第三十話 風のヤイバ
大きくなった邪気溜まりの中から何か大きなものが這い出てきた。
「颯真さん!」
「あや!気をつけろ!」
二人は見たことのない妖と遭遇した。
◇
邪気溜まりから這い出てきた妖の姿が、徐々に露わになる。
大きい。
見た感じ爬虫類のようだ。
大きな顎に蛇のような長い身体。そして、硬く分厚い鱗に覆われ、四肢には鋭い爪を備えている。
まだ、こちらには気が付いていない。
「なに、あれ?トカゲ?」
「大物だ」
「文献にあった和鰐かもしれない、特徴が似ている」
「この大きさだと二人では厳しいかも知れないな」
颯真は撤退を視野に入れ、思考する。
「今日は何して遊ぶ?」
そこで遠くに子どもの声が聞こえる。
颯真が顔色を変える。
そして、決意する。
「あや、ここで倒すぞ!」
「わかったわ!」
あやは素早く神楽を舞う。流れるような所作を重ね、辺りを結界で覆う。
颯真は颯真で、形代を取り出し、呪文のような言葉を紡ぎ、鷹のような鳥を五羽作る。
「行け! 切り刻め!」
五羽の鳥が弧を描き、一斉に和鰐へと襲いかかる。
それを見て和鰐が大きく身体を捻る。
ブオンッ!
巨大な尻尾が鞭のように振り抜かれ、五羽のうち二羽が一瞬で掻き消された。
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!
鋭い翼が硬い鱗を斬り裂く。
グアアアア!
和鰐が雄叫びを上げる。
だが――
傷はついた。
それだけだった。
「クソッ!」
「浅い!」
颯真はすぐさま次の形代を取り出す。
「あや!」
「はい!」
あやはすでに次の神楽を舞い始めていた。
「守護の舞――」
二人を包むように結界が広がる。
さらに続けて、弱体化の舞。
和鰐の動きがわずかに鈍る。
「効いてる!」
「でも、これでは……!」
颯真が放った鳥が再び襲いかかる。
だが――
バシンッ!
バシンッ!
和鰐の尻尾が次々と鳥を叩き落としていく。
攻撃は通る。
あやの神楽も効いている。
それでも、倒せない。
少しずつ。
二人の方が追い詰められていった。
「あや、お前だけでも逃げろ」
「こいつは倒せない」
「でも、あなたは!」
「俺はギリギリまで粘る」
「無理はしない」
「だから逃げろ!」
「早く!」
颯真の形代も残り少ない。
このままではどうしようもないと思考を巡らせた、その時。
グアアアア!!!
「くっ!」
腹の底まで震わせる咆哮。
一瞬、颯真の集中が途切れた。
その隙を和鰐は見逃さない。
巨体が沈む。
「颯真さん!」
「――まずい!」
次の瞬間。
和鰐が地面を蹴った。
巨体からは想像も出来ない速度で、二人へと迫る。
「あや、避けろ!」
ドンッ!!!
「きゃあっ!」
「ぐあっ!」
二人の身体が大きく弾き飛ばされた。
あやは頭から血を流して動く気配が全くない。
颯真は満身創痍で、意識を保つのもやっとの状態。
和鰐は二人の状態を眺め、次の行動に移す。
ゆっくりとあやに近づき、尻尾を巻き付けて持ち上げる。
そして、出てきた邪気溜まりのほうへ足取りを向ける。
「あやをどうするつもりだ!」
気力を振り絞り、やっとの状態で立ち上がる。
颯真は懐から護符を取り出した。
「くっ、もう出し惜しみしている場合じゃないか……」
「これが駄目ならお手上げだな!」
何か呪文のようなものを唱えたあとに言葉を紡ぐ。
「我、風見颯真の持つ全ての力を糧とし、立ち塞がる全てを切り裂く風となれ、我が前を阻む敵を滅せよ!」
護符の周りに風が集まり、渦を成す。
「顕現せよ!」
目視出来るようになった風は形を成し、刃へと変わる。
そして――
あやを連れ去ろうとする和鰐に飛びかかる。
「これが全力だ!」
「風のヤイバアアアッ!!!」
風は大きな刀と化し、和鰐に襲い掛かる。
和鰐は回避しようと横へ逃れようとする。
「逃がすか!」
颯真はさらに一歩踏み込む。
だが、わずかに届かない。
それでも構わず、渾身の力で風の刃を振り切った。
ズバアアアッ!!!
グアアアア!!!
風の刃は和鰐の身体には届かなかった。
しかし――
あやを巻き付けていた尻尾を根元から斬り飛ばした。
あやは尻尾ごと地面へ落下する。
その勢いのまま颯真は瓦礫へと突っ込んだ。
グアアアアア!!!
尻尾を失った和鰐は激しく咆哮し、痛みに悶えるように暴れ回る。
颯真は急いであやの元へ向かい、ぐったりとした身体を抱きかかえた。
「あや……」
呼び掛けても反応はない。
やがて、和鰐は暴れるのを止め、颯真を睨みつける。
そして――
グアアアア!!!
咆哮を上げながら、二人に向かって突進してくる。




