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第四話 蟒蛇甲(うわばみこう)

 池のほとりに着いた。

 

 思っていたよりもかなり大きな池だ。

 

 辺りを見回すが、特に異常は見られない。

 

 水面は鏡のように波一つ立たず、向かいの山々をそのまま映し出していた。


「……」

 

「何もないわね」

 

「静かすぎる……」

 

「ひとまず、一回りするか」

 

「そうね」


 俺たちは池畔を歩き始めた。


 しばらく進むが、不気味なほど辺りは静かだ。

 

 小鳥の鳴き声すら聞こえない。


「生き物の気配が全くないな」

 

「ええ……」

 

「一回りして何もなければ、一度里に戻るぞ」

 

「……わかった」


 ふと池へ目を向けると、水面に波紋が広がっていた。


「……波紋?」


 黒兎は池の方を警戒し、目を凝らす。


 すると、波紋の下に大きな黒い影が見えた。


 近づいて来る。


 速い。


 何か嫌な予感がする。


「あかね!!!」


 どうしてか分からないが、咄嗟にあかねを突き飛ばした。


 ドバァァァッ!!


 轟音とともに水柱が立ち上がる。


 大きな影が池の中から巨大な口を開けて飛び出してきた。


 あかねは突き飛ばされたことで間一髪その場を離れた。


 俺も反動を利用して飛び退こうとした。


 だが、避け切れない。


 奴の牙が肩口を掠め、そのまま勢いよく吹き飛ばされた。


「っ!!」


「黒兎ぉ!!」


 あかねが叫んでいる。


 どうやら無事のようだ。


 肩口から血が滴り落ちる。


 左腕に力が入らない。


 さっきの奴はもう池の中へ戻っている。


 咥えて水中へ引き摺り込むつもりだったんだろう。


「あかね! 池から離れろ!!」


「黒兎!」


 あかねは俺の方へ駆け寄ってくる。


 ザバァァァン!!


 水面を突き破り、巨大な影が飛び出す。


 大きく鎌首をもたげると、その口が大きく開いた。


 ドババババッ!!!


 高圧水流。


「あかね!」


 俺は痛む体を無視して、我武者羅にあかねへ飛びつく。


 そのまま身体を入れ替えるように抱き寄せた。


 次の瞬間、勢いよく放たれた水流が俺たちを吹き飛ばした。


 周囲の木々までも薙ぎ倒していく。


 俺たちは派手に地面を転がって行く。


「……あかね、無事か?」


「……えぇ」


 水流が放たれた方へ視線を向けた。


 それは水から出てきていた。


 発達した大きな顎。


 見た目は大蛇のようだが、背には巨大な甲羅を背負い、鋭い爪を持つ四肢が生えている。


「なに、あれ?」


蟒蛇うわばみのようだが、あんな妖は聞いたこともない」


蟒蛇甲うわばみこうとでも呼ぶか」


 俺は立ち上がり身構える。


「あかね、立てるか?」


「……なんとか」


 あかねはよろけながら立ち上がる。


「黒兎! それは!!」


 俺の方を見たあかねは、あることに気が付く。


「あゝ、どうやら奴の毒を貰ったみたいだ」


 左の肩口から左腕にかけて黒く変色し、傷口から血が流れていた。

 

 俺は気を集中し、気力で毒の進行を抑え込もうと試みる。


 だが、特殊な毒のようで進行は抑えきれない。


 少しずつ身体を蝕み、痛みを伴いながら黒くなっていく。


 蟒蛇甲は、こちらの様子を窺っているようだ。


「あかね、俺達では奴には勝てない」


「隙を見て逃げてくれ」


「……わかった」


「でも、逃がしてくれるかしら……」


「無理だろうな」


「一当てするから、その隙に走り出せ。俺も無理はしない。頃合いを見て逃げる」


「合図をしたら、神楽を」


 俺はありったけの気力を身体に集中する。


「今だ!」


 あかねは合図と共に素早く神楽を舞う。

 

 力が身体に流れ込む。


 気力が一気に高まる。


「走れ!」


 走り出すあかね。


 その時だった。


 ヴォアアアアアア!!!


 蟒蛇甲の咆哮。


 大地が震える。


 あかねの足が一瞬止まる。


「構うな! 走れ!!」


 俺は叫ぶとともに蟒蛇甲へ走り出す。


 そこから俺と蟒蛇甲との戦いが始まった。


 蟒蛇甲は近づくと、見上げるほどの巨体だった。


 殴りつけようとすると尾がしなり迫ってくる。


 ヴォンッ!


 紙一重で躱して懐に入り、一撃を入れる。


 ドゴォ!


 いい一撃が入った。


 だが、硬い。


 全く手応えが無い。


 意にも介さず、蟒蛇甲が突進してくる。


 ズドドドドッ!!


 なんとか躱す。


 どうにかして怯ませ、その隙に逃げようと思うが思うようにいかない。


 蟒蛇甲はこちらを睨みつけている。


 もう逃げられない。


 ならば、一撃で道を開く。


 気を巡らせ、集中力を高めていく。


 毒も一緒に身体を巡る。


 全身に痛みが広がる。


 だが、気にしていられない。


 全身が黒ずみ、それに伴い謎の黒い力が混じり合う。


「これが最後だ!」


 全力で駆け出し飛びかかる。


 神楽による強化。


 全力の気力。


 そして、謎の黒い力。


 全身全霊の一撃を叩き込む。


 ドガシャアァァン!!


 その一撃は蟒蛇甲の甲羅を砕き、その身を大きく抉った。


 ヴォアアアアアア!!!


 咆哮と共に蟒蛇甲は池の中へ消えて行った。


 そして俺は、全身に味わったことのない痛みを感じていた。


 ばきっ、ぼきっ、ごきっ、みしっ、ぎしぎし。


 全身が何かへ変わっていくようだ。


 しばらくして痛みが収まり、どうなったかと池の水面を覗き込む。


 そこには、一羽の黒いうさぎが映っていた。


「あゝ、毒ではなく呪いの類だったか」


 俺の意識はそこで途絶えた。

 

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