第11話『図書室』
「先輩、もう帰るんだろ?一緒に帰ろうぜ」
一服中の小室教諭を屋上に残して、俺達は校舎の中に入って来ていた。
「ごめんね。今から、ちょっと用事があるのよ」
「用事?」
「ええ。今から図書室に、本や資料の整理をしなくちゃいけないの」
先輩は悪いと思ったのか、俺の申し出にすまなそうに呟いた。
「手伝おうか?」
「えっ?」
俺の言葉が意外だったのか、先輩は小さく声を洩らして、呆然と俺を見つめた。
「いいの?」
「もちろんだ。何せ、俺は暇だからな」
聞き返してくる先輩に、俺は冗談っぽく肩を竦めてみせた。
先輩を手伝いたいという気持ちは本当だった。
だけど、それを口にするのは恥ずかしくて躊躇われた。
「ありがと」
先輩は、嬉しそうな無邪気な笑顔を見せた。
それは今まで見た事のない程、自然な笑顔だった。
「……」
その顔があまりに可愛くて、俺はしばらく見とれてしまった。
「どうしたの?」
「ああ…いや、何でもない。さあ、早く行こうぜ」
「そうね」
疑問符を浮かべて首を傾げる先輩に、俺は首を横に振って図書室へと歩き始めた。
先輩も同じように歩き始める。
図書室は、今、俺達がいる校舎とは反対側の北校舎の三階にある。
俺達は二階まで一度降りて、渡り廊下を渡って北校舎に入る。
遠回りなのだが仕方ない。
北校舎に行くには二階の渡り廊下か、一階まで降りるしかないのだから。
図書室まで来ると、さすがに静かだった。
ガラリと横開きのドアを開けると、中で本を読んでいる生徒達が全員こちらに視線を送る。
何だか居心地の悪さに愛想笑いを浮かべて、会釈気味に中へと入っていった。
「こっちよ」
先輩は気にした様子もなく、スタスタと俺を先導する。
俺達に視線を送った生徒達も、一瞥しただけですぐに本を読む事に戻る。
図書室なんて、小学生の頃以来、来た事ないせいか中の雰囲気が異様な気がした。
落ち着かない様子で先輩の後ろを歩いていくと、先輩は図書室の中にある一室に入っていく。
「あっ!雨宮さん。ありがとうございます」
「こんにちは」
知り合いだろうか、中には一人の少女がいて、先輩に仰々しく頭を下げていた。
「あの…その方は?」
頭を上げた少女の視線が、先輩の後ろでキョロキョロと落ち着かない様子の俺を捕える。
「手伝いよ。人手はあった方がいいでしょ?」
「そうなんですか。初めまして。雨宮さんのクラスメートの伊藤香澄です」
行儀良く頭を下げる香澄と名乗る少女に、俺も頭を下げる。
「おう。森山拓哉だ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
俺の横柄な態度にも、香澄さんは嫌な顔一つせずにニッコリと微笑む。
なかなかにできた人のようだ。
「先輩のクラスメートって事は年上なんだよな?」
「ええ。そうなりますね」
「だったら、敬語なんて使わなくていいんじゃねぇか?」
やけに丁寧な言葉遣いは耳に慣れてない。
しかも、年上が敬語だと変に気を使ってしまう。
「そうですね。でも、これの方が慣れてますから」
「そうか。まあ、別にいいけどな」
そこまで言われては、俺もそれ以上何も言えなかった。
仕方ない。
我慢しよう。
「はいはい。自己紹介が終わったなら、サッサと整理を終わらせましょ」
「ああ。そうだな」
先輩はパンパンと手を鳴らして、妙な雰囲気の自己紹介を強制的に終わらせた。
「それでは、森山さんには新聞の整理をお願いします。こちらにある新聞を日付の古い順に重ねていって下さい」
「おう。わかった」
「先輩はこちらに一緒に来て下さい」
「わかったわ」
香澄さんに連れられて立ち去る先輩を尻目に、俺は段ボールの中に入った新聞を目の前にしていた。
段ボールの数はみんなで四つ。
かなりの手際でやらなければ、今日中に整理し終わるのは不可能だろう。
「よし!やるか!」
俺は気合いを一つ入れて、新聞に取り掛かった。
俺は取りあえず適当な段ボールを引き寄せて、中から新聞を取り出した。
カビ臭い黄ばんだ新聞がかなりの古さを思わせる。
日付を見れば、十年前の新聞だった。
「古い訳だ」
俺は脆くなった新聞を慎重に並べていく。
だけど、古い新聞というものは、俺の懐旧と好奇心をくすぐるには十分だった。
「おっ、懐かしいな。確かに、こんな事件あったな」
載っていたのは、大物芸能人と人気歌手の結婚の記事だった。
確か、すごく大騒ぎになったんだよな。
今は、もう離婚してるけど…。
何だか十年という時間の中に身を委ねている気がした。
「へぇー。こんな事もあったんだ…」
次々に見つかる面白く懐かしい記事に、俺は時間を忘れて読み耽った。
「はっ…!何をやってるんだ、俺は…」
ようやく、我に帰ったのは、一週間分の記事を読み終わった時だった。
まずい…。
整理はほとんど終わっていなかった。
時間は三十分を過ぎていた。
俺は急いで、黙々と作業に取り掛かる。
集中してやっていたせいか、気が付くと段ボール一つがようやく終わりを告げていた。
「これで最後か…」
俺は最後の一枚を手に取る。
それを感慨深げに一番上に置こうとした時だった…。
小さい記事に目が止まる。
そこに書いてあったのは、小学生の女の子がこの街で殺されたという記事…。
不謹慎な話だが、こんな事件は一年間で何度だって起こっている。
注目すべきはそこではない。
俺が気にした理由…それは…。
「雨宮明日香…」
俺は隣りで真剣な表情で新聞を見ている明日香に視線を向けた。
記事には小さな写真が載っているが間違いない。
明日香だ。
思えば、明日香が死んだ理由を聞いた事はなかった。
正直、事故か病気で死んだものだと思っていた。
「?」
見つめる俺に気付いた明日香が疑問符を浮かべて首を傾げる。
そんな明日香に俺は何も話し掛ける事は出来なかった。




