08.赤い薔薇とトランプ兵
「うわぁ、あっちも始まったみたいなんだけどぉ……」
嫌そうに呟いた声の方に向かって引き金を引いた。
……またハズレ。
それを気になんかしないけど、こうも当たらないとイライラしてくるよね。
「よそ見してる暇とかあるなんて、何、そんなによゆー?」
「あは、よゆーに見えるわけぇ?」
「全然。むしろ超必死」
右手に握り締めた銃の残発を考えてると、空気を裂くような音が聞こえたような気がして、反射的に地面を蹴った。
俺が飛びのくと、一泊遅れて銀色のカードが地面に突き刺さる。
ちょっと反応速度鈍ったかも。
揺れない地面の方が楽なんだけど、船に乗る前に比べると全然遅い。
「必死なのはぁ、お前の方なんじゃない?」
弾薬補充するのも面倒になって、薔薇の垣根に沿って移動しながら神経を研ぎ澄ませる。
聞こえる。
あいつの息遣いと、トランプを切る音。
感じる。
絶えず辺りを探っている気配を。
それだけわかれば十分だ。どこに向かえばいいか分かれば、後は切り込めばいい。
低く構えて地面を蹴る。垣根より低い姿勢のまま、右手の銃をサーベルに持ち替えて……、
「っ!」
「遅いよ」
踏み込む勢いを殺さずに下から切り上げる!
大振りになりがちなサーベルの威力を落とさないためにも、身体を捻りあげて全身で切り込む。
ひゅっと空気を切り裂く音だけが聞こえた。手ごたえが全くない。
反応が遅れながらも身を引いて避けたそいつの胸元のリボンが裂けた。
「残念」
全然残念だとは思わないけど。
半回転させた勢いのまま、大きく踏み込んで横になぎ払う。体勢を立て直させる余裕なんか与えてやんない。
ぎっと、扇型に広がったトランプで受け止められた。
「うわ、トランプに受け止められるとか」
「普通のトランプじゃないしぃ?」
「ちょっと黙ってれば?」
ギリギリと力比べをしている右手を少し引いて、少し前へ出るように誘ってやる。
そうやって前に出てきたところを、
「ぐっ」
パンッと左手で握り締めていた銃で撃ってやった。
今度はアタリ。ざまぁみろ。
狙ったのは顔だけど、かろうじて照準をズラしたそいつの肩を貫くに終わった。
それでも、だらんと落とされた右腕が使いものにならなくなっただけで十分だ。
「降参する?」
「なんでそんなことしなくちゃならないわけぇ?」
俺から離れるように飛び退いたそいつは、白いシャツを赤く染めながらトランプを放つ。
面白いほど真っ直ぐ飛んできたそれを一振りで払ってやると、そいつは憎々しそうな瞳を向けてきた。
あぁ、その瞳懐かしいかも。
俺が【不思議の国】号に乗る前さんざん見てきた瞳だ。何時ぶりだろ、そんな瞳で見られるのは。
「なんでニヤニヤ笑ってるわけぇ? ちょームカつくんだけどぉ」
「猫じゃないけどチェシャ猫だから。笑うのは仕方ないんじゃない?」
左手の銃をそいつに向けながらも、そいつの動きをじっと見る。
別に見ようと思わなくったって全神経がピンと張り詰めて、どんな些細なことでさえ感じ取ってしまう。
ざわめく薔薇の葉の音とか、
少し離れた場所で炸裂している爆発音とか、
ちょっとでも動いたら顔をしかめるそいつとか、
息を殺して小さく走る足音とか、
気持ち悪くなるくらい強く香る薔薇の匂いとか。
「俺、あんたのこと嫌いだし」
「別に、好かれたいとか思ってないからいいんじゃない?」
「チェシャ猫なんかと、比較されたくないし」
「勝手にすれば? あんたのことなんかどーでもいーし」
そいつの顔が歪んだ。
だから何? って感じなんだけど。
俺はゆっくりと銃口をそいつから外して、側の茂みに合わせた。
「出てくれば? もー興味ないし」
「……だ、ダイナぁっ!」
がさりと音を立てて子どもが飛び出してきた。泣きそうなその顔で、肩を押さえたそいつに勢いよくしがみつく。
「あ、りす?」
「ダイナ、いたくない? いたくない? ダイナからいたいのいたいのとんでって!」
必死でしがみついて泣くその様子を見て、闘う気とか完全に失せたし。
それより、ユキはどうしたんだろ?
あんな爆音放っている船長と一緒にいるとは思えないし。
そいつら残して、俺はユキを捜しに薔薇の迷路を突き進んだ。
“声”を頼りにわたしは必死で走った。
見通しの良くなった場所を突っ切って、船長たちの巻き起こす爆音を背中に感じながらひたすら走った。
こっちとか、あっちとか、その声だけじゃ全然分かるはずないのに、こっちだろうと思う方向に向かって足を動かした。
息を切らせて走ってると長い髪が邪魔で、結んでしまおうかと思ったけど、そうやって結んでる時間ですら惜しいと思う。
あの小さなアリスが見つける前に、わたしが見つけるんだ。
大きくなるケーキを。あの子に返すために。
ここだよ! ここにいるんだ! ここから泣き声が聞こえるんだ!
「こ、こ……?」
ここがどこなのかは分からないけど、変わらないような薔薇園の景色が続いている中で、ここだけ行き止まりになっている。薔薇の垣根に囲われた、小さな袋小路。
しゃがみ込んで荒い呼吸を落ち着かせるために、何度も肩で息をしてわたしは汗で張り付いた髪を頬からそっと払った。
指輪を握り締めてもここだよ! と繰り返すだけで、ここのどこにあるかなんか分からない。
自分で探すしかないって、そういうことだよね。
「……プレート?」
薔薇の囲いに覆われた袋小路の奥に、白いプレートが敷かれている。
なんなんだろう?
恐る恐る近付いてみると、小さな文字が刻まれている。
わたしには読めないんだけど、きっとこの世界の文字なんだろうと思う。
その神聖さを感じさせるプレートの手前に、少し色が変わった場所があった。土の色が、他の場所と比べて濃い。
まさかと思って触れてみると、やっぱりそうだ。ここだけ地面が柔らかい。
「ここに埋まってるってこと?」
そう思うと、わたしは慌ててその場所を掘り始めた。もちろん、素手で。
スコップなんて便利なモノないし、手が汚れて爪の間に土が入り込んじゃうのは分かってるけど、それでも必死に土を掻き分ける。
「あ!」
土とは違う、平らな表面が見えた。
それを慎重に地面から取り出すと、プラスチックみたいな箱に包まれた箱が姿を現した。
あっさり開いた透明な箱は土だらけだけど、その中にもまた箱。でもそのクリスタルの箱には汚れはない。
ケーキみたいな生ものだからって言う配慮なのかな。
いや、でもケーキを地面に埋めるなんてことは普通考えないと思うんだけど。
「あれ?」
クリスタルの箱を開けようとしたけど、開かない。力いっぱい蓋を引っ張ってもびくともしてくれない。
箱の上には大きな鍵穴があるけど、鍵なんかもってないし。中にはそれっぽいのがあるのは見えるんだけど……。
「これって、もう、こうするしかないんだよね……きっと」
アリスみたいに、するしかないんだよね。
わたしはそっと箱を白いプレートの上に置いて、大きく深呼吸をした。
本物のアリスみたいにできるかは分からないけど、やるしかない。
左手でポケットから小さくなる薬を取り出して、右手で指輪を握り締めて。
わたしは小さく呟いた。
「この鍵穴を通れるくらい小さくなりたいの」
もう一人のぼくを助けてあげて! ぼくを一口だけ飲んで!
ぽんと、小さく音を立ててコルク栓を抜いて、わたしはすぐさま一口飲み込んだ。
躊躇なんかしたら、きっと飲むことすらできないだろうから。
あの大きな偽ウミガメを、たった一滴だけの雫で半分くらいの大きさにした、この飲み物を飲むのが怖くないはずがないけれど、でも、今はそうしないとって思った。
わたしにはこの箱を壊すことも、こじ開ける力もないんだから。
「うっ」
味を感じないうちに飲み込んでしまおうと思ったけど……、無理だった。
なにこの不味いの。今にも吐き出してしまいそう。
反射的に蓋を閉めたわたしは、必死で吐き気を抑えようと喉を押さえかけた手を止めた。
……光っ、た?
淡く光ったように感じた瞬間、視界がブレるのに気がついた。
あれ? と思った頃には、みるみる地面が近く感じられるようになって、白いプレートが何かの壁のように見える。
「ち、小さくなれた……?」
「小さくなりすぎなんじゃない?」
「っ!?」
真上から掛かった声に振り向くと……、ええと、振り向いても黒い靴しか見えないんだけど。でも、この声って、チェシャ?
「チェシャ?」
「俺以外に誰かいるの?」
大きな何かに掴まれたかと思ったら、すごい勢いで上に持ち上げられた。
絶叫マシンで勢いよく頂上に連れて行かれるような感覚に、ぎゅっと目を瞑ったけど、すぐにぽすんと何かの上に落とされた。
少し硬いけど、暖かささえ感じる何か。
「ねぇユキ、なんで小さくなってんの?」
わたしはチェシャの手の上にいるみたい。
チェシャの指よりも小さくなっているわたしを、チェシャは自分の顔の辺りまで持ち上げて不思議そうに見ていた。
「偽ウミガメのときと同じことをしただけ。でも、そんな小さなわたしをどうして見つけられたの?」
「チェシャ猫だからじゃない?」
アーモンド型の金色の瞳を向けて、よく分からない答えを返された。
チェシャはチェシャ猫だからって、それで全部済ませられると思ってない?
「小さくなって、何するつもり?」
「あの箱の中に入るの。クリスタルの箱が、白いプレートの上にあるでしょ?」
「あぁ、これ?」
ひょいともう片方の手で箱を持ち上げられた。
「それで、入ってどうするつもり? あんた一生その大きさのままでいるわけじゃないんでしょ?」
「クリスタルの箱からは“声”が聞こえないけど、でも小さくなる飲み物がこれだって言うから確認してくる」
自分でも無謀なことしようとしてるって思うけど。
それでも、わたしの目的は“大きくなるケーキ”と一緒にあの子に返すことだから。
「確認なんかしなくたって、怪しいの片っ端から持って帰ればいいじゃん」
「コーカスレースに勝つには、本物じゃないとダメだから」
「コーカスレース?」
不思議そうに繰り返したチェシャだけど、そんなこと説明している暇ですら惜しい。
今こうしている間にも、船長と先生が戦っているんだから。
……互いを邪魔するだけが目的じゃない戦いが。
誰かが傷付く前に、終わらせたい。
これが夢の中だったり、テレビの中のことだったら別になんとも思わないけど、現実なんだ。
どれだけ願っても覚めることのない夢なんかあるわけない。
無理矢理でも現実だって認めたんだから……、現実で嫌なことなんかなくなればいい。なくなるようにしたい。
「ま、いいけど」
「わっ!?」
ぐんと手が動いたかと思えば、わたしはクリスタルの上に放り出された。
……も、もうちょっと丁寧にしてくれないかな。
それから、すっと何本もある紐を目の前に垂らされた。重そうな棒かな?に括りつけられた赤い紐。
「捕まりなよ。どうやって出るかなんか、どーせ考えてないんでしょ?」
「あ」
「あんた変なとこ抜けてるよね」
最終手段として、この箱の中で大きくなってクリスタル壊そうとも思ったんだけど、それはしないにこしたことないよね。
ほら、と催促されるように紐を揺らされて、わたしは比較的掴まりやすそうな紐にしっかりとしがみついた。
そろそろと紐が箱の中に下ろされて、ゆっくりと紐から手を離す。
クリスタルの箱の中は、外からの光がキラキラと反射して綺麗だって、そんなこと思った。
そんな箱の中心に置かれたケーキは、生クリームがたっぷり添えられた四角いガトーショコラで、見るからに甘そうだ。
……正直見てるだけで胸焼け起こしそう。
「聞こえる、かな?」
そっと指輪を握り締めて、わたしは小さくなる飲み物をケーキの側に近付けた。
もう一人のぼく! やっと、きみに会えた!
もう一人のわたし! また一緒になれる!
小さくなる飲み物だけじゃなくて、大きくなるケーキの女の子みたいな甘い声も聞こえた。
あぁ、間違ってなかったんだって、ほっとした。
あとはこの二つを持って、あの子に返してあげるだけ。その前に、この不毛なレースを終わらせないと。
あぁ、それにしてもここはアリスに一番近い場所なんだね。やっぱり、アリスはもうどこにもいないんだ。
「え?」
小さくなる飲み物の哀しそうな声が、わたしの意識を止めた。
アリスに一番近い場所で、アリスはどこにもいない……?
どう言うことなんだろう。
皆して、本物のアリスはいないって言うなんて。
【神子】も、公爵夫人も、船長だって。それだけじゃなくて、アリスの【神子の玩具】までもそう言うなんて。
本物のアリスって、誰のことを言うんだろう?
本物のアリスには、何があったんだろう?
本物のアリスがいないって、どう言うことなんだろう?
どこにもいないアリス。わたしたちを見つけてはくれなかった。
さよなら、アリス。いい夢を。
哀しそうな二つの声に、わたしは沸きあがってくる疑問を聞くことができなかった。聞いちゃいけないような気がした。
わたしが偽者アリスだから。
本物にはなれないし、本物のことなんかわからないし、本物のアリスが……
「!?」
ぐるぐると頭の中でこんがらがってきたその時、握り締めていた指輪がパッと光った。
眩しさに思わず目を閉じたわたしの耳に、驚いたような声が聞こえる。
アリス……?
どうして、笑っているの?
光なんかすぐに収まった。
何も変わったことなんかないし、ただ光っただけ。それだけなはずなのに、二つの声が聞こえない。
わたしには何が起きたのか、何があったのか分からないけど、それでも何かあったんだと思う。この、二つのアリスの【神子の玩具】には。
余韻に浸らせてあげたいし、わたしだってまだ混乱したままだけど、このままでいられない。
まず、このコーカスレースを終わらせないと。
「あの、あなたの力を貸してくれない? 元の大きさに戻りたいの」
……あなたは、もう一人のわたしの力を使えたのね。いいわよ、わたしたちは二つで一つなのだから!
大きくなるケーキの甘い声は、あなたの指で少しだけクリームを舐めてちょうだい、とわたしにそう力を使えと言ってくれる。
わたしは小さくなる飲み物をポケットにしまって、大きくなるケーキにそろそろと近寄った。
甘ったるいのは好きじゃないけど、そんな我が儘言ってられないよね。
人差し指で小さく触れると、生クリームがついてくる。
それを確認したわたしは、チェシャが垂らしてくれたままの紐にぎゅっとしがみついた。
透明なクリスタルの外から、中の様子を見ていたらしいチェシャはすぐに箱から引き上げてくれる。
それから箱の上に降り立ったわたしを、ニヤニヤと見下ろしていた。
「で? どうすんの?」
「船長のところに行って、コーカスレースに勝って戻る!」
ふーんと呟いたチェシャは、紐がついていた棒? をくるりとひっくり返して……あれ、サーベルの柄の部分だったんだ。
小さくなっていると何でもかんでも大きく見えて、なんなのか全然分からない。一部分しか見えないのって不便。
……もう小さくなるようなことなんて、二度とないだろうけど。
「やっぱり、これが奪われた【神子の玩具】だったから」
「そ。それじゃ、行きたくは無いけど船長のとこ、行く?」
「うん」
カチンとサーベルを鞘に戻した音がして、チェシャはクリスタルの箱をしっかりと握り締めた。
わたしも元の姿に戻ろうとしたんだけど、チェシャに指でつつかれて止められた。
「何?」
「まだ大きくならなくてもいーんじゃない?」
「……足手まといになるから?」
「俺の方が早いのもだけど。その姿、かわいーし」
ニヤニヤしながら言われて、思わずチェシャを見上げた。
今、可愛いって、言った?
「ハツカネズミみたいで、いたぶってあげたくなる」
「全っ然、嬉しくない!」
ちょっと嬉しいかも、とか思ったわたしの馬鹿。
チェシャに帽子屋さんやヤマネくんみたいな、純粋な褒め言葉なんか期待しても無駄なんだから!
噛み付くように叫んだわたしを見て、チェシャは肩を震わせて笑ったけど、それからしっかり捕まってなよ、と駆け出した。
チェシャが胸に抱え込むように持って、その上手で覆いこむみたいにしてわたしを気遣ってくれているみたいだけど……。
どんな速さで走ってるの!?って言いたくなるくらいの勢いで風圧を感じる。
耐えられるはずなくて、チェシャの胸に押し付けられている状態。
上下に揺れる走ってる衝撃だってすごくて、口を開いたら舌噛みそう。
「……船長、派手にやりすぎ」
さも嫌そうに呟いたチェシャの声と一緒に、連続して聞こえる爆音がだんだん大きくなって、近くなってるのが分かる。
……船長、無事だといいけど。
そんなこと思ってたけど、船長の心配とかしてる場合じゃなかった。
チェシャが急に止まって、胸に押し付けられていた状態のわたしは箱の上へと投げ出された。
「わっ!?」
固い蓋の上に投げ出されて、危なくまた鍵穴の中に落ちるところだった。踏ん張った自分を褒めてあげたい。
「その物騒な奴俺に向けんの止めてくんない? 手が滑って撃つよ?」
「……チェシャ猫が何の用だ?」
船長の低い声が聞こえて、顔を上げた。倒れてる場合じゃない。
わたしのやるべきことを、コーカスレースを終わらせないと。
「用があるのは俺じゃないし」
「!」
「……見つけたのか」
クリスタルの箱をひょいと掲げたチェシャに、それがなんなのかすぐに分かったらしい先生と船長は驚いたような声をあげた。
でも、チェシャがそんな無造作に掲げるものだから、わたしは箱から転がり落ちて……。
「ちょっ」
慌てて人差し指についたクリームを舐めた。
やっぱり甘ったるい、と思った時には遠かった地面が近くに見えて……ぶつかる! と思ったらわたしは小さく跳ねるようにして地面に座り込んでいた。
「も、どった……?」
「元通り。小さくなんかないし」
はい、とチェシャにクリスタルの箱を渡されて、反射的に受け取ってしまったわたしはゆっくりと辺りを見回した。
今まで小さくなってた視線で見てたから、普通の大きさなはずなのに大きすぎるって感じちゃうかも。
抉れたり煙が出てたりしている、変わり果てているこの場所とは対照的に、船長も先生もわたしが最後に見た姿のままだった。
変わってない、怪我なんかしてないってそう思えて、大きく息をついた。
「コーカスレースは、わたしの勝ちですから」
ゆっくりと立ち上がって、クリスタルの箱を掲げながらわたしは先生に向かって断言した。
どれだけ否定されようと、違うと先生が言ったって、これが大きくなるケーキだから。これがアリスの【神子の玩具】なんだ。
それが事実だって、わたしは今この場所で証明した。
「それは……、それはアリスのものです。貴方が持っていていいものではありません」
「……往生際の悪い」
「アリスのものじゃなくて、これは【神子】の」
「いいえ、いいえ! それは私の、アリスのものです!」
ぴしりとしなる鞭がわたしに向かってくるのを、チェシャに引き寄せられて避けられた。
さっきわたしが座り込んでいた地面が、鋭く抉れる。
いや、あんなの当たったら、痣とかそんな生易しいもので済まないよね!?
「ちょ、まっ!」
「船長、どーすんの?」
「……決まってるだろ」
わたしの腕を引きながら執拗に追ってくる鞭を避けるチェシャは、船長の側についた。
「目的は済んだ。退却だ」
船長が重そうな銃を空に向かって撃つ。
ガウンッと、空気を震わす重々しい音がしたかと思えば、わたしの視界は光に覆われた。
あぁ、移動するんだって分かるくらいには慣れたソレに、【不思議の国】号に戻れるんだって思うと何故か安心できる。
「簡単に奪われるなど! それは」
「……いい加減認めろ」
光が強まっていく。
光越しに見える先生は、どこか焦燥感に駆られたように必死な形相で、わたしはその異様さから目を逸らしたくなった。
船長の低い声が、やけに静かに響いた。
「本物のアリスは、いない」




