第三十二話 愛し子
「詳しく話すとは言ったが、死んだ時のことを全て知っているわけではない」
「お前の両親は、この地域に起こるとされていた災いを調査する中で、妖に襲われて死んだようだ」
「二人の遺体が発見されたのは、高校の敷地内だった」
「現場には激しい戦闘の痕跡が残され、妖によるものと思われる邪気の穢れも確認されている」
「ただ、妖の姿はなかった」
「……」
「この国では、妖が関係する不審な事件の多くは、表向きは事故として処理される」
「だから、お前の両親も交通事故で亡くなったことになった」
「二人の死について、俺が知っているのはこれくらいだ」
「そう……ですか」
あやめは俯き、しばらく黙り込む。
正人はそんなあやめを眺めていたが、やがて口を開いた。
「さて――」
「ここからが本題だ」
「……本題?」
「ああ」
「お前には風見家に来てもらう」
「お断りします」
「まだ何も言っていないだろう」
「どうせ、ろくでもない話でしょう?」
「まあ、最後まで聞け」
正人は気にした様子もなく話を続ける。
「先日、風見家は多くの者を失った」
「このままでは、風見の血が絶える」
「そこで、お前だ」
「……」
「お前には風見家に来てもらい、子供を産んでもらう」
「風見の血と白斗の血」
「二つの優秀な血を受け継いだ子供なら、申し分ない」
正人の口元が歪む。
「つまり――」
「俺の子を産んでもらうことになる」
「……は?」
正人はニタニタと笑いながら、あやめの身体を舐め回すように眺める。
あやめは一瞬、言われた意味を理解出来なかった。
そして――
「今、思い出しました」
「両親の葬式の時、わたしを引き取りたいと話してきたのは、あなたですね?」
「……覚えていたのか」
「顔までは覚えていませんでしたけど」
「あの時の嫌な視線は覚えています」
「当時のわたしは、まだ小学生でした」
「その頃から、そんな目でわたしを見ていたんですね……」
あやめは心底嫌そうに正人を見る。
「気持ち悪いので、お断りします」
即答した。
「お前に拒否権などない」
「あります」
「嫌です」
「絶対に嫌です」
「話は終わりですね」
あやめは踵を返す。
「待て」
正人があやめの腕を掴んだ。
「離してください」
「さあ、来い」
「嫌です!」
あやめは掴まれた腕を振りほどこうとする。
しかし、正人は手を離さない。
「抵抗しても無駄だぞ?」
正人の声色が変わった。
「俺ほどの術者になると、威圧にも力が乗る」
「一般人のお前では、防ぐことすら叶うまい」
正人から放たれた威圧が、あやめへと叩きつけられた。
しかし――
「……?」
あやめは何食わぬ顔で平然としている。
「なぜだ……?」
その時だった。
空気が変わる。
あやめの瞳から光が消え、虚ろになったかと思うと、その雰囲気が一変した。
瞳が金色へと染まる。
同時に、辺りを神聖な空気が満たしていく。
そして――
「妾の愛し子に手を出すとは、いい度胸だな」
「なっ……!」
「そなたのような下賤の者が、妾の愛し子に触れることなど許さぬ」
「な、何者だ……」
「一族の繁栄だと?」
その問いには答えず、あやめ――否、その身体を借りた何者かは正人を冷たく見据える。
「そなたのような者がいる一族など、滅びればよい」
「ま、待て……!」
あやめが正人の頭へ静かに手をかざす。
「何を――」
その瞬間。
正人の身体から力が抜けた。
糸の切れた人形のように、その場へ崩れ落ちる。
「安心せよ。命までは取らぬ」
倒れた正人を見下ろし、静かに告げる。
「ただし――」
「子を成せぬ身体にしてやったぞ」
倒れた正人を一瞥すると、静かに自らの身体――あやめへと視線を落とす。
「それにしても……」
「そなたは、現世に在りし頃の妾に瓜二つよの」
どこか懐かしむように、優しく微笑む。
「願わくば、何事にも煩わされず、平穏な日々を送らせてやりたいものだが……」
白面の豊穣神は小さく息を吐く。
「どうやら、そうもいかぬようだ」
そして――
「せめて、我が愛し子に幸あれ」
そう言い残すと、金色だった瞳が元の色へ戻る。
「……」
あやめの身体から力が抜け、その場に倒れ込んだ。




