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真っ暗な森の中。ホーホーという梟の声と虫の声がする。千菊様の家の前で焚き火をしながら待つ。
鍋を回しながら、パチパチと焚き火の音を聞く。雨の日は家の中で過ごしてご飯を食べる。晴れの日は、外で食べて満天の夜空を見るのだ。
村でも時間は日が暮れてからだけど皆で静かに食べていた。千菊様とは話したり、ご飯の感想を言い合ったりしたけど。
森の方から枝を踏む音が聞こえて、私はそちらに顔を向ける。ここに住んでいて、狼や熊などの獣に遭遇したことはない。……千菊様が来ないように何か仕掛けがあるんだろうけど。だから、ここに来れるのは一人だけ。
「悪い。遅くなった」
黒髪を高く結んだ彼。いつもの千菊様だ。
「……ううん、おかえりなさい。食事できてるよ」
ここに来てから、私の料理の腕も少しは上がった。千菊様ほどじゃないけど……彼に任されることは増えてきている。
「……そうか、ありがとう。ただいま」
彼は感謝をすると、近くに座る。私は椀に雑炊を注いで、焼けた鮎を乗せて渡す。彼は両手を合わせて、食事の挨拶をする。私も自分の分を用意して、食事の挨拶をした。
「……いただきます」
私はお椀にある雑炊を一口。……うん、前より美味しくなってると思う。
「……前より、うまくなっているな。鮎の焼き加減もいい」
「千菊様には及ばないけど……ありがとう」
鮎をかじりつつ感謝をしてから、雑炊と鮎を食べていく。食べ終えると、鍋と碗、箸は千菊様が洗いに向かう。
洗い終えた後は、茣蓙の上に置いて乾かす。
焚き火がパチパチとなる。千菊様は水の入った薬鑵を持ってきて、並べた石に設置して直火に掛けていた。
彼は火に薪をいれ、火の長く持たせるようにする。
……。薬鑵の湯の沸かす音が聞こえる。お互いに黙っていると、話しにくい。
でも、聞かなくちゃならない。私が口を開こうとしたとき、千菊様は聞いてきた。
「しず、我を人だと思うか?」
「えっ」
名前で呼ばれ、びっくりする質問をされる。
千菊様を人? ……私はそう思う。
「うん、人だと思う」
迷うことなく答えると、彼は複雑そうに話す。
「……人から生まれたから生まれたから人なのか。人の形をしているから人なのか。
こういう疑問もあるであろう。だが、我は人の親から生まれた」
そう話す。背が高くて体格がいい人が出てくることは稀にあるらしい。……でも、火を出したり、人外じみた動きをするのは人をやめなければならない。
「だが、我は生まれ持って半分人じゃない部分がある。
我の人じゃない部分は、巨人。ダイダラボッチではあるが、少し異なる。こんな見た目でも三百年以上は生きている」
三百年、生きてる? しかも、生まれ持ってきた……?
ダイダラボッチは合っていたけど、彼にとっては違う……。
色々ととんでもないことが語られている気がする。ありえないと思うことばかりなのだけど、私はありえないものを目にしたから何も言えない。
彼は話を続ける。
「呪いのようなものだが、言葉にし難いな。生まれてから我は半分人間じゃない血を引いている。
紀。この姓を持つ我は貴族の出だ。母の腹から生まれて産声をあげたとき、我の生まれた場所が爆発した。力を操れぬ我が、母と我を取り上げた人間を殺した。我の出す爆発で吹き飛ばされ、火事が起きて燃死した。全員ではないにしろ、屋敷の人間が死んだ。我が生まれた場所の瓦礫からは赤子の頃の我が出てきたらしい。この話は聞いた話だとしても、我が母を殺したことは真実だ。
最初は我が殺したのか怪しんだらしいが、爆発を起こして確信したらしい。その後は陰陽師に頼み、我に力の封印を施して、その時はなんとか普通の人間と同じになったという」
話を聞いて、私を息を呑む。彼は悲痛の表情を浮かべることなく、淡々と真実を語っていく。
「物心をついたとき、覚えているのは屋敷の離れの風景。身内の顔は覚えていない。我の身長は高くなる。体格も良くなっていく。普通の成長とは異なる。
爆発を引き起こす赤子は本当に実子なのか。あんなに背が伸び、体格がよくなっていくのは、本当に息子なのか。疑いの目を向けられる日々は思い出せる。親類の者は、我を化け物扱いしていた。いつ屋敷を壊すのか分からなかったのだろうな」
「で、でも、そんな力があるんじゃ祭られてもいいはずじゃ……」
力があるなら祭られるか、利用できると見込んで育てることもあるんじゃ……。私の言葉に彼は嘲笑う。
「当時の父親は、我を生んだ母を愛していた。そんな母と屋敷のものが生まれて間もない赤子に殺されたら? 乳を与えなくとも成長し、背と大きくなり、体格も良くなり、制御できないほどに力も大きくなったら? 疑い、化け物と疎み始めるだろうな。まあ食事ぐらいは出た。残飯ではあるがな」
「……」
何も言えなかった。
生まれてから呪いを背負って、生まれて、お母さんと人を殺した。そんな、ことあるの。赤ちゃんを産むのは大変で母親が命を落とす話は聞いたことがある。けれど、生まれてお母さんと屋敷の人を殺すなんて。
そんな赤ちゃんなんて……力とか分からないと思うのに。けれど、赤子がそんな力を振るうと、その赤子を怖がる。……本当に自分の子なのかと疑いたくなる。
彼は解放されたように微笑む。
「だが、数え五つの頃に我はあの場を去り、とある場所で世話になる。今でも世話になっているが、実家と呼ばれるような場所よりいい。その我のいる場所は、我と同じような存在が多い。だからこそ、居心地もいい」
本当に嬉しそうに微笑むから、彼にとって居心地がいいのがわかる。でも、彼は微笑みを消した。
「だが、代わりに退治や殺しをする。我のいる場所は、悪いことをした人間と妖怪を殺して、秩序を保つ場。必要に迫られてやる、そんな役目だ」
とても悪いことをした人間と妖怪を殺して、秩序を保つ。何かを言いたくないようで、彼は物凄く言葉を選んでいると思う。でも、嘘はいってないと思う。
ある程度話し終えたのか彼は息をついて、目をそらす。
「我の役目については話すつもりはなかった。だが、あれでは話すしかなかった。見ての通り、我はしずたちと違うからな」
ただでさえ自分が異質だってわかっているのに、更に気味悪いと思われたくなかったのかな。……ううん、多分千菊様自身、していることに巻き込ませたくなかったんだと思う。
「……うん、話してくれてありがとう。千菊様」
「知りたいことは聞けたか」
ぶっきらぼうに言う。大まかに知れたと思う。千菊様のことも知れたと思う。でも、まだ知りたいことはある。
「ううん、まだ」
「……まだ、あるのか。なんだ」
面倒くさそうな彼だけど、これは聞かなくちゃならない。
「貴方が私を死なせないのは、鬼に食わせない為っていうのは今日味わってわかった。でもね、私を逃がすなら気絶させたままでも良かったし、他の子と同じようにあの村以外の場所に寝かせておけばよかったはずだよ。
なんであの時私に契約を持ちかけたの?
目的のためなら私を利用できたはずだし、契約しなくてもよかったと思うよ?」
契約したあの日。私を利用して村を襲うこともできたはずだ。贄となる少女たちを解放して、契約で私を妻にするなど遠回しなことせずに手早く役目をこなせばよかったのだ。
私の問いに、彼はあきれながら話す。
「ああ、あれか。単に放っておけなかっただけだ。この世に居場所がないという顔をして、死にたいという愚か者をな」
「……へ」
間抜けた声が出てしまう。
死にたそうだから放っておけなかった。
それだけの理由。それだけの理由であんな契約をしたの?
驚いていると、彼は訝しげに私を睨む。
「なんだ。その顔は」
「えっ、それだけ……?」
きょとんとして聞いてしまう。彼は当たり前のように話す。
「そうだが?」
「そうだがって……」
彼は薬鑵を手にして、湯を飲む容れ物に注いでいく。
「確かにやりようはあった。我との記憶を消し、気絶させて死んだと偽装させる方法など色々あっただろう」
千菊さまは自分の分と私の分を注ぐ。私のは近くにおいて彼は自分の手にし、ため息を吐く。
「我自身が許せなかっただけだ。あの苦しみに居場所を見いだす顔は、もう近くで見飽きてきたからな」
手にした飲み物を飲む。あつあつなのに飲めるなんて、やっぱり火を扱うから得意だからかな。
飲み物を飲み終えて、近くに置くと彼は見据えてくる。
「貴様は死にたいか。今でも死に居場所を見出しているのか」
「そ、それは……」
死にたいと思う事はある。でも、胸の内の穴が少なくなってきてからは……生きていきたいと思い始めている。このことを伝えようと、私は口を動かす。
「死が居場所なんて、そんなことないよ。私の胸の内の穴は埋まってきている。思うことはあっても、今は生きたいと思ってるから」
話すと彼は目を丸くして、私を見ていた。どうしたのだろう。
「……貴様、今までさみしかったのか?」




