第五十六章 神城透亜、一生の不覚
いつもありがとうございます!
いつも冷静な透亜が晋に弱みを握られました。
晋はどんな無茶な依頼をふっかけてくるのか!
お楽しみいただけましたら幸いです。
翌朝。
一ノ瀬家の豪華なゲストルームで目を覚ました神城透亜は、人生で初めて経験する「二日酔いによる軽度の頭痛」と「脳内ログの致命的な欠損」に眉をひそめていた。
「……昨夜の、記憶が、………ない。
……頭が痛い…」
そこへ、乱れ一つない執事服を纏った晋が、お盆に冷たいハーブティーを乗せて優雅に現れた。
「お目覚めですか、神城の坊ちゃん。
昨夜は随分と『ごちそうさま』でしたねぇ」
「……何のことだ」
「おや、記憶にない。
ミリ秒の計算脳も、アルコール濃度が限界突破するとログが吹っ飛ぶわけですか。
――じゃあ、これ、思い出す手助けになります?」
晋がスッと差し出してきたスマホの画面。
そこには、赤面してカチコチに固まるキョンシー翡翠の頬を、信じられないほど甘く優しい顔で撫でながら、「可愛い。」とのたまっている軍服姿の透亜の姿が、4K画質・超高音質でバッチリ録画されていた。
「ッッッッッ!!!!(※声にならない絶叫)」
その瞬間透亜の顔から血の気が引き、この世の終わりのような絶望感に苛まれる。
血圧、心拍数、脳内温度が同時多発的に限界値を突破し、思考回路が真っ白に焼き切れた。
「……ッ、い、いくらだ。
いくら払えば、その端末を、中のデータごと分子レベルで物理消滅させられる……!?」
「おやおや、お金なんて汚いものは結構ですよ。
九条の執事として、お給料は十分にいただいていますから。
ただねぇ……」
晋は三日月のように目を細め、悪魔の微笑みを浮かべた。
「どうしても動画の消去がご希望なら、これなんてどうですか?
――この動画を消す代わりに、今後、翡翠に私のことを『お兄ちゃん』って呼ばせますけど、どうします?
もちろん、坊ちゃんの前でも、四六時中。
あ、私の事はお義兄さんと呼んでください⭐︎」
「ふ、ふざけるな!!
翡翠が僕以外の男をそんな親密な呼称で呼ぶなど、僕の聴覚野が拒絶反応を起こす!
お前を義理でも兄と呼ぶなど死んでも御免だ!」
「あはは、即答ですね。じゃあプランB」
晋はスマホをトントンと指で叩き、楽しそうに首を傾げた。
「いやぁ、私のスマホの着信音、坊ちゃんの『可愛い(4K超高音質)』に変更しようかなって。
近々、神城家との大事なビジネス会議もありますし。
私のスマホがその場で大音量で鳴り響いたら、本当にすみませんね?」
「……お前、人間の皮を被った悪魔か……?」
想像してしまった。
神城グループの厳格な役員会議の最中、自分の「可愛い」という蕩けた声が室内に響き渡る地獄絵図を。
透亜の超高速計算脳は、その瞬間に自身の社会的・尊厳的な死が確定することを瞬時に弾き出した。
「……待て。それだけは、絶対に阻止する」
「でしょう? じゃあ、間をとってこれにしましょう」
晋はポケットから手帳を取り出し、ペンを回しながら涼しい顔で言い放った。
「また、翡翠を一日レンタルさせてください。
もちろん、その日の彼女の全権は私が預かります。
これに同意するなら、この動画はその場で完全に消去して差し上げますよ?」
「なっ……!」
翡翠を一時的に手放し、あまつさえこの腹黒執事の思い通りにさせるなど、自分の安全保障上、極めて不快であり許容しがたい条件。
しかし、提示された他の選択肢(お兄ちゃん&着信音)に比べれば、まだ交渉の余地がある……。
数秒の沈黙の後、透亜は血を吐くような思いで、震える唇を開いた。
「……一日、だ。
それ以上は、一秒たりとも許容しない……!」
「取引成立。毎度あり」
晋は満足げにスマホを操作し、透亜の目の前でデータを完全にデリートした。
もちろん、その顔には「裏にいくらでもバックアップをとってある」というプロの笑みが張り付いていたが、限界寸前の透亜がそれに気づく余裕はなかった。
そこへ、 「透亜様! 昨夜は……って、あれ? 晋、どうしたの?」 と、何も知らない翡翠が部屋に入ってくる。
「やあ、翡翠。
今度の日曜日、神城の坊ちゃんから、正式に君の『一日レンタル許可』をもらったよ。
一緒に出かけようか」
「えっ?! なっ、何がどうしてそうなったんです……?
…晋、何かした…?」
主君が己のバグ動画を盾に脅され、自分をレンタルに出したとも知らず、怪しげに晋を見つめる翡翠。
それを横目に、透亜は「……くっ、この、腹黒執事め……」と、机に突っ伏して二度目の強制シャットダウンを決めるのだった。
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