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さみ、しい?
「……さみしいって、なに?」
「……貴様、それをわかってこなかったのか……?」
驚かれている。
胸に何か穴が空いた感覚がある。でも、今は埋まってきていて……最近は穴が空くような感覚がなくて。
また私が知らなかった、のかな。
考えていると仕方なさそうに彼が教えてくれる。
「さみしいとは、二つ意味がある。
他のものを失っている状態を表すこと。もう一つは、人の繋がりがなくなって苦しくなること。一人ぼっちでさみしいとかな。
……いや、しず。貴様はさみしいというものすら知らなかったのか」
顔を俯かせて、私の胸を見る。つかんで、少しでも空いている穴を感じる。
さみ、しかった。そっか。私、さみしかったんだ。
急に親を殺されて、ぽっかりと空いた穴。村にいても人に囲まれても、穴が塞がることはなかった。ただ贄として育てられて、義務のようにいたから。
私をわかってくれる人なんて、いなかったから。
塞がってきている穴を感じると、目が熱くなる。頬に伝うのが涙とわかると目からでてくる涙が止まらない。
「……そっか、私。寂しかったんだ」
気持ちを表せる言葉を一つ知った。やっぱり、私は何も知らないし、何も考えてない愚か者だ。
たくさん輝く星空に向けて、私はつぶやく。
「……さみしいな」
胸がなんだか痛い。気持ちに穴が空くと痛いんだ。しばらく空を見ていると、千菊様から声がする。
「……寂しさを柔らかくする方法、ないことも……ない」
と、途切れ途切れに言うから彼に顔を向ける。
さっきの私のように顔を俯かせているけれど、違うのはなんだが千菊様が両手を広げている。おいでと言っているような、そんな両腕の開き方。
小さい子たちを抱きしめる時に使う動作。彼がそんなことをするとは思わなかった。やっている本人の千菊様はだんだんと全身を赤くしていき、声を荒げる。
「っ来い! こういうふうに抱きしめて寂しさを共有する方法もある!!」
……千菊様なりに、励まそうとしてくれているのかな。
私は立ち上がって、彼の前に行く。彼の胸の上に手を添えると、千菊様は私をゆっくりと抱きしめる。腕の筋肉とか凄いから心配になるだろうけど、彼は私を傷つけることはしない。本質が優しい人だから、することがない。
彼の胸に耳を当てると、どんどんと激しい音がする。とても速い。
「……千菊様。この音は何?」
「……我が生きている音だ」
「……そうなんだ」
彼の生きている音を感じる。とても、激しい音が、する。
音を聞いていると、千菊様が言葉を漏らす。
「……しず。我は抱きしめて人を励ませることができると初めて知った」
「……やったこと、ないの?」
「今、自分から初めてした。されたことも、なかった」
千菊様を見ると、呆然としているようだった。
「……だからこそ、我は、くずが、相方のあいつが羨ましかった」
声には色んな気持ちが混じった複雑なもの。
「あいつは、最初からちゃんとした人の形で生まれて、我のように力を暴走させなかったという。羨ましいほどに家族に愛されていたと聞く。だからこそ、羨ましいほどに、自分の優しさの使い方をわかっていた。……我と同じよう背や体格が良くとも、親や親類に頭を撫でられ、抱きしめられたのだろう。
憎たらしいあいつとは、しばらく会えない。
だが、あいつがいたから、我は人であったかもしれない。我を出せたのかもしれない。
……居場所の一つであったのかもしれない」
腕に少し力がこもる。けど、私を折らないよう、微かに震えて怖がっているようにも見える。
私の頬には、別の、大きな雫が落ちてくる。その、涙の出処はどこなのか。……ううん、やめておこう。
「……さみしいな」
私は彼の顔を見るのをやめる。彼の何かを傷つけてしまうと思ったから。私は出来るだけ両腕の首に手を回して、片手で頭を抱き寄せる。あっさりと私の肩に顔を置いてくれた。
ああ、そっか。寂しさの拠り所、千菊様にもなかったんだね。
でも、こうして少しだけ寄りかかれる。
いつまでそうしたかはわからない。でも、自分たちの中にある寂しさを紛らわすまでお互いに抱きしめて、寄り添い合っていた。
昨日から今日の朝、食事をとった後に千菊様は鍋を干している。
……昨日の今日だから思うけど。
「……朱魔という鬼を倒してはいおしまいは、むしがよすぎると思うの」
「……しず。どうした」
不思議そうに聞く彼に、私は拳を握る。
「幻朝たち、あんなことをしておいて、人の世の中で裁かれるだけじゃたりないと思う」
「貴様、手をかけるのは反対していただろう」
「うん、流石に殴ったり蹴ったりの痛いことはなしで。怖がらせるだけでいいんだ」
私は幻朝がうわの面が厚いことを知っている。
「だから、千菊様にお願いしたいことがあるの」
「……お願い?」
私は頷く。
彼にしかできないこと。誰も傷付けないで、相手を怖がらせる。
「千菊様。お山様のように大きくなれる?」
聞かれて、千菊様は物凄く嫌そうな顔をした。
とある朝、私はあの村に戻ってきた。
あの村の入口に立つと、村の人はびっくりをしていた。
戻ってくるとは思わないから驚くだろう。私が来たことで騒いでいると、幻朝がやって来る。
「し、しず……」
「おはようございます、幻朝様。良い朝ですね」
挨拶を交わすと、嫌そうな顔をして指さす。
「……一人で何をしにここにきた。あの化物はどこに行った」
「彼を化け物だなんて、酷い。彼はお山様ですよ?
私はお山様の妻になりました。私はただ世話になった挨拶をしに来ただけです」
そう言うと、幻朝と村の人たちの顔は間抜けた顔になる。特に村の風習を利用してきた幻朝の反応は大いに見応えのあるものだった。
「……はっ?」
「だから、お山様です。彼がお山様だったのですよ。
──そうですよね、お山様!!」
大声で空に向かって声を出すと、村を簡単に覆うほどの影が現れる。
周囲の鳥が飛んでいき、獣たちが騒いでいるのが聞こえる。
炎のような髪で全身も炎に包まれている。大きな両腕は簡単に村の横に置かれ、どんっと地面を揺らす。さらに鳥たちが遠くへと飛んでいった。
贅肉のない隆々とした上半身の身体が現れる。巨人の鋭い目つきは村を見ていた。
……頼んでおいてあれだけど……もしかしてお山様の山より大きいかも……!?
顔に動揺が出ないように私は必死で取り繕う。
巨人──お山様は村にいる幻朝を睨む。
[……貴様が我の契約を利用した人間か]
「ひ、ひっ……!?」
声が響き、流石に腰をつく。巨人は幻朝に向かって手を伸ばしつかむと、幻朝を顔に近付け、巨人は一つの赤い眼で捉えた。
[矮弱な鬼に無駄な贄を出したこと、我は忘れぬぞ]
「も、申し訳ございません。申し訳ございません!!」
平謝りする幻朝に巨人は怒るが如く、目を大きく見開く。
[だが、殺しはせぬ。しかし、二度と贄を出すではない。連れ去ったものも、元の場所へ返せ。贄となる娘はしずで最後だ。もうこれ以上は要らぬ。それができなければ、この村を潰す]
「っします、します!!
戻します!!」
[──必ずしろ。貴様らの所業を咎めぬよう説得したしず、否、我が妻に感謝することだな!]
勢いよく拳ごと幻朝を地面にたたきつけ、再び地面を揺らす。巨人が手を放すと、幻朝は無傷であった。だが、気を失っているのかそのまま地面に倒れた。
幻朝をつかんでいた手は私の近くにゆっくり来る。私はその手に乗って村の皆を見る。
手はゆっくりと動き、村との距離が離れていく。
……もう、二度と来ることはない。
私は村の皆を見て別れの挨拶を口にした。
「さよなら」
巨人は立ち上がると足を動かして、村から離れていく──。




