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千菊様はしゃがんて私を降ろしてくれた。
「あの村長をつけていると貴様を見かけ、助ける機会をうかがっていた。だが、助けを求める声を出せたことに驚いた。感心する」
「……えっ、千菊様。まさか、ずっと見てて」
「機会をうかがっていたと言ったはずだ……が、これではただの後付けの理由。機会をうかがっていた理由は見せたくなかったからだ。これから見せる」
彼は息をついて、立ち上がる。私を守るように立って、拳を鳴らす。
「……本来なら見世物ではないが、何。見世物になってやろう」
顎を押さえる朱魔は千菊様を驚いたように見る。
[っ! お前、いったふぐっ!?]
千菊様はいつの間にか鬼の前にいて顔面に拳を入れていた。……なんだかとっても痛そうな音がした。
その後、千菊様の両腕が目では追えないほどに動き、朱魔の身体にいくつかの窪みと拳のあとを作っていく。拳が入れられているのが分かるけど、何だが栗の中身をを粉々に砕くような感じが……。
強烈な拳が入れ終わると、千菊様は最後の一突きと言わんばかりに腹を勢いよく殴った。
朱魔の身体は奥へと突き飛ばされる。千菊様は息をつくと、肩を回した。
「……肩慣らしはここまでだ」
千菊様は髪の色を赤く鮮やかな色にしていく。まるで炎のような美しい髪の色だ。普通の人が髪の色を変えるなんてできない。そして、千菊様は自分を異国の人だとも言ってなかった。
……ああ、そうだ。彼は一言も自分を人だとも言ってなかった。
「火砕」
言葉を言うと両手に火が纏う。彼は足に力を込めて朱魔に向かって飛んでいく。遠くに飛ばされた朱魔の姿。何か慌てたような声が聞こえてくるが、千菊様は容赦しない。
朱魔のいた場所に噴火のような、大きな爆発の音し火柱が現れる。少し温くて強い風が、私たちの肌に当たった。前髪と髪を後ろへと飛ばす。
──鬼のいた場所には煙が立ちこめていた。煙からは千菊様が現れて、こちらへと歩み寄ってくる。
揺れている髪は、まだ炎の色のまま。歩き方や足の長さが違うのか、早めに私の目の前に現れる。
彼は見下ろすことなく、しゃがんで私と目を合わせた。
「怪我はしてないか」
「……して、ないよ」
「そうか」
ほっとしたように話すと、彼は立ち上がって幻朝たちの前へ行く。彼らにしゃがむことなく見下し、幻朝を睨む。
「な、な、なな……!」
「全部聞いたぞ。そうか、人攫いは村ぐるみ。しずの親を殺したのは貴様か」
いつにもなく、声は低い。
「……!」
ゾワっとした。温風に当たったはずなのに寒い。全身が震えてしまう。彼が怒っている姿は見たことあるけれど、この怒り方は知らなない。
幻朝は怯えながらも煙の方を見る。
「しゅ、朱魔様は……!」
「弱い鬼は滅殺した。次は貴様らだ」
拳が強く握られる。手に宿った炎は消えていない。幻朝たちは腰をついて震えている。殺されようとしているならば、怖く思うのも仕方ない。でも、けれど!!
「……っ! 駄目、千菊様……!」
千菊様の着物を掴んで私は止めるけど、彼は私に首を向ける。
「止めるな」
向ける表情は彼らより優しい。けれど……!
「人を殺しちゃだめ……!」
「優しいな。こいつらは貴様の親を殺した奴だぞ? 死んでほしいはずだ」
親を、奪った人だ。確かに許せないし、死に値すべきだと思うけど……!
「良くないことを人には罰すべき人がいるって、千菊様が教えてくれた!」
「我がそれをする役目だ。鬼だけでなく、人も殺すのも役目。教えてない故に、こうして貴様が止めるのは必然であろうがな」
「役目って……!? ……っまってまって!」
彼は幻朝の元に向かおうとする。私は引っ張って止めようと、彼は止まってくれる。……本当なら私を突き飛ばすことができるはずなのに、彼はそれをしない。ちゃんと私の言葉にも耳を傾けてくれる。
彼は基本的に悪い人ではないのだろう。
「我は何度も人や妖怪を殺している。殺ることなんぞ、造作ない」
そう言って、拳を構えて殺そうとしている。確かに私の知らないところではそうかも知れない。確かに、そうかもしれないけれど。
「……っ貴方が今に死なせるべき人間は、そんな奴らじゃなくて私でしょう!?」
この言葉に彼は思わず私に振り返る。
止めるのに出た咄嗟の言葉。契約では私を死なせてくれると言っていた。
……死ぬなら自分で死ねという人もいると思う。でも、彼は、私を死なせてくれると契約してくれた。一時と言えど、妻の立場をくれた。
ボロボロと涙が出てくる。止めることができない。情けない顔をしていても、言わなくてはならない。
「さっきの私は生きたい思いを叫んだ。でも、死にたいとも思っている。
契約で貴方は言った! 私を死なせるって!
なら、そんな奴らに手をかけるんじゃなくて、先に私の方をかけるべきなの……!」
はちゃめちゃ。言ってることは破茶滅茶だ。
でも、止めるの言葉が、これしか思い浮かべられなくて。
何も知らない私ができることは、これくらいしか、なくて。どうしようも、なくて。
千菊様は私を見たあと、仕方なさそうに息をつかれる。地面に腰をつけている幻朝たちを不機嫌そうに睨んで、手から出ている炎を消した。
「さっさと消えろ。今すぐにここから去らなければ、殺す」
怒りの声と本当に殺す思いが込められていて、私ももう一度体を震わせる。幻朝たちは情けない声をあげ、すぐに立ち上がって駆け足で逃げていった。お金や金の袋を置いていっているあたり、本当に怖かったようだ。
千菊様は去っていく彼らに舌打ちをする。髪の色をいつもの色に戻して、私に向かい合うとしゃがんで顔をみた。
「これで満足か」
「……ありがとう、ごめんなさい」
お役目を邪魔したことに、謝らなくてはならない。謝ったけど、彼は気にしていない模様だった。
「役目は本当だが、この場合人を殺すのはどちらでも構わない。
先ほどのは、見聞きして我が腹ただしく思って行動しただけだ。だが、あやつらの裁きは別の形で下す。人の世が下すように仕向ける。これでどうだ」
「……うん」
それで、いいはずだ。確かに酷い事をした人ではあるけれど、彼には育ててくれた恩がある。……相応しき場所で、相応しい裁きが下ってほしい。
だから、今は。
「千菊様」
彼の顔を見据える。千菊様も私を見たから話す。
「……話してないこと、隠していることを教えて」
千菊様からは隠している素振りがいくつかある。
鬼を倒したときの力に、人外じみた動き。……見るからに、人ではない身長と体格の筋肉量。千菊様からはたまに身長の大きい人間が産まれる話は聞く。嘘ではないと思う。けれど、この目で彼が隠してきたことを見てしまえば……聞かざるえない。
彼は複雑そうな顔をしたあと、頭を掻いて頷く。
「……我の過去も少々交えて話すことになる故、長くなる。構わないか」
「……いいよ」
「だが、その前にそこに倒れている女子をあの村以外の場所に置いてきていいか?」
「そう、だね」
幻朝たちが連れてきた彼女。あれから気を失っているけれど、このままにしておけない。一旦千菊様が彼女をあの村以外の人里に置いてきてから、彼の隠していることを話すことになった。




