第六十二章 百鬼夜行の文化祭 1
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さまざまな思惑が絡み合う文化祭が始まります!
どんな攻撃が、またどんな罠がしかけられているのか…?!
神城透亜にとって、人間という有象無象の行動パターンを予測することは、朝のコーヒーの温度を測るよりも容易なタスクだ。
ましてや、実の兄である神城一馬の思考ログなど、もはやスマートフォンの予測変換並みにお粗末で退屈な代物だった。
「僕が花菱を断てば、一馬兄さんは必ず実力行使に出る。
──2秒で導き出せるお粗末な思考ログだ」
文化祭の準備期間、薄暗い放課後の教室で、透亜は手元のノートPCの画面を見つめたまま冷ややかに呟いた。
花菱桜子という神城家にとって有益な婚約者を、真っ向から「僕は翡翠のものだ」とぶった斬ったのだ。
面目を丸潰れにされた本家や一馬が激怒し、有害だと判断して自分を排除するために手段を選ばなくなることなど、ミリ秒脳の透亜にとっては最初から計算の範疇(想定内)でしかなかった。
というか、それを覚悟で翡翠を選んだのだ。
だからこそ、透亜は動いた。
今年の高等部の出し物は、学年合同10クラスという前代未聞のスケールで挑む『巨大お化け屋敷』。
一般の生徒たちが「最高のクオリティの演出」を楽しみに準備を進めるその裏で、透亜は自身のチェス盤の駒──
1年A組のトップ勢、そしてJ組の九条家までをも完璧に配置し、一馬が、この文化祭で何かを仕掛けてくるであろうことを予測し、現行犯でハメ殺すための防衛・鹵獲システム(網)を学園中に張り巡らせていた。
だが。
そんな「絶対王者」としての冷徹な裏の顔も、たった一人の少女の前ではあっけなくバグを起こす。
「──っ、も、申し訳ございません……!」
神城の屋敷の私室。
学園から帰宅し、プライベートな空間に入ってふと視線が交わった瞬間、翡翠はゆでダコのように顔を真っ赤にしてフリーズした。
両手で必死に顔を隠しながら、指の隙間からウブな瞳を泳がせる。
「ち、知識としては、仕事柄もちろん頭に叩き込まれているのですが、知識と実践が全く違いまして……!
顔が、顔が勝手に熱くなってしまうのです……っ!」
前回の、あのキスの余韻。
完全に距離感がバグり散らかしている忠犬の姿に、透亜のミリ秒脳も一瞬ホワイトアウトしかける。
だが、自分がこうやって男を知らない少女に育て上げ、こんな最高に可愛い顔をさせるのは世界中で自分だけだという事実が、透亜の胸に極上の満足感を満たしていく。
「そう。
実践のデータが足りないと言うなら、いくらでも付き合ってあげるよ、僕の翡翠」
「!!
か、かんべんしてくださいぃぃ…」
ドSな笑みを浮かべてスマートに距離を詰める透亜に、翡翠はパニックを起こして完全に挙動不審に陥るのだった。
そして迎えた文化祭準備の佳境。
学年合同の巨大お化け屋敷の現場は熱気に包まれていた。
透亜が「くだらない」と吐き捨てながらも数秒で爆誕させた『最も客が恐怖し、かつ防衛拠点として最適な完璧な迷路設計図』に従い、資材が次々と運び込まれていく。
「あの場所にこれを打ち付ければよいのですね?
おまかせ下さい、透亜様!」
お嬢様やお坊っちゃまばかりの生徒たちには不可能な高所作業を、翡翠は嬉々として買って出た。
自分が主君の役に立っているという喜び。
そして、普段は常に黒いチャンパオを着て過ごしている癖が、最悪の形で出てしまう。
翡翠は制服のスカート姿であることも忘れ、高い足場へとピョンと軽やかに跳ね上がってしまったのだ。
「ば……っ! 服!!」
透亜の警告の叫びは一瞬遅かった。
高い位置にいる翡翠の足元へ、周囲の男子生徒たち、そして同じく作業をしていた羽鳥晃の目線が、男の本能として無自覚に向きそうになる。
──その瞬間、周囲の空間の重力が変わった。
びりびりと空気を震わせるような、文字通りの『狂気的な殺気』。
発信源は言うまでもない。
透亜だ。
「命が惜しければ今すぐその両目をくり抜くか、音速で回れ右をしろ」
と無言で語る透亜の絶対零度の瞳に射抜かれ、晃をはじめとする男子生徒たちは一斉に冷や汗を流した。
彼らは無言のまま、首が折れんばかりの勢いで目線を逸らし、直立不動で明後日の方角を見つめる。
「……見たか?」
(無言で激しく首を振る晃たち)
「し、失礼しましたあぁっ!」
己のやらかしにようやく気づいた翡翠が、真っ赤になって慌てて足場から降りてくる。
「早くジャージに着替えてこい!今すぐ!」
「は、はいぃ〜!!」
猛スピードで廊下に向かう翡翠を見ながら、透亜は盛大なため息をついた。
そんなドタバタ劇の裏で、要塞化は完璧に進行していた。
同じクラスの御子柴律は、お化け屋敷のメインサーバーを叩きながら
「演出制御用に見せかけて、透亜の超高速ハッキングの『増幅中継拠点』の構築、完了……。
これで神城一馬側のサイバー反撃は1ミリ秒たりとも通さないよ」
と不敵に笑う。
橘綜一郎は大道具の設営指揮を執るフリをして、兵器の突進を物理的に完全遮断する防壁の陣形を計算通りに組み上げ、千歳凪と羽鳥晃は10クラスの膨大な人流と情報網を完全掌握し、決戦時の爆音や異常事態を「リアルな演出」として一般生徒に誤認させるための偽装アナウンスの仕掛けを仕込み終えていた。
さらに、別クラスのJ組から九条麗華と晋が合流する。
「他クラスとの合同企画様々ですわね!
これなら自然に遊びに来られますわ」
そう言って優雅に扇子を広げる麗華は、ジャージ姿で戻ってきた翡翠と、それをまだ忌々しそうに睨んでいる透亜の姿を見て、フッと楽しげに目を細めた。
「それにしても透亜様。
いくらご自分の『可愛いお人形』だからって、文化祭の準備中にそこまで品のない殺気を撒き散らすのはどうかと思いますわよ。
周囲の殿方たちが哀れで見ていられませんわ」
「…従者の不始末は、主人の責任ですから」
「あらあら、相変わらず重症ですこと」
麗華が極上の笑顔で透亜の独占欲をバッサリと斬り捨てる傍らで、実務担当の晋が音響・照明用の重い機材を軽々と運び込む。
特殊周波数と高出力ストロボのトラップを仕掛けているのは、他ならぬ晋だった。
配線を繋ぎ終えた晋は、不敵に笑った。
(さて、これで神城の坊ちゃんに言われた事はオッケー。
文化祭でも、退屈しなくてすみそうだな)
──日常と非日常。
糖度と血煙。
全ての要素が、透亜の脳内チェス盤の上で美しく噛み合っていく。
文化祭前夜。
出し物の最終チェックをしていた透亜は、完璧な巨大迷宮(要塞)と化した学園を見下ろしながら、暗闇の中で冷酷に微笑んだ。
「学園の生徒に指一本触れさせない。
そして、僕の翡翠の心を二度と傷つけさせない。
──舞台は整ったよ、一馬兄さん。
出来損ないの狂言を、特等席で観せてあげる」
絶対王者の完璧なるリザルトに向けて、嵐の文化祭が、幕を開ける。
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