その声はあどけない小さな子供の声…。
そうか。
これは、俺の子供の頃の記憶を夢として見てるんだ。
それにしても、子供の頃にこの神社で遊んでいたなんて、全く覚えてなかった。
大体、今の俺の言葉を聞けば、誰かを待っているようだが、待ち合わせしていた記憶はない。
ソワソワと落ち着かない様子で、転がっている石を蹴ったりして暇を潰す小さな俺は誰を待っているのだろう?
「ごめんね。お待たせーっ!」
「遅れちゃったよ」
可愛らしい声と共に、小さな少女二人が、息を弾ませながら石段を駆け上がってくる。
……ッ!
その少女を見た瞬間、俺は凍り付いてしまった。
二人の少女は双子なのか同じ顔をしている。
だけど、問題はそこではない。
そう…そこにいたのは、間違いなく明日香だった。
目の前の二人の明日香に、俺は戸惑ってしまう。
片方は間違いなく明日香だろう…。
ならば、もう一人は誰だ?
「明日香ちゃんも薫ちゃんも遅いよ」
頬を膨らませて、抗議する俺の口から出たのは二人の少女の名前…。
薫…。
それは先輩の名前だった。
明日香の姉妹は先輩なのだから、少し考えればわかったはずなのだが、やはり動揺していたのか、そこまで頭が回らなかった。
それよりも、この夢は、本当に俺の子供の頃の記憶だろうか?
そう、疑いたくなるのも無理はない。
何故なら、この夢が本当に俺の子供の頃の記憶なら、先輩と明日香に子供の頃に会った事があるという事になるからだ。
俺は真偽をはっきりさせる為に、状況を見守る事にした。
「ごめんね。拓哉くん」
「いいじゃない。謝ってるんだから」
俺の抗議に一人は素直に謝り、一人はプイッとそっぽを向いた。
それにしても、どっちが明日香で、どっちが先輩なのだろう…?
普通に考えれば、そっぽを向いた方が先輩っぽいんだけど…。
「明日香ちゃんは謝ってないじゃないか」
そっちが明日香かーーーっ!
俺が先輩だと予測していた少女は、何と明日香だった。
と、するならば、先程からしおらしい雰囲気の少女が先輩という事になる。
一体、先輩に何があったのだろうか?
思わず、そう呟きたくなってしまった。
「気にしない気にしない」
「まったく…」
「ごめんね」
横柄な態度の明日香に肩を落としてため息を吐く俺に、小さな先輩がすまなそうに慰めてくれた。
「別にいいよ。薫ちゃんが悪い訳じゃないし…」
「ごめんね」
もう一度すまなそうな顔で謝る先輩…。
ていうか、先輩謝り過ぎだ。
「それで、今日は何して遊ぼっか?」
比べて明日香はマイペース過ぎだ。
「そうだな…鬼ごっこしようよ」
ついでに言えば、小さな俺よ、奴等にツッコミを入れてくれ!
声にならない声で、俺は必死にツッコミを入れた。
そんな、悲痛な叫びが届く訳もなく、小さな俺達は鬼ごっこを始めた。
楽しそうに無邪気に笑いながら遊ぶ小さな三人を見ていると、俺は自分の中に不思議な感情が芽生えてくる。
いや、芽生えるというのは語弊があるだろう…。
正確には甦ってきたのだ…。
そう、それは懐旧…懐かしさだった。
はっきりと思い出した訳ではない。
だけど、感覚として俺は理解した。
明日香と先輩に、俺は子供の頃に確かに会っていると…。
小さな俺と共に、神社の中を駆け回るうちに、俺は何とも言えぬ心地よさを感じていた。
気が付くと、空はすでに夕焼け色に染まっていた。
それでも、俺達は飽く事なく鬼ごっこを続けていた。
今の鬼は先輩。
俺は見つからない場所を探す為にウロウロと歩く。
「もういいかーい」
「まーだだよ」
先輩の声が小さな俺を焦らせる。
とにかく、どこかに隠れようと神社の裏の下へ飛び込んだ。
「…ッ!」
しかし、中には先客がいた。
それは、明日香だった。
狭い空間に二人きり、息を殺して様子を窺った。
「もういいかーい」
「も、もういいよ」
再度、先輩の声に、俺は動揺を隠せない。
それでも、俺はどもりながらも必死に声を返した。
その間も視線は明日香に釘付けだった。
目が離せない。
何て恥ずかしい間だろうか…?
あまりの気恥ずかしさに悶え転がりそうだった。
「ねぇ、拓哉…」
「…何?」
明日香が声をひそめて耳打ちをする。
その明日香の姿は、今の俺から見ても艶っぽく見えた。
その瞬間だった…。
何かが、俺の中で弾けた。
それは、ずっと忘れていた過去の記憶…。
そうだ。
俺は確かに昔、明日香と先輩と遊んでいた。
そして、この後、俺は驚かされたんだ…。
「薫ちゃんと私…どっちが好き…?」
目を潤ませた明日香の口から出た衝撃の質問。
その瞳を見れば、真剣だという事がわかる。
そして…。
「僕は…明日香ちゃんが好き…だよ」
この頃の俺は何を血迷っていたのだろう?
普通なら先輩の方がいいに決まっている。
あの時、何故、明日香を選んだのかは覚えていない。
「ありがとう…拓哉」
だけど、そう言ってニッコリと笑う明日香はとても印象的だった。
「二人共、見ーつけた!」
「わっ!見つかっちゃったね」
小さな先輩に俺達は見つかってしまった。
あどけない笑顔で、覗き込む先輩に明日香と俺は顔を見合わせた。
「そろそろ帰ろっか」
薄暗くなった空を見上げた明日香が呟いた。
どうやら、今日はこれでお開きのようだった。
だけど…この日以来、二人がこの神社に来る事はなかった。




