第12話『明日香の記憶』
「……」
昼休み、いつものように屋上で、俺は食堂で調達してきたパンを頬張っていた。
だけど、お気に入りの焼きそばパンをせっかく入手したというのに、全く美味しく感じられなかった。
その原因は昨日見掛けた記事のせいだ。
あれが、俺の心を掻き乱していた。
あれから色々と新聞を見てみたが、犯人が捕まったという記事は載っていなかった。
もしかすると、まだ捕まっていないのかもしれない。
もし、捕まってないのなら、最近、巷を騒がしている幼女ばかりを狙った通り魔と同じ犯人ではないだろうか?
ならば、明日香に聞けばわかるのではないだろうか?
放っておけば、また犠牲者が出る可能性がある。
俺は意を決した。
「おーい。明日香」
「?」
屋上で毎度の如く一人遊びに勤しんでいる明日香に声を掛ける。
明日香は突然の呼び声に首を傾げた。
俺はそんな疑問符を浮かべている明日香を手招きする。
戸惑いながらもトテトテ駆け寄ってきた明日香に、俺はポケットから携帯を取り出した。
「聞きたい事があるんだ。電話してくれ」
「……」
訳がわからない様子だったが、それでも明日香はコクコクと頷くと、ポーチの中から携帯を取り出してボタンを押す。
どうやら、リダイヤルしているようだ。
すぐに俺の携帯が軽快なメロディの着信音を鳴らし始める。
俺はすぐさま通話ボタンを押して電話を取った。
「もしもし」
『聞きたい事って何かな?』
考えてみれば、電話は単に会話手段でしかないのだから『もしもし』は必要ない。
そのせいか、俺の『もしもし』は完全にスルーされてしまった。
「えっとな…その…」
明日香自身に自覚はないだろうが、完全に急かされる形になった俺は動揺からうまく話を始められなかった。
『?』
頭を掻き、ゴニョゴニョと呟く俺に、明日香は疑問符を浮かべた。
しかし、いつまでもこんな調子では話が進まない。
俺は意を決して、明日香を見つめる。
「なあ、お前の死んだ理由は何だ?」
口にして、言葉として聞いてみて、俺は自分の言葉があまりにも心ない事に気が付いた。
どんなに明るくとも、明日香は幽霊なのだ。
生きる人間を羨ましく思う事だってあるはずだ。
そんな明日香に『死』を突き付ける行為をした自分の愚かさに反吐が出そうだった。
俺は酷く後悔しながら明日香に視線を送る。
当の明日香は口元に指を置いて、黙り込んでいた。
どうやら、律義に俺の質問の答えを考えているようだった。
『わかんない』
「え…?」
あまりにも予想外の答えだった。
自分の死の原因がわからないとはどういう事なのだろうか?
『一生懸命思い出そうとしたんだけど、全然思い出せないんだよ』
「そんな馬鹿な…。だって、お前は殺されたんだろ?何でそんな事忘れるんだよ…」
俺は自分への嫌悪感も忘れて、明日香へと詰め寄った。
『私…殺されたの?』
愕然と聞き返す明日香に、俺はまた自分が考えなしに話していた事に気付いた。
明日香の表情が見る見る不安で染まっていく。
くっ…!
俺は馬鹿か…。
「……」
その言葉に、何と返せばいいのかわからずに、俺は黙り込んでしまった。
どうする…?
このまま、明日香に真実を告げるべきか…?
それとも、誤魔化すべきか…?
目の前で黙り込んだ俺を訝しく思い、首を傾げる明日香に、考えを巡らせていた。
「その子に何を聞いても無駄だ」
「…ッ!」
突然の声にゾクリと寒気が走った。
聞き覚えのある声…。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、俺の天敵であるあの少女だった。
「お前は…」
「ふんっ」
屋上のドアを上に仁王立ちする少女に、俺は指をビシィと突き付けた。
そんな俺に少女は鼻を鳴らす。
「誰だっけ?」
考えてみると、意外と会ってるはずなのに俺は少女の名前を知らなかった。
さすがの少女も、俺の言葉に微妙な表情を浮かべている。
「……」
「し、仕方ないだろ!名前聞いた事なかったんだから」
ジト目で睨む少女の視線に堪え切れず、俺は動揺しながらプイッとそっぽを向く。
少女は上からヒョイと降りてくると、俺の方までトコトコと歩いてくる。
「ミコト…そう呼べばいい」
「ミコト…」
少女は自分の事をミコトと名乗った。
しかし、それは本名を名乗るというよりも、便宜的に名前を言った感じに聞こえた。
「だが、あまり馴々しくするなよ」
「わかったよ。それより、さっきの『無駄』って、どういう意味だよ?」
相変わらず、俺を冷たくあしらうミコトの言葉を承諾して、俺は先程の意図を尋ねた。
「ふんっ、その子は何も覚えちゃいない。私が記憶を封印したからな」
「ち、ちょっと待ってくれ」
ミコトの言葉は、あまりにも突飛なものだった。
ミコトが、人知を超えた存在だという事は、前回の事で何となく感じ取っている。
それでも、容易に信じられるような言葉ではなかった。
「何だ?」
ミコトは話の途中で腰を折られたせいか、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「お前は…一体何者なんだ?」
聞かずにはいられなかった。
それ程に、ミコトという存在は俺の想像から掛け離れているように感じられた。
「私は私だ」
ミコトが俺に言った言葉は、俺の聞きたい言葉ではなかった。
だけど、それ以上、突っ込んで聞ける雰囲気でもなかった。
「…わかった」
だから、渋々ながらも納得せざるを得なかった。
「それと、お前が何を知りたいのかは知らないが、その子の記憶を思い出させるな…」
「え…?」
「思い出せば、きっと後悔する事になる…」
それ程までに、明日香の記憶には『何か』があるのだろうか?
俺は思わず、携帯を握り締めて、訳がわからず俺達を見つめている明日香に視線を送った。
自分の事を言われているにも関わらず、キョトンとしている明日香にため息を吐く。
「わかった」
俺自身、ミコトの言葉に付いていけない部分があるが、ここは素直に従っておく。
俺が頷くのを確認して、ミコトは踵を返した。
「……」
俺はそんなミコトを黙ったまま見送った。




