10
私は千菊様の住まう家の前に降り立つ。
私は空を見上げるように、巨人──ううん。千菊様に大きな声で感謝を言う。
「千菊様ー! ありがとー!」
今しゃがんでいるけれど、立っていたときの風景はすごかった。木や人、村と山が小さく見えた!
彼は私の声かけに反応して、姿だんだんと小さくなっていく。赤い炎も、髪の色も戻っていく──元の姿に戻る前に私は背向ける。
だって、巨人から戻るとき、千菊様は全裸だって言ってたから。
「──もう二度とやるものか……」
背後で凄く嫌そうな声がする。私は振り返って頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……無理言っちゃって……!」
千菊様はダイダラボッチというか、神様の系譜の巨人らしい。でも、巨人の姿になるのは嫌いでなりたくないとのこと。
大きくなれるかと聞いた時に、ものすごく嫌そうな顔をしたから本当に申し訳ない……。
頭を下げ続けていると、頭を撫でられた。大きな手でとても優しく撫でられる。
「……これで、しずが一杯食わせられたと思うのならいい」
顔を上げると、千菊様は着物を着直しながら言う。千菊様。目立つこととか好きじゃない。なのに、してくれたことに感謝しかない。
「けど、千菊様。最後は加減したとは言え、幻朝を叩きつけたあそこは……話してないよね? 怖がらせる程度でいいって話だけど」
地面に叩きつけた場面は迫力はあるが、千菊様が加減して怪我させないようにした。見せかけだけのものなのに……。
「あれはついでだ。怖い思いをするなら、周囲にも恐怖を与えて置かなければな」
……やり過ぎるなと言われたのに、千菊様の方がやりすぎている気がするのは気のせいかな。指摘したいけど、しないほうがいいような。少し迷っていると彼は微笑しながら呼んでくる。
「しず」
「はい」
「満足か?」
……私の目的は果たせた。だから、満面の笑みで答える。
「うん!」
私達は村に伝わるお山様の風習を利用させてもらった。それに千菊様は巨人になれるから本当にお山様と勘違いさせることができる。
人は知らないものを怖がるし、自分より強そうなものはすぐに敵わないと判断する。だから、何とか怖がらせられるかなと思ったけど……想像以上に怖かったし効果はあったと思う。
千菊様は私から手を放す。
「……なら、あとはあの村での所業を相応しい場所に伝えなくてな」
彼は家の方へと背を向けた。
相応しい場所、ちゃんとしたお役人様のところだろう。私も詳しくはわからないけれど──。
「千菊様。しゃがんで」
「何か話したいことでもあるのか?」
私と千菊様は身長差がある。話したいことがあると、このように千菊様はしゃがんでいつも私と目線を合わせてくれる。時には腕に抱えられることもあるけれど、今は話すときじゃない。
彼がしゃがむと私は彼の顔を抱えて胸の中で抱きしめる。
「……はっ?」
不意を食らったような声を出す。そんなの気にせずに感謝を伝える。
「千菊様。ありがとう。私、あの時に貴方に会えてよかった」
目を丸くさせて私に顔を向ける。
「何を」
「私なり、夫へ送る妻なりの感謝の気持ち。……貴方が契約で私を妻にしたんだから、受け入れてよ」
千菊様がしゃがないと私は抱きしめられない。彼は抱きしめられたことがないのであれば、せめて私だけでも。
契約で役立っているかはわからない。口約束だから、効力もあるかもわからない。でも、彼の頭を優しく撫でると頬を赤く染めた。怒りきれないといった顔をしている
「っ……はぁ、まったく、ここで契約を盾にするな」
「……死なせてくれるんでしょう?」
私の言葉を受けて、千菊様は観念したように胸元に額を置く。
「貴様が生き抜いた最期にな」
返ってきた答えに、私は瞬きする。生き抜いた最期って、それは私が天寿を全うしてからってこと、だよね……。
私を死なせるって、殺すとか、死なせるように仕向けるとかじゃなくて……ああ、そうか。私が死なせない足止めの理由としても使われ、死なせるという言葉をうまく良いように勘違いさせて。
彼の言葉の意味に気付いて、不満げに睨む。
「何それ、ずるい」
拗ねていうと、彼は顔を見せ皮肉げに笑う。
「言葉は便利だと覚えておけ。それとも、なんだ、胸の穴はまだ塞がってないから死にたいのか?」
穴は完全にまだ塞がってない。でも、この先埋めていける。
首を横に振って応える。
「塞がってないから、まだこの先を大好きな貴方と生きていきて埋めてくよ」
そう言うと、彼はとても満足げに幸せそうに笑う。
「そうか、なら最期まで我に付き合ってもらわないとな」
彼の手は私の背中に回る。幼子を抱くように抱かれるけれど、私と彼との体格差はあるから問題はない。でも、他の人には見せられないかな。千菊様が人攫いに勘違いされちゃうから。
「おい、今余計なこと考えなかったか」
「気の所為だよ。千菊様。余計なことなんてまさか」
「……ほう、そうか」
にやりと笑う彼の足を家の方に向ける。
私が歩かされることなく、抱え込まれているんだけど。えっ。
「……千菊様、何をするの?」
「正式に夫婦になるならば、慣れるべきことに慣れないとな?」
慣れるべきことに慣れる?
わからない私に千菊様は仕方なさそうに話す。
「まったく、知らないわけないだろ。互いに好いた男女が共にすることと言えば、一つだけだ」
「……っ!」
今度は私の顔に熱が集まる。
それって。それってそれって!
「冗談だ。まず契約や今後について話し合おう」
おかしそうに笑われ、赤い顔のまま私は千菊様に連れて行かれる。
……この人は少し意地悪なとこがある。でも、そういうところを含めて惹かれたからもう何も言えないから千菊様の胸を拳で叩く。痛くも痒くもないのか、にこやかに笑っていた。
でも、いろいろと話し合うことは大切。だから、まず最初に千菊様が話す『くず』という人について聞こう。
嫌がるだろうけどね。




