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第五十八章 兄妹 後編

いつもありがとうございます!


晋と翡翠の物語後編です。

二人の絆を感じてもらえたらと思います。


「次どこいくの?」


「んーー、なつかしいとこ」


「? そう」


都会の真ん中を、陽光を浴びながら歩き出すダボダボ兄妹の背中には、血なまぐさい過去など微塵も感じられない、平穏な時間が流れていた。







書斎で今日会う予定の人物を待つ透亜の元に、家族カードの利用通知が次々と届く。


『利用店舗:ファストトレンド・シブヤ ¥24,800』


『利用店舗:アミューズメント・ワン ¥500』


『利用店舗:アミューズメント・ワン ¥1,000』


「……買ったな。また決済が下りた」


デスクの上でスマートフォンの画面が光るたび、透亜の眉間の皺が深くなる。


「奴め、翡翠にどのような不埒な衣服(デコレーション)を施した……!?


……いや、待て。現在奴らはアミューズメント施設にいる。


翡翠の戦闘技術が、あの手の低俗なアトラクションにおいて、一般の遊戯レベルを遥かに逸脱した出力を記録している可能性が極めて高い。


奴は、翡翠をただの『景品回収の兵器』として使って楽しんでいるだけではないのか……!


今日…予定さえ無ければ…!!


くっ、あの腹黒執事め……!」


不穏な静寂の中、透亜は自身の社会的立場(外出不可)を呪いながら、脳内でイライラと嫉妬を極限まで加速させ、ひたすらリロードボタンを押し続けるのだった。









都会の片隅にある打ち捨てられた旧家・鎮守の森の丘の上に、古びた寺跡があった。


本堂は半ば崩れかけ、静寂だけがそこを支配している。


翡翠の足が、ピタリと止まった。


「ここは……」


「覚えてる? 昔、仕事で何日か居座ったところ」


晋は昼食をぶら下げたままポケットに手を突っ込み、懐かしむ風でもなく、ただ薄く笑って崩れた境内を見上げた。


子供の頃、二人がまだ神城や九条の家に売られる前。


数日間だけ、この寺の老住職は、泥だらけの幼い二人に温かい粥を差し出し、何も聞かずに翡翠の頭を優しく撫でてくれた。


――その数日後に、二人がどんな「仕事」を遂行したのか。


その詳細は、今の二人の口からは一切語られない。


ただ、境内の一角、今や草に覆われた場所に、子供の手で不格好に積み上げられただけの小さな石の「お墓」が、静かに佇んでいる。


それが、あの日の結末のすべてを無言で物語っていた。


翡翠は、その小さなお墓を見つめた。


「……なんでここに?」


「んー。なんか、あのじーさんにみせてやろうかなって」


「見せる? 何を?」


「お前のこと」


晋は振り返り、翡翠の顔をじっと見つめる。


「久しぶりに会った時、驚いた。


普通の人間みたいだったから。


じーさんも、今頃驚いてるだろ」


「!


あの時、わざと煽ってきたの?!」


「あはは!バレた?」


晋はケラケラと笑い、本堂の縁側に腰を下ろした。


それを見つめながら、翡翠はゆっくりと近づき、その隣に、少しの距離を置いて腰掛けた。


「なんか、そうやってすぐ兄貴ヅラする。


晋の方が早く師匠のところにいただけなのに」


「俺の方がどう考えても身体が大きかっただろ。


俺の方が年上だよ。たぶん」


丘の上から広がる景色。


あの頃と何も変わらない、青い空と、遠くに見える街並み。


「……なんか、私、晋のこと、昔と違って見える」


「?


なにそれ。気味悪いこと言わないでよ」


「昔は、笑いながら人を殺す、私とは違う生き物にみえた。


でも……」


翡翠は膝を抱え、遠い空を見つめた。


「今は、同じ生き物にみえる。


残酷な事にはかわらないけど」


一瞬、風の音だけが響いた。


晋の穏やかな笑顔が、初めてほんの少しだけ揺れた。


三日月のように細められた目の奥に、底冷えするような、だけど酷く寂しげな、むき出しの「少年」の瞳が覗く。


「……買い被りすぎでしょ。


戦う事は楽しいし。


俺はただの壊れた人殺しだよ。


お前みたいに、綺麗に洗ってもらえなかっただけのね」


「……わかんない。そうなのかも」


翡翠はそれ以上追及しなかった。


語られない過去の冷たさと、今目の前にある温かい風。


「……晋」


「何?」


「お腹すいた」


「お前、本当にチョロいし、不便な飼われ方してるなぁ」


口では容赦なく文句を言い合いながらも、二人は縁側に並んで、ただ丘からの景色を眺めていた。








日が暮れてから、二人は神城の家へと向かう。


「大丈夫だよ一人で。


私その辺の男より強いよ?」


「んなこた知ってる。


一応ちゃんと送り届けないと、俺が坊ちゃんに消されるからね」


そんな、いつもの減らず口を叩き合いながら、二人が神城の屋敷の前に辿り着いた、その瞬間。


重厚な木製の正門が、静かに開いた。


中から現れたのは、お付きの者を従えた、圧倒的な光を纏う少女。


その少女は、腰まである艶やかな黒髪ロングをサテンのリボンで結い、桜色の可憐なドレスを身に纏った、どこからどうみてもお嬢様だった。


ちょうど神城一馬や透亜への挨拶を終えて出てきた彼女と、門の前で翡翠、晋、そして一馬に言われ、しぶしぶ見送りのために背後に立っていた透亜の四人が、最悪のタイミングで鉢合わせする。


「翡翠……!」


透亜の切れ長な瞳が、翡翠の姿を捉えてわずかに揺れ、驚いたようにその名を呼ぶ。


その声にいち早く反応したのは、桜子だった。


「透亜様? どなたですの……?」


純粋な好奇心に満ちた大きな瞳が、翡翠へと向けられる。


透亜は微かに眉をひそめ、冷徹な声音を取り戻そうと努めながら口を開いた。


「……私の専属護衛の翡翠です。


こちらは、九条家の執事、晋です」


紹介された瞬間、長年の習性(条件反射)で、バッと完璧な一礼と挨拶の姿勢をとる翡翠と晋。


その様子を見た桜子は、パッと大輪のひまわりが咲いたような、100%の善意の笑顔を浮かべた。


「まあ、そうでしたのね! 可愛らしい方……!


私、透亜様の婚約者候補の花菱桜子と申します。お見知り置きを」


――婚約者候補。


その無邪気で重い言葉が夜の空気に落ちた瞬間、翡翠と晋の身体が、かすかに強張った。


桜の香りが、ふわりと風に溶ける。


完全に思考がフリーズする翡翠の横で、晋の三日月のように細められた目の奥が、一瞬で底冷えするような狐狸の光を宿した。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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