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鬼。妖怪で人じゃない。悪いやつであるけれど、千菊様曰くいい奴もいると。でも、悪い奴もいるから気をつけろと言っていた。
……じゃあ、私が見ているあの鬼は……。
全員がその鬼にひれ伏している。
[おい、火山が何度も噴火してから人間がこないがどういうことだ]
「も、申し訳ございません。」
[村が裕福に暮らせるのは誰のおかげだと思っている]
「朱魔様です……!」
あの幻朝様が頭を下げて、下手にでている。
ううん、そうじゃない。今あの鬼は贄って言った……?
[噴火のたびに何故この道に贄が通らない]
「そ、それは、私らにもわかりません……!
随分前にそちらにしずというものを向かわせた筈ですが……!」
[──そんな女、来ておらぬぞ!!]
怒号を上げて、周囲の木々の葉を揺らす。
……離れてるのに私の方にまで飛んできてる……!
「は、はぃぃ……! すみません。ですが、今日も代わりは連れてきています。
朱魔様にあれを出すように!!」
代わり?
幻朝様が怯えながらと、村の人に抱えていたものを鬼の前に出して布を取って晒す。
「……!」
手と足を縄でしばられて、口に布をされて声があまり出ないようにしている。彼女は泣きながら鬼の姿を見ていた。
その子は私がよく知る。私よりも、下の。しかも、私を見送って頑張ってと言った子の一人。鬼はその女の子の両手を軽々と片手で持った。女の子は鬼の姿を見て、とても震えている。
[ほぉ、まだ熟す前ではあるが、良さそうではないか]
「そうでしょうとも……! こ、これならば我が村に」
幻朝様の言葉に鬼はにやりと笑う
[ああ、今回もくれてやろう]
鬼の手からは出されたのは袋のようなもの。地面にいくつか置かれる。
幻朝様たちは慌ててそれを受け取ると、中を見て感嘆の声をあげた。
「おおっ……!」
お金だけではない。キラキラとした金の粉が詰められている。
あれは、金……砂金?
金って高価なものだと聞いている。お金と砂金を対価に、村は人を。
[では、早速いただこう──]
鬼は不敵に笑い、大きな口を開ける。女の子は泣きながら首を横に振って嫌だと声を上げるも、口にされた布のせいで声が上げられない。
……っ駄目。私を見送ってくれたあの子を、捨て置けない!
「やめてっ!!」
籠を投げ捨てて、私は駆け出す。
私の声に反応して、幻朝様と村人の皆。鬼が私に向く。私の存在に幻朝様達が口をあんぐりとさせて、鬼が訝しげに私を見ている。彼らの前に姿を現すと、幻朝様は我に返って私に向かって嬉しそうに声を開けてくる。
「お、おお! しず……! まだお山様のもとへ行かなかったのか……!
だが、元気そうで」
「これは、どういうことですか。幻朝様」
遮って聞く。ううん、聞かなくてはならない。私に聞かれて、幻朝様は尻すぼむ。 出てきたけれど、まだ混乱している。でも、聞かなくてはならない。だって、私が贄になった意味とこの現状について、おかしいことがあるもの。
「どういうことですか。なんで、お山は噴火してないのに、彼女をここにつれてきたのですか!?」
「そ、それは……」
「……前は大きな噴火の度に、贄を出していたのですよね?
けど、途中から小さな噴火でも贄を出すようになった。その小さな噴火の度にお山様に捧げられた皆はちゃんとお役目を果たされたのですか?
……昔、鎮めるためにお山様に行った皆、本当はどこに行ったのですか!?」
「っ……!」
言葉を詰まらせている幻朝様だけど、背後から声がする。
[その、昔の皆は全部わしの腹の中よ]
振り返ると鬼は女の子を地面に置き、私に顔を近付かせる。おおきな顔と鋭い牙と大きな二つの目。迫力もあるし、下手に答えると喰われそうなきがする。私に向けて、にたりと微笑む。
[貴様が噴火の時に来るはずだった贄か]
「……そうだよ。でも、今はとある人の妻」
[妻、と]
答えると興味深そうに見つめ、ケラケラと笑う。
[はははっ! そうかそうか、贄ではなくどこぞの妻になったと!]
「……っそんなことより……! お前は、お山様なの……!?」
お山様と言われ、朱魔と呼ばれた鬼は鼻で笑う。
[はっ、そんなわけなかろう。贄なんぞ、わしの食事だ]
「しょく、じ」
[そうだとも、知らないなら教えてやるとも。
十年前ぐらいか、わしはここに来て適度に良い村があるのを知った。噴火するたびに贄を出すなんてちょうどいい風習がある。だから、脅してやったのよ。大きな噴火だけでなく、小さな噴火の度にだせとな。だが、来る女の贄は質素で貧弱。かわりに金と金になるものを与えて、村全体を肥やさせてやったのよ]
鬼は白い牙を剥き出しにして笑う。
[贄を出せば、村は生きやすくなる。良質な贄を育てるために村の人間は女を育てる。
恩恵は村全体に行く。悪くなかろう? 村の為にもなるぞ]
贄を出せば村の為になる。それは、嘘ではないとしてもだ。
問題はそこじゃない。私はあの村の出身だからわからなかったけど、今ならわかる。私は幻朝様に目を向ける。
「幻朝様……。私と一緒に育った女の子の一部は、やはり……他の場所から連れ去ったのですか……!?」
私の言葉に村の皆は目を合わせず、問われた幻朝様は何も言わない。でも、態度と状況がそうだと言っていた。
……私の長く抱えていた疑問は解消された。同時に、どうしてと失望に近い気持ちが沸き上がる。
千菊様の言っていたことは本当だった。
でも、親を亡くした私にとって、幻朝様は。
「……朱魔様が来てから、村の女子は少なくなっていた。だから、外の地域にいる幼い女子を連れ去って、人買いから女子を買っていた」
幻朝様は人攫いの自白をする。彼は私を……ううん、私を通して誰かを不愉快そうに見ているような。
「……だが、しず。お前の父と母は人攫いと人買いに反対していた。こっそりと逃がそうとしていたのだ。その罰として、寝ている間にお前を取り上げ、寝ている二人の家に火をつけた」
お父さんとお母さんは亡くなったのではなく、殺された。私は助けられたのではなく、二人から取り上げた。
真夜中に目覚めたら、父と母は家の中で家事に気づかず燃やされて。
そうして、私は贄として育てられた。……村にいてもいつまでも胸の内が埋まらない理由が、わかった。村の私腹を肥やすのが目的で、彼らは引き取った私達に愛情を持っていない。
「なんで、そんな事を……!」
怒りそうになると、幻朝様……いやううん、もう様はつけない。幻朝は不敵に笑う。
「何故、ここで一切合切を話を打ち明けたのか。わからないのか?」
「何故って……? ……ぐっ!?」
気付けば、何か強いものに掴まれる。視界には朱魔の顔。鬼の手は私に伸びていたのだ。
「っ……あっ……!?」
[自分の死に際をわかってなかったようだな]
朱魔は愉しげに私を見ていた。……っつまり、私をここで殺すから……幻朝は何もかも話したんだ。贄と引き換えに金を得ていたのを見たからから、何もかもを話して口封じをされる。
……私は、殺される。
嫌だ。
そんな思いが出てきて、私は驚く。
死にたいのに殺されたくない。おかしいのに、嫌だという思いが出てきた。胸の内の穴は少しずつ塞がってきていても、そう思うのは……。
頭に、彼の顔がよぎって驚く。
「朱魔様。先にしずを食べますか」
いやだ。
[ああ、こんなに肥えていて、美味そうな女は居ない]
嫌だ。
「ええ、ぜひ、先にお食べください」
嫌!
「……──助けて! 千菊様っ!!」
身に沸いてくる衝動のまま、大声で叫んだ。朱魔はただにやりと笑う。
[ははっ、そう助けを呼んでも意味は]
朱魔の顎下から勢いよく何かが入る。その拍子に朱魔の手から逃れられて、自由になった。地面にぶつかることなく、柔らかくて少し硬い何かに受け止められる。
「生きたいと思う一声、よく上げた」
私は受け止めてくれた人を見上げる。
「見事だ。しず」
──初めて名前を呼んでくれた。
喜びだけじゃくて安心で、目からほろほろと涙が出てきてしまう。拭おうにも何度も、出てくる。
その人は寒い日を温めてくれるような優しい目をしていた。
「……千菊様。ありがとう」
感謝をすると、彼は小さく頷いてくれた。




